4
長之助は孫兵の言われた通りに藪を手入れし、様々な猪避けを設置する。孫兵の指示はどれも理にかなっていて的確であり、農家にそだった長之助でも感心するほどだった。仕掛けが一通り終わってからは、なのかはちゃっかりとお弁当を持ってきていた。孫兵と長之助にも分ける。彼はまさか自分の分まで弁当があるとは思っておらず、彼女の気遣いが嬉しかった。
「ありがとうなのかちゃん。孫兵くんも、猪の特性とか詳しくて驚いたよ」
孫兵から長之助に話しかけることはなく、ずっとだんまりだったが長之助に言われて思うことがあった孫兵は、ぽつりと独り言のようにいった。
「農家は大変だってことはよくわかるから。僕たちも、野性動物も生きるのに必死だしね」
「孫兵くん・・・」
長之助はこの青年の美しい横顔をみて疑問が湧いた。彼はこうして話してみると普通の人である。大蛇の遣いがこんな風に人を思いやることがあるだろうかと。彼の知識は博識で、こうして農家の苦労や、自然のこと、生き物のことについて理解している。
長之助は本当に「大蛇の遣い」という噂が本当なのか、疑問がかすかに浮き出てきたのだった。
「とりあえず、これで猪や他の野性動物も少なくなるとおもいます。変わらないようだったら他に原因があるかもしれないけど、今日のところはこれで様子を見てみましょう」
「うん。また結果を伝えるよ」
こうして別れて、長之助の畑に猪避けを設置して数日が経った。昼頃、なのかと孫兵が外で焚き火をしていると向こうから長之助が走ってやって来る。手にはざるいっぱいの野菜を抱えていた。なのかが長之助に頭を下げる。
彼は笑顔でなのかと孫兵を見た。
「なのかちゃん!君たちが来てから猪が激減したんだ!おかげで無事に作物を収穫できたよ」
「わあ、よかったです!ねっ孫兵さん?」
なのかが孫兵を見ると彼は表情を変えずにそうか、といった。長之助は続ける。
「僕の畑だけじゃなくて周りの農家の人たちも猪が減ったって不思議がってたよ。僕が君たちのことを話したらびっくりしてて・・・」
それはきっと大蛇の遣いと恐れられている孫兵が、農家の人のためにこうして行った対策をすることに驚いたのだろう。孫兵の生き物に対する知識は長之助の口コミにより一部の畑ではざわつくほどの噂になっているらしい。
長之助はざるにはいった野菜をお礼にと孫兵に渡した。孫兵は人に感謝されるなど本当に久しぶりで、ぎこちないしぐさを見せた。
「本当に君はすごいよ!」
「い、いえ。僕は・・・普通ですから」
長之助は戸惑っている孫兵をみてもうしわけなさそうな顔を作る。
「俺、君たちを誤解してたみたいだ。大蛇の遣いなんてただの噂だったんだ。これからはまた相談させてくれよ。それが言いたかったんだ。じゃあね」
そういって改めて頭を下げて笑顔で去っていく長之助。呆然とその背中を見送る孫兵。なのかは隣でよかったですね、と笑顔になる。彼はいまだに起こったことが理解できないのかなのかに聞いた。
「僕、あの人に感謝されたんだよな・・・」
「孫兵さんのおかげで猪を追い払ったんですよ!長之助さん嬉しそうでした」
「なんか変な感じだな。人に感謝されるのって」
孫兵は渡された作物の山芋を手に取る。土もきれいに洗われてあるその芋はひび割れもなく美しい形をしていた。
そんな日をきっかけに、なのかと孫兵の小屋には人が行き来しはじめる。人はそれぞれ老若男女。相談の内容は蛇や蜂などの害虫で困っていたり、畑の改善など、さまざまだ。しかし孫兵は持ち前の生き物や自然の知識で解決していき、辺りでは頼りにされるようになっていった。はじめは村人もおっかなびっくりとやってきていたが、悩みを解決していくと彼らは孫兵に打ち解け信頼するようになっていったのだ。
そんなある日、なのかは夜中、明かりをつけて薬草の本を読んでいた。今日は孫兵は忍者の仕事がないらしく衝立の向こうでジュンコと仲良く話している。なのかは最近感じる生活の充実さを孫兵はどう思っているのか気になった。とんとんと衝立を叩くと孫兵が返事する。
「なに?なのかさん」
「孫兵さん、最近はすっかり村になじんできましたね」
突然そんなことを言われ、孫兵は黙る。そして彼はひょっこりと衝立の向こうから顔をだした。
「僕はあの頃と変わってないけどね。そもそも大蛇の遣いなんて周りが勝手に言い出したことだし」
「・・・でも、もうあの頃みたいに一人じゃないもの。私それが結構嬉しいんです」
孫兵は彼女の言葉にいままで感じてきた疑問が再び沸き起こる。
「なのかさんはどうして他人に真剣になれるんだい?」
孫兵の意味深な問いかけになのかはすこし考えた。本を閉じ、顔をだしている孫兵の方をみる。
「うーん。それが普通でしょう?」
「僕にとって真剣になれるのは生き物だけだから。・・・でもおかしいんだ」
孫兵は独り言のように呟いてなのかから視線をはずす。そして衝立に背をもたれてため息をついた。
「君といると毎日が楽しい。こうやって村の人に頼りにされるのもいいなって思うんだ。こんなの僕らしくない。人に嫌われてばかりだったのに」
「孫兵さんは人に嫌われたいの?」
孫兵はその言葉に反応した。毒虫野郎と避けられ続けていた孫兵。心のどこかでは自分を受け入れてくれる場所を探していたのかもしれない。それに気づいて孫兵は声も出さずに微笑んだ。そして今や孫兵にとってなのかがこうして自分のためにそばにいてくれることが、ひとつの居場所になっているのだと自覚した。
「他はどうでもいいけど・・・そうだな」
孫兵は言葉をえらんでいく。なのかは彼の言葉を待っていた。
「君にだけは・・・嫌われたくないよ」
「・・・えっ!」
ばさり、となのかが本を落とす音がする。孫兵はジュンコを巣にもどし、横たわった。どたどたとなのかは衝立から顔を出す。孫兵の発言の意味を聞き直そうとしたが、彼はなのかに背を向けた状態で横たわっていた。
「ままま、まごへーさん。どういう意味・・・」
「ぐー」
「あっ!ずるい」
そのまま狸寝入りをして微動だにしない孫兵になのかは諦めて衝立を覗くのをやめた。まだ胸がどきどきしている。彼に言われた自分にだけは嫌われたくないとはどういう意味だろう。彼にとって自分はどんな存在なのだろうと、彼女はとたんに意識し始めた。
(きっとからかったんだわ・・・うん)
なのかはそう思うことにしてそれ以上考えるのをやめた。明かりを消してなのかも横になる。何事もない夜が来ているはずであった。しかし、そんな夜中に、とある城である集会が行われていることに、二人はまだ気づかずにいたのだった。
- 13 -
*前次#
ページ:
戻る