囚われた守宮1



「わ、ほんとうに薬草が群生してる!」

なのかと孫兵はとある山の平地にやってきていた。

「そうだろ?昨日虫取りに行ったときに見つけたんだ。君が喜ぶと思って」

孫兵はなのかにそういって笑顔を見せる。なのかは家出をしているといえど、やはり薬屋の娘らしく小屋でも薬草や調合の勉強を欠かさない。

そんな勉強熱心な彼女はいつも孫兵の仕事の手伝いばかりしていたので、彼が気を使い今日はなのかのために薬草摘みにきていた。
なのかは薬の材料になる薬草が群生している景色を見て生き生きとしている。

「孫兵さんありがとうございます。これで薬のお勉強ができます!でも、貴方も忙しいのに」

孫兵がこうやって薬草の群生場所を教えてくれるのはうれしいが、彼にも仕事がある中で、こんな風に自分のために時間を使っていいものか、彼女は少しためらっていた。すると孫兵は気にしないで、と言った。

「君の喜んだ顔がみたかったから」
「は、はぃ…」

そのまま孫兵はなのかの頭に手をやり優しくなでた。その瞳はまるで彼の相棒のジュンコにするかのようなまなざしである。なのかは彼の最近のなのかに対する接し方がまるで孫兵のペットを愛でるかのようで、熱っぽい瞳を向けられるたびになのかは変な勘違いをしそうになり赤面している。

なのか自身も孫兵にこのように優しくされるたびに胸が高鳴ってしまい、平静を装えずなされるがままだ。しかし実のところなのかは彼の事が男性として意識してしまっていることを自覚している。動揺する気持ちに落ち着け落ち着けとなのかは心の中で必死で念じていた。

しばらく二人は微笑ましい会話をしながらかごに必要な分だけの薬草を採取する。孫兵はあらかた摘んだ薬草を抱えて立ち上がった。
そのままなのかに向き直る。

「ちょっといいかい?君に紹介したい子がこの辺りにいるんだ」
「え?この辺りに?」

なのかは辺りを見回す。この一帯は平地で野花が咲きほこっており民家などは見当たらない。孫兵はついてきてほしいとなのかの手をつかみ、
そのまま平地を超えた渓谷まで少し歩く。するとそこには小さな祠があり、二人が祠に入ると古びた社があった。その薄暗いなかにぼんやりと光る白い靄。なのかが不思議に思い瞬きをすると、光がさすように小袖姿の女性がすっと姿を現したのだった。

なのかは突然現れた女性に目を疑った。彼女はこの世のものとは思えぬほどの美しさをもっており、目を奪われてしまう。──しなやかな体つきに、まっしろな白い肌、そして真っ赤で丸い瞳と唇にほんのりと頬が桜色・・・どこをみても見とれてしまうとなのかは驚いた。

「どどど、どなたです?」

なのかは突然現れた美女におっかなびっくりに孫兵の後ろに隠れて聞く。孫兵はなぜなのかが驚くのかわからないようだった。

「こはくっていうんだ。きれいだろ?」
「こはくさん?」

孫兵はうなずく。こはくと呼ばれた女性は孫兵の側によりなのかににこりと笑った。

「なのかさん、貴女のことは知っています。孫兵がいつもお世話になってるみたいね」
「いえ・・・あ、あの、二人はどういう・・・その・・・」

なのかは孫兵とこはくを交互に見る。すると孫兵はうっとりとこはくの方を見た。

「ほら、とっても綺麗だろ?」

そしてそのまま彼は彼女の頬に手を添えた。それを見てなのかは固まってしまう。心の中の何かが音をたてて壊れるような気がした。

「あっ・・・」

目の奥が熱くなって、とっさになのかは二人に背中を向けてその場を走った。孫兵の驚き、自分を呼び止める声が聞こえたがなのかは振り向かず、一気に山を駆け降りる。

いつもの村の近くまで来てなのかはようやく息をついた。胸がどくどくと鳴っている。山からここまで、一目散に走ったからだけではない。謎の胸の痛みがなのかを不安にさせていた。

「・・・うぅ・・・失恋した・・・」

その場にうずくまり、なのかはしんみりする。孫兵のこはくを見る目は違っていた。きっと彼女と孫兵は特別な関係だろうとなのかは察したのだ。なのかにとって初めての失恋であった。

「おー、なのかさん、探したぞ」

聞き慣れた声がして顔をあげると旅服姿の竹谷がこちらに来ていた。いつもの笑顔をみて、なのかはぽろりと涙を流した。

「ええ!?涙?どうしたんだなのかさん!」
「うわーーん」

なのかは悲しみのあまり思わず竹谷にだきついた。彼は戸惑ったものの、彼女に何かしらの事情があったのだと察しなだめる。
じっとしている竹谷になのかも少し落ち着いて、大人しくなった。竹谷が優しく尋ねる。

