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「よいしょっと・・・これぐらいかな」

春の暖かい昼下がり。なのかは実家の生薬屋を営む両親に頼まれ、近くの山まで薬草を取りに行っていた。ここにくるまで、他の山も歩いてみたがなかなか見つからず普段いかない一番離れた山のさらに奥を歩いてやっと目的の薬草を採集出来たのだった。

「よし、帰ろう。山奥まで来ちゃったから怖い動物もいそうだし・・・」

辺りをきょろきょろと見渡す。一応鈴をつけているが万が一熊や猪、鹿にあったら命があぶない。なのかはそっと山をくだろうとすると足元に動くものを見つけた。一見枯葉と同化してわからなかったが明らかに地面が動いたのである。

「?」

訳もわからず立ち止まっているとその動くものはごく当たり前のようになのかの足元に巻き付いてきて思わずぎゃっと声をあげる。長くてにょろにょろとした生き物、これはどうみても蛇だった。

「わー!離れて!」

しかもマムシのように見えたので半泣きになりながらなのかは足を振るがその蛇は離れず身体まで登ってきた。その慣れた動きになのかは違和感を感じつつ身体を強ばらせた。噛まれる、と思ったとき遠くから声が聞こえた。

「ジュンコ!ジュンコ〜!」

枯葉の踏む音が近づいてくる。人の気配になのかは思わず助けて、と声をあげた。その声を聞いたその人物はこちらに走り寄って彼女を見つけた。

「なんだ人か・・・って、ジュンコ!?」

その相手は自分と同じぐらいの男だった。彼は肩に巻き付いている蛇をみるなりわっと飛びよった。

「ダメじゃないか知らない人間に近寄っちゃ!ほらジュンコ、おいで・・・」

男は蛇に向かってとても優しく声をかけたかと思えばその声に反応してジュンコと呼ばれた蛇が男の元へと寄っていく。

「よしよし・・・」

そのまま彼の首へとゆるりと絡み付きおとなしくなる。なのかは離れていった蛇をみて、心底安堵したため息をついた。どうやら命は助かったようだった。なのかは毒蛇を手なずけている男を見る。目があった途端、はっとした。彼の肌は透き通るように白く、まつげの長い真っ黒な瞳を持つ浮世離れしたような美しさを持っていた。思わずなのかはたじろぐ。

「ん?なんだ君は。迷ったのかい?」

思わず見とれていると男は不思議そうに首をかしげた。迷ったと思われているらしい。なのかは辺りを見渡す。そういえば帰り道の事を考えてなかった。道なきけもの道を歩いてきたので、帰りかたなど到底わからない。

「いま気づいたんですが、迷子みたいです」

なのかの言葉にげっと男は顔を歪める。

「まったくなんで迷子になるやつは後の事考えないんだ・・・」
「いやぁ、薬草探しに夢中になってしまいまして」

何気なく言ったなのかの言葉に、男はふと彼女をみた。整った顔にじっと見つめられ、なのかはなぜか照れてしまった。

「薬草?君は薬をつくるのか?」
「えぇ、私というより両親が主に。うちは薬屋をしてるんです」

その言葉を聞いて男は改めてなのかに向き直る。無愛想な表情から興味津々な様子へと変わっていく。

「ちょうどいい。僕、虫刺されの薬がほしいんだけど、君の店に売っていたりする?」

なのかは思い出す。うちはたくさんの薬草を扱い、生薬を中心に煎じ役や湿布薬も作っていた。彼のいう虫刺されに効く薬もたしかあったはずだ。そう思い出してなのかはうなずく。

「えぇ。うちにあると思います」
「ほんと?それ欲しいな。売ってくれないか?」
「いいですけど・・・店にあるので・・・」

なのかは考える。彼は普段山に登ることが多いのだろうか。ならば虫刺されの薬がほしいと思うのも納得だ。なのかの言葉に男は少し悩んだようだった。

「僕、この山にすんでるんだ。町にいくのはあんまり好きじゃない」
「山?ここにすんでるんですか?一人で?」

彼女の問いに男は首を振る。そしてにこりと笑った。

「ううん。一人じゃないよ」
「ですよね・・・こんな山のなかに一人で暮らすなんて、私はちょっと怖いかも・・・。でもわかりました。それなら私がこの山まで薬を運んできます」

