囚われた守宮3
孫兵ははじめて市場で賑わう村中へとやってきた。辺りは人が多くいろんなものが行き来している光景に孫兵は久々に人里にきたことを実感する。孫兵は一つ一つ店を調べて薬屋がないか調べてまわる。途中村人にも聞いてみた。するとこの辺りで頼りにしているひとつの薬屋があるという。「雀屋」と聞いて孫兵は以前彼女から店の名前を聞いていたことを思い出した。
村人に教えてもらった雀屋の前までいく。その店の前に一人のどこかでみたことのあるような感覚のある男をみつけた。自分と同じぐらいの男だった。彼は手に大きな薬草箱を抱えている。思わず孫兵はその男の背中姿をまじまじとみてしまう。彼はなぜか犬に追いかけ回されていた。
「わっ!やめてよー!僕美味しいものもってないから!!」
「・・・やっぱりどこかでみたことある気がする」
その男と目が合う。すると相手は驚いたようにこちらを呼んだ。
「孫兵!そこにいるのは孫兵じゃないか?」
「・・・誰だっけ・・・」
孫兵の返事に男はがっくりとうなだれる。恨めしそうな瞳で孫兵を見返した。
「僕!おなじ学園にいた同級生の三反田数馬!思い出した?」
孫兵はその名前を聞いてあぁ、と手を打った。彼の言うと言う通り彼はおなじ学年だった同級生。保険委員を長い間勤めていたおなじ忍者であったのだ。
「思い出した。久しぶりだな数馬。どうしてここにいるんだ?」
数馬は手に持っていた薬草箱を開ける。ふわりと独特な香りがして、そこには乾燥させた薬草や煎じた薬などがしまわれていた。
「僕、たまにここのお店に来て薬を分けているんだ。いまはその帰り・・・なんだけどこの犬が通せんぼするんだ・・・」
数馬が見下ろすとそこには見慣れた犬が座っていた。それは以前から孫兵の友であった犬だった。意外な場所で出会った友に孫兵は驚いた。そして同時に不安を感じたのだった。
「数馬、ここに一人の娘がいなかったか?」
数馬は孫兵がなのかと出会う前から定期的にこの薬屋にきていたらしく、なのかとも顔見知りだ。娘と言われてすぐに彼女の顔が浮かんだ。そして彼女の両親にも話を聞いていたのだった。
「いいや。実は家出をしたらしいんだ。好きなお相手ができたらしくて、その人の元へいっちゃったんだって。なのかちゃん、結構大胆なことをするんだな・・・」
「えぇ!?そ、そんなことになっていたのか?実はいまそのなのかさんと暮らしてて・・・その・・・ちょっとさっき喧嘩しちゃったんだ」
数馬から聞いた初めて聞いた事情にさすがの孫兵も頬を赤らめる。孫兵とすんでいると聞いた数馬はとても驚いていた。
「じゃあなのかちゃんのお相手って孫兵のことだったの?驚いたな。・・・なら先にご挨拶したほうがいいよ。ご両親は大層心配なさっておられる」
「え・・・いや・・・えぇっと、違う・・・彼女とは別に・・・」
ためらう孫兵に数馬はダメだよ?と彼の手を引いた。真面目な数馬のことだろう。きっとなのかと自分は恋人同士だと思っており、そのご両親に断りもなく家出されて共に暮らしていることに快く思っていないのだろう。自分は彼女と特別な関係ではない、と言おうとして孫兵は躊躇った。
「そうか・・・ち、違わないよな・・・」
とっさに関係を否定したくないと思ったのだ。自分は明らかに彼女を愛していると思った。普通の女性にこんな感情は持たないし、もしなのかが他の男性と夫婦になり、家庭を持つことを想像すると胸が痛む。彼女を幸せにする相手は自分でありたいと孫兵は思った。
「じゃあ尚更ご挨拶しないと!」
孫兵は数馬に言われて改めて覚悟を決めた。深呼吸して、堂々と孫兵は薬屋の戸を叩く。するとすぐになのかの母が戸を開けた。隣にいる数馬をみておや、と思い目の前に現れた見慣れぬ男に首をかしげる。
「あら数馬先生先ほどはどうも・・・このお方は?」
「伊賀崎孫兵ともうします。なのかさんと同居している者です」
「え!」
その一言になのかの母は顔色を変えた。すぐに慌てて二人を店の奥へ招き入れ、夫を呼ぶ。
張り詰めた空気の仲、孫兵はなのかの両親の前に正座し、ゆっくりと頭を下げた。
「改めて、伊賀崎孫兵ともうします・・・この度はご挨拶が遅れてしまい大変失礼いたしました」