「孫兵と一緒じゃないのか?」

彼の名前を聞いてなのかは再び胸が痛くなり眉をひそめた。その表情に竹谷はきっとなのかと孫兵の間になにかおこったと思った。

ここだと落ち着けないと二人は最近できた村の近くの茶屋に入り席に腰かけた。すぐに暖かい茶がでてきて、なのかは一口口にしてほっといきをつく。

「私…彼と薬草摘みに来てたんですけどそこで孫兵さんが、山で女の人を紹介したいと言ってきたんです」
「え?孫兵が?」

竹谷は孫兵の事を思い返す。正直彼は来るたびに生き物小屋に籠もり蛇やムカデに話しかけているところしか見たことがなく、女気など
微かにも感じたことがなかった。なのかはため息をつく。

「二人ともとっても仲が良くて…私、その・・・振られちゃったみたいです。気がついたら山を降りてました」

なのかはとても悲しそうに俯く。孫兵があの女性と仲がいいと知った時、胸が痛んだ。
とても愛おしそうに彼女を見つめる孫兵の接し方に自分は彼女以上にはなれないのだと思ったのだ。

「そうか。孫兵にそんな相手がいたとは。…でも変だな…」

竹谷はなのかの言葉に思うことがあった。孫兵は人と関わらずいつも毒虫の世話ばかりしていた。そんな彼が女性と仲良くしていたなど、言われたこともないし想像もできない。

──ただ目の前にいる彼女を除いては。
以前から竹谷から見てなのかこそ孫兵にとって特別に思えた。なのかの事を話す孫兵はとてもやさしいまなざしをしていたし、実際に彼女に接する時は竹谷でさえ感心するほど紳士的だ。
大事な宝を扱うように、守るように孫兵はなのかと接しているように見えていただけに、彼女の「孫兵と仲のいい女の人」に疑問を抱くのだった。

「私、孫兵さんの恋人でもないのに。こんな気持ちになるなんて、自分が嫌になりました。はぁ」
「ん?いまなんて言った?」
「自分が嫌になりました」
「いや、その前…」

なのかは自分の言ったことを思い出す。

「孫兵さんの恋人でもないのに…?」
「それ。孫兵にはその気持ちを伝えないのか?」

なのかは竹谷にそう言われて顔をあげた。孫兵に気持ちを伝えないのか、そんな改まったは今までなかった。
なのかは、竹谷の問いに黙っていた。
自分は孫兵の事をどう思っているのだろう。はじめこそ彼の浮世離れした雰囲気に戸惑ったものの、不思議とそれに惹かれていったような気がする。
それに家族には彼を放っておけない存在だといった。根拠のなく忌み嫌われる彼を無視することが出来なかったのもあるが、本当にそれだけだったのだろうか。
彼と共に過ごした日々を思い出す。彼がこのまま村に受け入れられて、この生活が終わったとしたら、どうなるのだろう。

「私…孫兵さんと離れたくないな・・・」
「俺が言うのもなんだけど、きちんと伝えるべきだとおもうぞ?」

竹谷の顔が明るくなる。なのかはなぜか胸が締め付けられるようだった。

「いや、むしろ、孫兵に言ってやってくれないか。人に好かれることがなかった奴なんだ。きっと、嬉しいとおもう」
「そそそ、そんな…迷惑じゃないかしら」
「大丈夫だって。ただその女の人が何者か俺もわからないが…」

竹谷はふと辺りを見た。先ほどまで笑顔で話していた彼の表情が固くなる。彼は懐から小刀を出してなのかは驚いた。こんな村の中でいきなり物騒なものを取り出した竹谷になのかは慌てる。彼は立ち上がりなのかを守るように立ち上がった。

「やっぱりきたな」
「なにが…?」
「最近孫兵の家をうろついていた奴らだよ。殺気を感じる。店を出るぞ」

竹谷がなのかの手を引いて店から出た時、棒手裏剣が竹谷の足元にトンと音おたてて突き刺さった。

「逃げられませんよ」

奥から店主が現れる。仕事姿に似つかわしくないくないを構えてやって来た。竹谷がしまったと声を出した。

「ここはタニグクの拠点だったのか!」 
「なんですかそれ?」 

店主に変装をした忍者隊タニグクの一人が一歩近づくと周りの気配が動き出す。竹谷となのかは完全に敵に包囲されてしまったのであった。




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