なのかは商売のためなら多少の手間はかまわないとなぜか町へいくのを拒む男の要望に答えることにする。なのかの提案に男は少し視線を下げて、すぐになのかを見た。その表情はどこか嬉しそうだった。

「ありがとう。僕は伊賀崎孫兵。孫兵でいい」
「はい。孫兵さん。私は雀屋という薬屋のなのかといいます。明日のこの時間にうかがいますから・・・」
「わかった。麓で待っている・・・あ」

二人はこの山で会う約束を交わした。彼の名前をしっかりと覚え、なのかは踵を返す。蛇などを飼う多少変わった客だが、なのかは孫兵の独特な雰囲気に魅力を感じていた。明日、またここで会えることを密かに楽しみにする。

別れようとして孫兵が林の奥をみる。そこからがさり、と音がしてなのかは緊張した。まさか猛獣でもでたのだろうかと身を強張らせる。

「孫兵!小屋にいないから探したぞ」

がさりと出てきたのは精悍な体つきをしたぼさぼさの髪の男。あちこちに落ち葉をつけて男はやって来る。それをみた孫兵は見知った相手らしく、ぱっと笑顔を向けた。それは無愛想が常らしい彼の表情のなかでももっとも愛嬌のある笑顔だった。

「竹谷先輩!僕を探しに?」
「あぁ。いつものやつを持ってきたから小屋に寄ったらいなかったもんで。・・・ん!?そこにいるのは人か!?」

竹谷と呼ばれた男はなのかをみるなり驚いた様子を見せる。この山にきてから、人がいると驚かれているような気がする。彼は孫兵となのかを交互にみてすごい!となぜか感動していた。

「孫兵が俺以外の人と話していたなんて・・・やればできるじゃないか!!」
「なにいってるんですか先輩。僕も人と話すことぐらいは全然できますから・・・あぁ、ほら、なのかさんが驚いているじゃないですか」

竹谷はそうかそうかとなぜか上機嫌になっていた。茂みからでてきて孫兵に近寄る。孫兵の首から竹谷の腕へとジュンコが寄ってきたのを竹谷は平気な顔でそのままにしている。なのかはそれをまた信じられない様子でみていた。

「ジュンコも元気そうだな。孫兵、暖かくなってきたけど急に冷え込むこともあるからみんな気を付けるようにしてやってくれ」
「はい。わかりました」

みんな、という言葉になのかは心のなかで疑問に思う。孫兵は家族で山にすんでいるのだろうか?それを黙ってみていると竹谷と目があった。

「彼女・・・えっとなのかさんだっけか。俺が山の麓まで送るよ」
「わかりました。お願いします竹谷先輩。ほら、僕たちはおうちに帰ろう」

孫兵は竹谷に頭を下げる。そっと孫兵が竹谷の方に手をさしのべるとおとなしくジュンコは孫兵の腕へとすべるように乗り、彼はそのまま首にかける。改めて毒蛇を完全に手懐けている孫兵の世間離した姿になのかは呆然とする。

「じゃあ麓まで案内する。俺についてきてくれ。なのかさん。じゃあな孫兵」

竹谷がふっと手を振ると彼は黙ってうなずいた。なのかは薬草のはいったかごを担ぎ直し竹谷の後をついていく。彼はなのかの歩幅に合わせてゆっくりと山を下っていった。しばらく山を降りて平坦な道へでると、唐突に竹谷はなのかに振り返ってつよい力で肩をがしりと捕まれた。

「あのっ!・・・初対面でこんなことを頼むのは困ることを承知で言うが・・・」
「ははは、はい?」

突然の威圧になのかは戸惑うが彼のあまりに真剣な様子になのかは黙ってその先を聞こうとじっとしていた。

「孫兵の・・・」
「孫兵さんの・・・?」

肩からふっと力が抜ける。彼は二歩下がったかと思うとゆっくりと頭を下げて声を低くして一言言った。

「友達になってやってほしい」



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