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孫兵と共に住んで一週間も経たないある日、なのかが一人洗濯物を干していると、畑作業をしているらしい一人の若い男が鍬を持ってやって来た。彼の表情は相手をうかがうように慎重な様子なのかに声をかける。

「こ、こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」

なのかは孫兵と住み始めてからは村人とはなすことがめっきり無くなっていた。なので突然やって来た農夫に少し驚いた。農夫はいかにも気弱そうで人の良さそうなたれ目の男。逃げ腰の体勢で彼はなのかに聞いた。

「あの、大蛇の遣いがいるって言うのはここ?」 
「ええ、そんなことも言われていますけど?」

なのかがあっさりと答えると男は顔をひきつらす。

「やっぱり失礼しましたっ!」
「あっ、待ってくださいよ!なにか用があったんじゃないんですか?」

脱兎の如く逃げそうになる男をできるだけ優しい声音でなのかは聞き返す。そんななのかの態度に男は立ち止まり、すこし躊躇したがぽつりぽつりとここまできた経緯を話し始めた。

「あの、俺見ての通りこの村で農家やってるんだ。長之助ってもんだけど」
「どうされたんですか?」
「実は相談があって。元々この辺りは山に囲まれてて、土はいいけどその分いろんな生き物がやってきて畑を荒らすんだ。毎年なんとか追い払ってたんだけど・・・最近いままでないくらいこの辺りを猪が荒らすようになって、せっかく成った苗や作物がどんどん食べられちゃうんだよね・・・」

語っていく長之助の顔が徐々に暗くなる。そしてこの小屋を見あおいで大きなため息をついた。

「俺たちで手を尽くしてみても限界があって・・・村の農家の数人が集まって、ここに相談することにしたんだ・・・ででで、でもここってあの大蛇の使いの男がいる家だろ?」

いい年をした大人の男が突拍子もない噂にとても怯えている姿を見てなのかはげんなりする。彼を安心させるためにもなのかは笑顔で優しく長之助に語りかけた。

「大丈夫ですよ。孫兵さんはそんな人じゃありません。生き物にすっごく詳しくて、猪の撃退法もたくさん知ってますよ」
「でもな・・・やっぱり怖いし。俺、じゃんけんで負けて命がけでここまできたんです」

それでもためらう彼にしかたないなあとなのかは考える。しかしあれだけ避けられている孫兵でもこうして猪の撃退法を相談しに来るということは、生活がかかっているほど猪の害悪が深刻だということだろう。なのかは仕事を始める前に孫兵に頼まれた内容を思い出す。そして長之助から場所とその環境、被害状況を事細かに聞いた。なのかは後からそちらへうかがうと言うと、長之助は逃げるようにしてその場を去っていった。

「孫兵さん、お仕事がきましたよ?」

小屋に入ると蠍の世話をしていた孫兵が顔をあげる。なのかはそのかごにはいった蠍に驚きつつも孫兵の言われた通り、男から聞き取った内容の用紙を渡す。彼はあぁ、と言ってうなずいた。

「話はちょっと聞こえてたよ。猪の被害ねぇ。どれどれ」

孫兵はその土地の様子や仕掛けている罠、被害の大きさをみてすぐにピンときたようだった。

「周りの近くに広い竹藪か・・・藪は一番猪がすみやすい場所なんだ。加えて今は春で食べるものも増えてきているから、食べ物をさがしてそのまま人里の畑に入って味をしめた猪がたくさんいるんだろうね」
「ふぅん。何度も来るのね」

そう!っと孫兵はメモから目を離し瞳をキラキラさせる。生き物を語るときの孫兵は活気に満ち溢れており、だれも止めることはできない。

「猪って頭がいいんだ。学習の力もあって、運動神経もよくて、力持ちで人なんかあっという間に吹き飛ばしてしまうほどなんだ。だから甘くみたら今回みたいに猪が学習して大事になってしまうってわけ」

メモを折り畳み、孫兵は立ち上がる。なのかはそれを呆然とみているとほらきみも、と急かされてしまった。なんのことだと首をかしげていると、孫兵が笑う。

「猪退治、するんだろ?」

どうやら孫兵はすでに対策の案が浮かんでいるらしい。なのかは彼に言われるがまま材料をあつめる。大量の木の板、鎌を数本、町にある線香をたくさん買い込み、どこからか孫兵が猪の皮を集めてきた。その黒く毛の残った皮をみてなのかは首をかしげる。いったい何に使うのだと聞く。