孫兵がそう挨拶するも、二人は黙っている。耐えかねた数馬が取り繕うように言った。
「孫兵はおなじ学校の同級生でして、生き物に詳しいんです・・・決して悪いやつではないんですが」
「数馬先生は黙っていてください」
「ハイスミマセン」
頭を下げたままの孫兵をみて、なのかの父は厳しい眼差しをむける。彼はあの素直な愛娘がなぜ疎まれるのを承知で村で嫌われていた孫兵の元へ行ったのか、それを知りたいと思っていた。
「なのかさんは、僕がずっと独りだった事をずっと気にしていました。人の事を放っておけないって堂々と言う優しい人でした。彼女はあんなに優しいのに・・・僕なんかと一緒にいてくれたんです。彼女を巻き込んでしまったのは僕のわがままでもあります。ごめんなさい」
まっすぐな孫兵の言葉に二人は顔を見合わせる。いまだ顔をあげない孫兵になのかの母は穏やかな声で孫兵に顔をあげるように言った。
「顔をあげてくださいな。孫兵さん」
孫兵は言われた通り恐る恐る顔をあげる。不安げな孫兵の顔が二人の瞳にうつる。
「親の私が言うのもなんだけど、あの子は本当に素直で、しっかりもので・・・親の私たちの言ったことは絶対に守る子だったのですよ」
「まさか、なのかにあんな一面があるなんてな」
夫婦はお互いに顔を見合わせて、そして微笑みあった。
「あの子が私たちよりも放っておけない人ってどんな人なのかしらって・・・大蛇の使いって聞いたときは驚いたけど。でもなのかが決めたことなのだから私たち見守ることにしたのよ」
二人はなのかが「出ていく」とはっきりと言い切った時の事を思い出した。寂しくもあったが、同時にそこまで言い切って男の元へいく娘の意思の強さに独りの女性として頼もしさを感じたのだった。
なのかの父は孫兵をみた。
「大蛇の使い・・・か。思ったより普通の青年じゃないか。それに最近は農家の人から二人の噂を聞くよ。二人がいてくれて助かるってね」
「なのかさんのおかげです。彼女のおかげで、僕はここにいられるんです。僕にとってなのかさんは・・・かけがえのない女性です」
「孫兵ぃ・・・」
力強い瞳で語る孫兵の姿に感動している数馬が目を潤ませている。
夫婦は視線を交わしあい、孫兵に向き直った。そして軽く頭を下げる。
「わかった。そこまで娘を想ってくれているなら私達はなにも言わない。・・・まだまだいたらない子ですが、よろしくおねがいします」`
「い、いいんですか?僕でも」
まさか孫兵がなのかに対しての想いを許してくれるとは思わなかったので、戸惑いながら孫兵は聞き返す。
「あの子、一度決めたら結構頑固なのよね。そこまで決めたなら私たちが何言っても聞かないでしょうね」
あの子の決めた人なのだから、となのかの母は言う。その微笑みはなのかによく似ていた。その笑顔をみて孫兵はなのかに早く会いたいと、ふと思った。両親と話をして落ち着いたと思うと、犬の吠える声がした。そうだと忘れかけていた孫兵は両親に軽く頭を下げ、表に出た。数馬も共に様子を見る。
「この子、なんかくわえてるね?」
数馬がかがんで犬の顔をなでる。口許からちいさな髪紐が犬の口から垂れ下がっていた。孫兵はその髪紐に見覚えがあった。そっと彼の顔が青ざめる。
「これ、なのかさんの使っていた髪紐だ。なんでお前がこれを・・・なのかさんは小屋にもここにもいなかったし・・・」
「この犬は孫兵の友達なの?もしかしたら何かあったのかもしれない」
恐れていたことを数馬が心配そうに答える。髪紐を受けとると犬は孫兵の元を離れて走る。すこし離れた場所で振り返り孫兵をみた。ついてきて欲しいらしい。孫兵は髪紐を懐にしまい、数馬に振り返った。
「僕、なのかさんを探してくる。数馬・・・すまないが」
「わかってるよ。ご両親には事情を僕が説明しておくから。孫兵はなのかちゃんにあいにいってきなよ」
二人はうなずきあい、孫兵は犬と共に村をでていった。残された数馬は改めて考え直す。
「って僕も事情を知らないよ。どう説明しよう・・・」
久しぶりにあった友の痴話話に巻き込まれると言う困った役回りに、彼はすこし困っていた。
囚われた守宮 ―完―
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