蛇は彩り愛を語る1
孫兵は友につれられて町から少し離れた、見慣れない茶屋の前までやってくる。彼はこんなところに茶店などあったのかと驚いた。同時に自分に突き刺さるような殺気といくつもある視線に身を構えた。どうやらなのかはここに捕らえられて自分を誘き出すつもりだったらしい。しかし彼らの作戦など孫兵にとってはどうでもよかった。
犬に待つように指示して茶店に入り不気味なほどに誰もいない店内を見渡す。孫兵は気配を消しているであろう者に声をかけた。
「彼女はどこだ?目的は僕だろう?」
一瞬様子を伺うような固まった空気。それでも孫兵が黙って待っていると店内の奥から男が現れた。なのかと竹谷を襲った人物とは変わっており、その姿は大柄の体で忍者服をまとったタニグクの首領のアマノであった。その男に孫兵は見覚えがあった。以前孫兵が城勤めだった時に一度対峙した男だった。
「あんたはたしかタニグクの・・・。やっぱりタニグクが僕の家の回りを監視していたんだな」
「毒虫男、いや、伊賀崎孫兵。今日はお前を始末しに来た。いままで何度か妨害したが・・・なかなか出ていかないのでな。もはや耐えられないのだ」
耐えられないとは孫兵の飼っている毒虫たちの事だろう。孫兵がタニクグの縄張りにいるかぎり、彼らは孫兵のかう毒虫が襲ってくるのではないかという不安があるのだ。それほどまでにタニグクは虫害獣に恐怖していた。思い出してゾゾッと怯えるアマノに孫兵はなんとも思っていない様子だった。
「そんなのはお前たちの都合じゃないか。忍者なら慣れておいた方がいいぞ?」
「できたらすでにしとるわい!とにかく、我らはお前を倒さねば先には進めんのだ」
もっともなことを指摘されたアマノは孫兵の言葉にやっきになった。そんなことよりも、と孫兵は辺りを見回す。
「彼女はどこだ?あの子は関係ないだろう」
「会いたいなら私の後ろに来い。フフフ・・・」
アマノは明らかになにか企んでいるように見えたが、今はなのかの身の安全が気になる。罠とわかっていつつも孫兵はアマノの案内に静かに応じた。店内の厨房までいくと床の感覚が変わった。孫兵が気づくとアマノはその床の一部を外す。すると人が一人入れるぐらいの四角い地下へと続く穴が現れた。アマノは入れ、と一言で孫兵を促す。孫兵は大人しく地下へ入る。薄暗い地下に少し光が入り彼らは入ってくる人物が孫兵だと知ると声が上がった。
「孫兵さん!」「孫兵、来たか!」
牢の向こう側で二人の声がして孫兵は二人に駆け寄る。地下の床にはなぜか藁が敷かれていた。
「なのかさん!大丈夫かい?怪我はないかい?」
「って、先輩のことは気にしないのかよ!」
再び巡り会えた孫兵となのかはお互いの顔をみてほっとする。しかし、なのかはここが危険な場所であるということを伝えねばならない。なのかは共に降りてきたアマノをにらむ。
「孫兵さん!その人、この地下に私たちを閉じ込めて焼き殺すつもりよ!」
「やっぱり!・・・この藁はその為か。ってあれ?」
孫兵は二人を牢に出すために忍者道具を出そうと懐をまさぐるが、やけに腰回りが寂しい。その違和感に孫兵はあっと声をあげた。
「毒蛇のジュンコと大ムカデのサンシロウ三世がいない!茶店に来た時はちゃんといたのに・・・」
その言葉にうろたえたのはアマノだ。茶店に来たときはいたということはこの近くに虫・・・しかも毒虫がいるかもしれないのだ。アマノは慌てて地上に声をかける。
「おい、ここに毒虫が紛れ込んだようだ!!気をつけろーっ!」
「お頭、さよーならー!」
アマノが声をかけて帰ってきたのは謎の言葉。意味がわからず孫兵、なのか、竹谷は声のした方を見上げると突然ぽいと松明が床に投げられたそしてその瞬間地上への穴は閉じられてしまった。閉じ込められた四人は放り投げられた松明を見て意味を察するのに一瞬時が止まった。藁の敷かれた地下に放り投げられた松明は瞬く間に炎が広がっていく。
