彼の居場所1
「というわけで、私はその孫兵さんと暮らすことにしました」
孫兵と暮らそうと提案して数日がたったある朝、なのかは本日休日であり、いつものように団らんしていた両親の前に正座して、今まで考えていた事を両親に話した。もちろんその話を聞いて母も父も、まだ話が飲み込めず、そして信じられずに固まっていた。
「暮らすって・・・その人と?」
「はい」
「なんで?」
「ほっとけない人なの」
「・・・孫兵って、男か?」
「・・・はい」
父と母からの質問攻めになのかは答える。娘が放っておけないと言い切るほどの男。そんな存在というのは世の中では十中八九、意中の相手だということである。
まさか自分の愛娘が男に惚れて出ていくなど、まだまだ先の話だと思っていた親二人は心の準備もできぬまま狼狽えた。
「あなたいつの間にそんな相手ができたの」
「い、いや、そーゆー相手じゃないの。同棲っていうか、単純に同居・・・みたいな」
その言葉になのかの父は目くじらを立てた。なのかはその様子にすぐに怒るだろうと身を縮こめると案の定、怒りの様子をみせた。
「同居だって?娘をほださせて、責任感のない」
「まだ若いんだから・・・そもそも相手はどんな人なの?」
父は話を聞く気は一切ないようだったが母はまさか真面目ななのかのことなのだから、なにか理由があるに違いないと聞いてくる。
「ほっとけな人なんです。その人は悪くないのに村からのけ者のにされてるのが見ていられないの。私はそんな人を一人にできないわ」
「村からのけ者・・・もしかして大蛇の遣い?」
母は恐る恐る聞く。なのかが黙って頷くと母は目を伏せた。娘がよりによって村で疎まれ危険だと言われる男に惚れたのだと思い悲しむ。
「だから、周りが言ってるだけですって。本当は優しくって、純粋な人なの。そんな名前は誰かが勝手にいったものよ」
「なのか、やめなさい。お前も村の人に蔑まれてしまう」
父の瞳にはなのかを心底心配する不安げな表情をみせた。なのかはその瞳をみて、一瞬戸惑ったが、それでも孫兵のことを考えるとおとなしく引き下がることはしなかった。
「お父さんとお母さんがいったんじゃない。人には優しくしなさいって・・・孫兵さんは違うって言うの?」
二人は顔を見合わせる。気まずい雰囲気が流れた。しばらく黙って母が顔をあげる。
「あのね、この村で生活するためにはみんなが守らなければいけないことがあるの。お願い。わかってなのか」
なのかは考えた。きっと孫兵を忌み嫌う村の言う通りに生活しろということだろうと思った。しかし、どうしてもなのかはその両親の言おうと言うことがわかっていても納得できなかった。これ以上、両親と話してもきっと反対ばかりされてしまうだろう。そもそも承諾なんて必要なのだろうかと思った。
(自分の思ったことを行うことに、確認なんているのかしら)
なのかは立ち上がった。そして鋭い瞳で母と父をにらむ。両親はなのかは言うことを聞いてくれるだろうと思っていた。彼女は昔から母と父の言うことには決して逆らわなかった。しかし一言、彼女は言い捨てた。
「私、出ていくから!」
「なのか!」
そういって飛び出ていったなのか。姿を消したなのかを父と母が表に出る。その背中は山の麓へと向かっていた。二人は驚いたように顔を見合わせる。
「あなた、あの子が私たちの言いつけを破るなんてこと、あったかしら」
「・・・なのか」
みたこともない娘の姿に、二人はなにかを考えるように黙っていた。
一方怒りのまま孫兵の住む山の麓までやってきたなのか。その頃には怒りもすでに治まっていたが、なのかは改めて両親の言いつけを無視して出ていってしまったことを実感して胸を痛めた。しかし、だからといって孫兵を一緒に蔑むことなどはしたくない。とぼとぼ歩いているとよう、と今の心情にあわないぐらい陽気な声がかかった。振り返るとそこにはまたも大きな荷物を抱えた竹谷がいた。
