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「じゃ、野菜も届けたし」
「きり丸にも会えたし」

時刻は昼過ぎ、家にもどるよ、と乱太郎としんべヱの二人は声を揃える。きり丸は一言、「おう」と答えた。外に出てあやめときり丸は挨拶して笑顔で去っていく二人を黙って見送った。二人が小さくなるまで見送って、ふとあやめはきり丸を見上げた。その表情はいつもと変わらないいつもの彼だ。

「・・・」
「なに。俺の顔みて」

きり丸はあやめへ顔を向ける。あやめは気まずそうに視線をそらした。仲直りしたと言えどあやめにはまだ罪悪感が残っていたのだ。悲しげに目を伏せるあやめの頬をきり丸はにゅっとつまんだ。

「いひゃい」
「そんな顔すっからだ」

ぱっときり丸は頬を離す。少し赤くなった頬をあやめはさすった。きり丸は穏やかな笑みを浮かべて言う。

「色々あるけど、笑っときゃなんとかなるもんさ。──さっ、明日の返済分のバイト、見つけてきたから今日は夜更かしだ!」
「ええ!?」

きり丸は今日引き受けた分のメモ書きを懐から取りだし読み上げる。近場の荒れ寺の雑草とりに改築の手伝い。夜は筆作りのアルバイト。昼から真夜中までみっちりアルバイトが入っているらしい。そのメモをみてあやめはげんなりする。落ち込んでいる場合ではないとぶるぶると首を振って気持ちを切り替えることにした。

「さすが鬼銭のきり丸ね」
「誉め言葉だな」

そういって彼は部屋にもどる。あやめは色々思うことがあったが今はとりあえず明日の取り立て分を返すことだけを考えることにした。


 ──そんな日々がいくつも連なり、早くも1ヶ月が過ぎた。

きり丸との生活もすっかり慣れてしまい、少々のアルバイトではくたびれない身体になっていったあやめ。彼ともたまに喧嘩はするものの、大きく関係が崩れることもなく、少しずつ順調に借金を返しにいっている。あやめは過去の長い生活がまるでとおい昔のことのように思えた。しかし、そんな生活に慣れていっても離れていった弟の心配をしない日はなかった。

部屋の掃除をするためにあやめは井戸から水を汲み桶に水を張る。水面には自分が写りこみ、よくにた弟のことを思い出した。自分がいなくなった家庭はさぞすさんでいるだろう。そんな中で一人置かれた弟は苦しんでいるはずだ。あやめはぼんやりとそんなことを考えていると後ろから軽くチョップをされた。


「おい、なにぼーっとしてんの」
「もう、ちょっと考え事よ。今から掃除するから」

チョップしてきた人物はいわずもがなきり丸だった。彼はあやめが考え事をしていることに少し心配になる。しかしいつものように取り繕い冗談のように言い返した。

「しかめっつらしてっとしわができるぜお嬢さん。なに考えてたんだよ」
「・・・いいわよ。気にしないで」

あやめは立ち上がり井戸水を運ぶ。その背中姿をきり丸はぼうぜんと見送る。一ヶ月以上彼女と共にいるが、こういう強情なところはなかなか変わらない。彼女は悩みがあってもきり丸には関係ない、というように振るまい相談されたことなどはなかった。
しかしきり丸は彼女の気持ちもわかるのである。人に弱味を見せたくない気持ちは、昔の自分にもよくあったことだ。

「強すぎる女の子ってのも大変だな」

一人残された彼がぼんやりしているとふと見覚えのある人物が遠くからやってきてはっとする。それは以前も様子を見にやって来た土井だ。彼は笑顔になり手をあげると土井もいつものように手をあげた。きり丸は土井の元にかけより、挨拶した。

「おはようございます。土井せんせ。どしたんです?」

土井も挨拶を返したがふと顔が真顔になり、一言「あやめさんはいるか?」と返した。その真剣な様子にきり丸もなにかあったのだと思う。

「いま長屋の掃除してます」
「そうか・・・実は彼女の家族のことで来たんだ」
「わかりました。部屋にいきましょう」

きり丸はすぐに土井を長屋に案内する。そこには表で拭き掃除をしているあやめがいた。二人の姿をみて彼女は土井に頭を下げる。

「あやめ、土井先生がお前に話があるそうだ」
「私に?」

きり丸が静かに伝える。

「家族のことだって」

その言葉を聞いてあやめは手を止めた。土井を見上げて彼女は家族・・・と呟く。その一言を聞いてきり丸はその場にいてもいいのか迷った。視線をさ迷わせていると土井と目が合う。

「きり丸、お前もできれば聞いてほしい」
「え・・・俺も?」

神妙な面持ちの土井に二人は顔を合わせる。これから起こる出来事に予想もできないまま、不穏とも言えるような空気が、彼らの回りに漂い始めていた。


鬼銭の正体 ―完―




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