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一方しんべヱとあやめはきり丸の部屋でちょこんとお互い向かい合う。このしんべヱという男はこの警戒心の強いあやめであっても表裏のない表情と物腰の柔らかさに無意識に心を許してしまっていた。
「さっきの君のいったことだけど、きり丸はそんな遊びをする人じゃないよ」
「どうしてわかるの?」
「ぼく、きりちゃんとは子どものときから仲良しだったから。お金がかかることとか絶対しないし、酷いことも大嫌いだった」
きり丸はたしか学校に言っていると聞いている。しんべヱの話からしてその時の友人だろう。
あやめは、あのようにきり丸に強く当たったものの、本気で彼が夜遊びなど行っていることは半信半疑であった。なぜならしんべヱの言うとおり質素な生活を突き通し、出費をとてもいやがるきり丸が、豪快に遊ぶなどとは想像もできない。
しかし、彼女のいままでの暮らしでは親は夜は帰ってこないことが日常であり、それ以外の想像が出来なかったのだ。
「夜遊びなんて絶対しないよ」
「・・・でもわからないから。なんできり丸は内緒にするんだろ」
あやめはこんな気持ちになるのは初めてだった。もし親がいつものように夜に家を出てもなにも思わないはずだ。むしろ自分にたいしてきつく当たることもなく、平和なひとときであったというのに。
きり丸が出ていくのを見ると、彼女は不安になったのだ。彼のことは表向きではそっけない態度をとるが、彼の不器用ながらの優しさにあやめは心地よいと感じることも多かった。そんなきり丸が隠し事をしている。それが少し寂しかった。
「昔っからきり丸は優しかったから、多分君に心配させないためだとおもうよ」
「逆に心配になるわよ。きり丸のばか・・・」
あやめは誰に言うでもなく呟く。すると部屋にいない筈のきり丸の声が聞こえた。
「恩人にばかっていうなよ」
「・・・え?」
あやめとしんべヱが開けたままの戸へ振り返るとなぜか野菜を抱えたきり丸が立っていた。
「私も来ちゃった」
きり丸の後ろにひょっこりと顔を出すのはふわふわした髪の毛を持ち丸い眼鏡をかけたいかにも人が良さそうな男性。二人を見てしんべヱがにっこりと笑った。
「乱太郎、きり丸〜!会いたかったよ」
久し振りの再開なのか男三人は幼い子どものようにはしゃぐ。その仲のよい姿をあやめは呆気にとられて見ていた。
「この人がきり丸の言ってた子?」
「うん、あやめさんって言うの〜。僕少しお話ししてたんだよ」
きり丸はあやめの話を知らない場所でしていたらしい。好奇心のような、信じられないような視線を乱太郎という男から感じた。
そして乱太郎は肘できり丸の脇をつついた。なんだよ、ときり丸はぎごちなくその肘を払おうとする。
「だってきれいな子なんだもん。きりちゃん・・・」
そんな乱太郎の冷やかしにきり丸は舌を出した。
「中身は可愛くないぜ」
「きり丸に言われたかない」
「なにおぅ・・・」
ぎりっとはりつめた空気が漂う。乱太郎はしまったと後悔した。ついきり丸をからかいたくて言った一言だったが喧嘩中にはあまりよくないからかいだった。
「喧嘩だめだよ〜。僕美味しい羊羮をおみやげにもってきたの。皆で食べよ」
そういって竹皮に包まれている小さな包みをしんべえは見せる。きり丸はいただきものに反応してすっと大人しくなった。いつもどおり変わらないきり丸をみてあやめは少し安心した。
きり丸の部屋に四人が集まると多少窮屈だが賑やかであった。彼らは同じ学校で共に学んだ幼なじみらしく、お互いを知り尽くしていた。あやめは初めて食べる羊羮の甘さに感動しながら三人の楽しそうな会話を聞いている。
「なんでしんべヱうちにきたんだ?」
「朝、京まで仕入れにいってた帰りにきり丸のとこ通るから、よってこうと思ってきたの。女の子とすんでるって聞いて驚いたよ」
その言葉に乱太郎も反応する。
「私も。あのきり丸が人と住むなんて・・・だって食費倍だよ?きりちゃんいやがるでしょ」