「近くに来たから今からなのかさんのとこに行こう思ってたんだよ」
「はぁ、竹谷さんって本当に面倒見いいですよねぇ・・・」
「ははは・・・性分だよ」
竹谷の性分に感心しつつ、なのかは荷物をみる。彼は後ろに布団。前に釜を抱えている。
「夜逃げですか?」
「バカなこと言うなよ。孫兵と君が一緒に住むって言うから準備してたんだ」
なのかははて、と首をかしげる。話を聞けばなんと孫兵が山から降りて麓の廃屋にいるらしい。竹藪のそばにある荒れ放題の小屋らしく、そこをすみかにするようだった。
「孫兵のやつ、君と本気で住む気だぞ。あいつが山から降りてくれるなんて・・・成長したなっ」
なぜが目を潤ませる竹谷。なのかは孫兵が自分の言ったことを真面目に考えてくれたのだと、心が暖かくなる。同時に自分も落ち込んでいる場合ではないと思い直した。どうせ家には帰れない、ならばいまここで竹谷とその小屋の修復をしようと思った。
「あの、私もその小屋がすめるようにお手伝いします」
「いいのか?家に帰らなくても」
竹谷の言葉になのかはきっぱりと答える。
「はい。私しばらく親の元にはもどりません!」
「その様子だと喧嘩別れだな?悪いとは言わないがほどほどにしろよ?」
竹谷はあきれつつも共にその荒れた小屋へと向かう。そこは村から少し離れた竹藪。ぼろぼろの井戸がある。なかをみてみるとなんのへんてつもなさそうな普通の井戸だ。そしてその隣にぼろぼろの小屋。戸も屋屋根も崩れ、壁は剥がれて木枠と土がむき出しになっている。そこからひょっこり顔を出すのは孫兵だった。
「竹谷先輩。修復用具は揃いました。・・・あ、なのかさん」
「えへへ。家を飛び出してきました」
なのかの言葉に孫兵は戸惑う。
「やっぱり、僕のせいで君が悪く言われてるんじゃないか?」
「ううん。もういいんです。私は私のやりたいことをするから!」
なのかは孫兵をみて、その気持ちを強くした。一方孫兵は彼女が周りになんと言われようが自分と関わることをやめようとしないその様子に驚いた。竹谷はそんな二人の様子を見て穏やかに微笑む。
「ほら、今日中に小屋を修復するんだろ?なのかさんも手伝ってくれないか?」
「はい!」
そのまま近くにあった掃除道具のなかになるほうきをとりだし、小屋のなかへ入っていくなのか。その背中ををみて孫兵は呆然とする。
「いいのでしょうか。僕が・・・彼女と居ても・・・」
不安げな孫兵の言葉は、彼女の身を案じる言葉だった。孫兵からみてもなのかは平凡な少女だ。誰もがするように、愛情のある家庭で育ってきただろう。きっと将来は結婚をし、家庭を築く。そんな将来のある女の子を自分なんかが巻き込んでもいいのだろうかと。
「孫兵、お前はなのかさんのこときらいなのか?」
「そんなこと・・・あるわけないでしょう」
はっと顔をあげて即答する孫兵。竹谷は微笑んでいた。
「孫兵、なのかさんは望んでここまで来たんだ。お前も、ここでやりたことをしたらいいだろう。大丈夫だ。俺もいるし、・・・なのかさんだっているじゃないか」
「僕は・・・」
孫兵は考えて、黙ってうなずいた。孫兵はなぜか彼女となら一緒にいたいと思った。その感情の正体が何なのか、いまもわからずにいる。しかし、こうして共に暮らせるならその意味もきっとわかるだろう。彼が胸元をなでるともぞりと動く相棒の身体。うつむくとそこにはたんぽぽが咲いている。あたたかな春の兆しを感じた。
「きゃあ!とかげがいっぱい!!」
悲鳴をあげて出てきたなのか。とかげとは恐らくヤモリのことだろう。くすりと孫兵は笑った。
「良いところになりそうだね。ジュンコ」
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