「ぎゃー!あいつら私を置いて作戦を実行しやがった!」
「大変だ・・・このままじゃ焼き殺されるぞ!」
竹谷は縄脱けをして手早くなのかの縄を解いた。同時に孫兵は牢の施錠を開ける。炎はどんどん広がっていき、なのかたちの足場も無くなっていく。しかし逃げる方法もなく状況は絶望的だと思ったとき、竹谷は言った。
「この地下にいたとき、風を感じたんだ。音が微かに聞こえた」
なのかが煙に咳き込んでいると孫兵は持っていた頭巾の布を彼女の口に優しく覆った。そして三人は低く屈み壁伝いに地下牢の奥まで進む。なのかは一瞬立ち止まり立ち尽くしているアマノの袖を引っ張った。
「タニグクさん、あなたも来てください」
「わ、私は・・・」
いいから、となのかはアマノの腕を引っ張り急いで孫兵たちのあとへ続く。どんどんと火は燃え盛り黒い煙も漂い初めて喉が痛む。ここにいられるのも時間の問題だと焦っていると竹谷が牢の奥にあるひとつだけ感触の違う岩に気がついた。竹谷が耳を澄ますとそこから微かに風が漏れている。
「間違いない。抜け穴だ!孫兵、おっさん手伝え!」
「はい!」
「・・・」
男三人でその岩をずらす。はじめは重かったものの、ひとつずらすと勢いよく岩は転がり、手前に転がった。そしてその先はなんと井戸の底だった。竹谷は井戸の底へでて落ちていた長い流木を縄でくくり井戸の入り口に投げた。その流木は入り口にひっかかり、しっかりと固定された。
「タニググのおっさんからでてくれ。俺の次に孫兵、なのかさんだ」
「私綱で上れるかしら」
「じゃあぼくに捕まりなよ」
アマノと竹谷が登りきり、躊躇するなのかに孫兵がそう申し出る。なのかは自分を背負って登れるのかと聞いたら笑顔で答えた。
「僕だって忍者だぞ。君ほど軽いなら余裕さ。さっ、僕に任せて」
なのかは恐る恐る孫兵の背中に捕まる。彼は軽々とは言わないがひとつひとつ確実に綱を握り井戸を登る。普段華奢だと思っていた孫兵の体のどこにそんな力があるのかと驚いたがやはり忍者は月並みの体力以上あるのだと感心した。
「よっと・・・!登れるかい?」
最後の井戸の入り口の縁に手をかける。なのかはそのまま孫兵の背中を降りて地上にたつ。彼も続いて軽やかに井戸を出た。なのかが前に出ようとして先に降りた竹谷がさえぎる。なぜだろうと顔をあげるとタニグクの忍者隊が数人、アマノを含めなのか・孫兵・竹谷を包囲していた。
おおよその意味はアマノには理解できた。自分を地下に閉じ込めて焼き殺そうとしたのだ。こうして生きて出て、囲まれている意味は察することができた。
「ふむ。これはどういうことかな」
タニグクの中の一人が覆面をはずす。竹谷はその顔を見て声を出した。
「あんた、俺たちを捕まえた茶店の店主!」
「ふん、私にはちゃんと名があるのですが・・・まあいいでしょう。アマノ”元首領”どの、よくこの抜け穴がわかりましたね」
「何をいっている。待ち伏せまでしておいてよくいうな」
どうやらアマノはタニグクの首領の座をこの変装している茶店の店主に奪われたらしい。部下たちも彼に従っているところから、アマノの味方をする人はいないようだ。緊迫した空気が漂う。
「生き延びたところ残念ではありますが、ここでなかったことに致しましょう。毒虫男共々・・・」
お互い武器を持ち睨み合う。孫兵はなのかを守るように立っていたが、緊張した空気のなか、下の雑草からがさがさと音がした。タニグクも竹谷もその気配に気づいて見下ろす。そこには足が何本もあり、もじゃもじゃと這いつくばって動く大きなムカデだった。
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