「別の猪の臭いが嫌いなんだよ。効果は一時的だけど」
「本当に孫兵さんは生き物に詳しいんですね」

生き物について語る彼の笑みをみてなのかも笑う。すると孫兵はなのかの顔をみて黙り込んだ。突然無口になった孫兵をみて、なのかはどうしたのかと聞いてみる。

「い、いや・・・やっぱり僕って生物のことになると夢中になっちゃって。君があきれてないか心配で」
「あきれるなんてないですよ!孫兵さんのそういうとこ好きですし」
「ぅ・・・」

なのかは思ったことを素直に言う。すると好きと言われて孫兵は大きく胸が高鳴った。それはまるで相棒、マムシのジュンコに会った感覚ととても似ているようで、でもどこかが違った。人にこんな気持ちを持つのははじめてで孫兵は内心とても戸惑っていた。

「君って・・・やっぱり普通じゃないよ」

孫兵はぽつりと呟く。

「じゃないとこんな気持ちになるわけないんだ。なのかさん、ほんとはヤモリなんじゃないか?」
「なんかすごくバカにされてる気がするんですが」
「ち、ちがうよ。うん、君はかわいいよ。本当に」

またもヤモリと言われて、なのかは抗議の念を込めた視線を送ると、彼はなぜか平静を取り繕うようになのかにひとつ咳払いして本音を言った。

「えっと、僕も好きだよ?君のこと」
「・・・あ・・・はい・・・」

孫兵に好きだと言われて今度はなのかの顔が赤くなる。自分も先ほどは彼に好きといったが、孫兵の場合は冗談に聴こえないことがある。つい本当の"好き"という意味に聞こえてしまってなのかはとても恥ずかしくなって大人しくなった。

「じゃあ、材料も揃ったし依頼人のところへ行こうか」

二人は家を出てもらった図を頼りにして荷物を台車に詰め込み畑道を歩く。なかには孫兵の姿を見て驚く村人もいたが、なんとか依頼した畑の持ち主の所につく。そこは近くに小さな崖があり、その上には藪が生い茂っていた。

相談に来た農夫の長之助がひょっこりと顔を出す。そして来たときと変わらず恐る恐るなのかの近くにやってきた。

「悪いことしないから大蛇を呼ばないでくれよ・・・」
「できませんってば。長之助さん、被害に合ってるから畑って・・・」

なのかと孫兵は辺りを見回す。確かにあちこち土が削れていたり掘り返されている。それもこの畑だけでなく視界に入る一帯の畑すべてにそれは見られた。

「うん。俺の畑を含めてこの辺りの畑一帯が荒らされてるんだ。たぶん、あの崖の藪から降りてきてるんだとおもうけど」

長之助は来るときに見上げた崖を指差した。孫兵はそこにあった大勢の猪の足跡を見逃さない。

「これは多いなぁ。色んな猪の群れがここを通るんだろうね」
「柵とかで対策してるんだけど、乗り越えられたり隙間から入られてしまうんです」

なのかはその話を聞いて孫兵の方をちらりと見上げると彼は辺りの様子や畑のなされた対策をみて状況を把握したようだ。彼は携帯していた筆と、紙をとりだしさらさらと書き込んで男に見せた。

「ここの崖がが大半の猪の大通りとみて間違いないでしょう。まずはこの藪をなくしていきましょう」
「藪を手入れするってこと?」

孫兵は頷く。そして畑の猪の対策である柵を指差す

「あとはあの柵、猪はあれぐらいの高さは余裕で越えますから、隙間をなくしてもう少し高くすれば、対策になるでしょう」

孫兵は自分の腰位置まで手をあげる。どうやら大人の大きな猪だとそこまで飛び越えるらしい。

「な、なるほど」

長之助は真剣に孫兵の言うことを聞いている。

「この線香と猪の皮をつかってみてください。効果は一時的ですが。猪の嗅覚は犬並みで、臭いに敏感なので異臭を嫌うのです」
「へぇ〜」

なのかも意味もわからず孫兵の言う通りに動いていたので、理由をしって感心する。

「畑の回りに油をしみこませた布なんかも効果的です。やってみましょう」
「え?やってくれるのかい」

長之助の意外というような言葉に二人はきょとんとする。

「ええ。できれば長之助さんも。一度手順がわかれば、今後も利用できますし」

孫兵がそう答えると、男はきょとんとした。まさか自分達が嫌っている孫兵から、手助けをしてくれるなど思っていなかったためだ。なにか危険な企みでもあるのかと考えているとなのかが長之助に言う。

「大丈夫ですよ!孫兵さんを信じてみてください」
「うん・・・。どのみち俺一人じゃできないし、そ、その、孫兵くん、お願いします」

少し戸惑ったように答えた長之助。孫兵はそんな長之助の様子に傷つくこともなくてきぱきと用意を始めた。



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