そう言われてちらりときり丸はあやめを見た。彼女も不安そうにきり丸を見ていたようでお互い気まずそうだった。
「だって無視できないし」
一言、そういってきり丸は湯飲みに入った白湯をのむ。
「やっぱり"ただの"どけちじゃないねぇ」
「あったりめーだ」
きりちゃん、と乱太郎に呼ばれて、二人には視線だけを会わせる。それはここに来る前に乱太郎と決めたことがあった。彼女に信じてもらうため、自分の素性を話すということだ。今まで自分から忍びだと名乗ったことはない。初めて他人に自分のことを話すのできり丸はぎこちなくあやめをみた。
「あやめ、その・・・」
「なに?」
羊羮を食べ終えたあやめは同じくしらけた顔で白湯を飲んでいる。
「えっと、昨日の夜、俺が出ていった理由なんだけどさ・・・」
あやめの様子を伺いながら話すきり丸。勇気を出して彼は自らの正体を明かした。
「俺、忍者なんだ。昨日は夜の忍び込みの仕事があって、明け方まで仕事してたんだ。しんべヱも乱太郎も、おんなじ忍者で、学校も忍術の学校にいってた仲間なんだ。これは全部本当の話」
真剣な眼差しできり丸はあやめに打ち明ける。あやめも黙って彼の素性を聞いて、考えた。きり丸の言葉を疑っているわけではない。彼女は知らなかったのだ。
そしてあやめはきり丸の言葉に首をかしげた。
「にんじゃって・・・なに?」
「そっちからかーい!」
彼女の疑問に思わずずっこける三人。あやめは三人がこけている様子を見て尚も不思議そうだ。
「忍者知らないのね」
「うん・・・私世の中のこと勉強させて貰えなかったから」
「苦労したんだねぇ」
乱太郎はあやめの何気ない言葉に色々と察した。遊び尽くして金に困って娘を売り飛ばす程の親である。教養など身に付けるということすらわからないであろう。
「城!城はわかるか?」
きり丸はなんとか説明しようと起き上がり彼女に聞いてみる。
「城ならわかるわよ。国の偉い人がいるとこでしょ」
「その人の国を守るために影で一生懸命頑張る人たちのことだ」
「きり丸、はしょりすぎ・・・」
彼女に説明するにはこれぐらい砕かないとわからないだろう。あやめはその説明に曖昧だが頷いた。国のために影で頑張る者。詳しくはよくわからないがそれが忍者というものらしい。
「忍者って悪いことなの?」
あやめの簡単な質問に彼らは難しい反応をする。よく考えてきり丸はゆっくり答えた。
「忍者に良いも悪いもねぇよ。俺は理由なく酷いこともしないし」
「そうなんだ・・・」
真実を聞いてあやめは内心とても安心していた。きり丸はやはりいつものきり丸であった。
「忍者だから夜に仕事もよく来るわけ。俺は金のかかる遊びなんてずぇったいしない!銭に誓ってしない」
「うん。わかった」
あやめはふとうつむく。昨晩きり丸に出ていけなど、酷いことを言ってしまったと反省したのだ。
同時になぜきり丸のことをもっとよく知ろうなどと思わなかったのだろう。彼のことを素直に「知りたい」といえばきり丸だって言ってくれたかもしれない。自分の不安だけが先走って彼を勝手に悪い方へと思い込んでいた自分が浅はかだったと彼女は思った。
「昨日、酷いことを言ってごめんなさい。きり丸がもしあんなことをしてたらって思ったら辛くて・・・。私、どうしていいかわからなかったからかっとなって怒鳴ったりしちゃった」
あんなこと、とは昔の生活で見てきたことだろうと三人は察する。彼女は年頃にしては世間知らずであり、周りは不安だらけであった。しかしそんなあやめのことを三人の中で怒ったり呆れたりするものはいなかった。きり丸も疑いがようやく晴れてやっといつものひょうきんな彼にもどる。
「なに改まって謝ってんだよ。気持ち悪い。いつも通りにしな」
「人がせっかく謝ってんのに!」
「まあまあ」
きり丸とあやめが言い合いになりそうになるのを乱太郎が中に入って止めにはいる。喧嘩するほど仲がいいという言葉もあるが、この二人の場合はそれが本来の形なのかもしれないとしんべヱと乱太郎は思った。
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