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ふたりがまず案内された部屋はきり丸の部屋だった。それは屋敷の一角の空き部屋であった。部屋はすでに掃除がされておりきれいな状態だ。部屋も長屋よりもずいぶん広い。
「きり丸さまの部屋はこちらです」
「こりゃずいぶん広いな」
きり丸の荷物は最小限のものしかなくこの広い部屋をもてあますだろうとぼやいた。草之助はきっと昌鷹が客人のためと思い広い部屋を用意したのだろうといった。きり丸は首を振る。
「俺はそーゆー贅沢すきじゃないから別にいいのにな。そうだあやめ、お前もここに来いよ」
「え・・・私がいてもいいの?」
きり丸が腰を下ろして荷をほどく。そして立ち尽くしているあやめを見上げてにこりとわらう。
「何を今いまさらいってんだ。それが日常だったろ?俺もやり易いし、草之助くん、いいか?」
草之助は姉にここまでちかしいこのきり丸という男が何者なのか気になった。そもそもなぜ姉がここにきたのかもわからない草之助。姉ときり丸を見てうなずく。
「ねーちゃんがいいなら、そうお伝えしておきます」
「うん。私もきり丸がいた方が安心だし・・・。ねえ、草之助、今日話せないかしら」
草之助は静かにうなずく。昼過ぎにまたくるといって、草之助は部屋をでた。
二人きりになってきり丸は草之助の姿をみてあやめにからかうようにいった。
「草之助くんのほうがしっかりしてないか?あやめ〜」
「うるさいな。草之助は私が面倒見てたの!そういうきり丸だって偉い人にいつもの態度しちゃって失礼じゃないの?」
いつものお互いの悪態を聞き流しつつあぐらをかいていたきり丸はひじをついてほほを手にのせ先程昌鷹からもらった屋敷の見取り図を開く。そこには言われたとおり丁寧に書かれた屋敷の見取り図が一枚。きり丸はその紙に違和感を持つ。さわっているともう一枚の白い紙が重なっていた。
「ん?なんだこの紙・・・」
きり丸がほのかにかおったその紙にあることに気づく。気になったあやめもそばによってその紙を見ていた。
突然彼はろうそくと携帯していたろうそく皿に刺しすぐに火種を用意し火をつけた。灯った火にその白紙を上にのせると紙が暖かくなり中心から文字が浮かび上がる。はじめてみたあぶりだしにあやめは驚いた。
「なんか出てきた!文字?」
「うん。あの昌鷹さんが忍ばせたんだろう。どれどれ・・・”代官屋敷に裏切り者、悪党に影あり。工作があると見られる。用心して調査されよ”か・・・」
「どういう意味?」
あやめは首をかしげる。彼女はあまり文字や難しい言葉が理解できなかった。
「この代官屋敷のなかに敵が味方のふりをして 紛れてるかもしれないってことだ。その敵は悪党ともつながっているかもしれない。こりゃ手広い調査がいるな」
「わ、私になにかできることとかある?」
あやめの言葉にとっさにきり丸ははっとして彼女をみた。弟に合わせるためここまで来たが、この調査自体に彼女を巻き込むつもりはなかった。しかしあやめはきり丸の身を案じて自ら手伝いを申し出たのだ。きり丸はその思いやりがこそばゆかった。
「いいよ。お前は草之助に会うためにここまで来たんだから・・・姉弟水入らずでだな・・・」
「でもきり丸も無視できないよ。これ、借金を返すための仕事なんでしょ?だったら私も手伝う」
「いっちょまえに言いやがって。これはいつものバイトじゃない。俺の仕事なんだ。お前はゆっくりしてろっての」
「なに、私が役に立たないと思ってるの?」
「危険だからだよっ」
お互い譲らない言い合いに睨み合う。忍者の仕事は命がけであることをあやめに説明するのは大変だ。一方できり丸ばかり危ない仕事をしているのを横目でみてのんびり過ごしたくないとあやめも頑なだ。きり丸はふうと息をついてろうそくをけしてその伝言の紙を破いた。
「わかったわかった。じゃあお前はこの屋敷で世話人の手伝いをするってのはどう?」
「いいけど・・・なんで?」
きり丸は破いた紙をあやめに見せる。
「この紙に書いてあったとおり、敵はこの屋敷にいる可能性もあるだろう?お前が普段ここにいて手伝いをすれば変化がわかるかもしれない。一方俺はノウタケ峠の悪党を調査する。どうだ?」
「私はここのお手伝いをして変なことがないかみてればいいのね?草之助に聞いてみるわ」
きり丸はやっと納得してくれたあやめにほっとする。ここで手伝いをする分にはあやめに危険な目には及ばないだろうときり丸はおもった。あやめときり丸は今後のことを打ち合わせる。きり丸は調査次第では屋敷にもどれないかもしれないと言った。その言葉にあやめは心配になる。
「帰ってこないの?」
「大丈夫だって。絶対帰ってくるから。お前はいつも通り過ごしてくれ。その方がこの屋敷にいる敵も不思議には思わない」
「わ、わかった」
そんな話をしていると時刻は昼を過ぎた頃になった。障子の向こうに近づいてくる影。「ねえちゃん」という草之助の声が聞こえて、あやめは立ち上がりその戸を開いた。笑顔の草之助がちょこんと立っている。
「草之助、仕事はいいの?」
「うん。いま一段落ついたから、会いに来たんだ。入ってもいい?」
あやめがうなずくと草之助は失礼しますと一言言って部屋にはいる。きり丸がおう、と返事をした。
「ずっと心配してたよ。ねえちゃん」
「私だって・・・会いたかった」
あやめはきり丸の借金があることと、両親のことで村に帰るのはためらっていたが残された弟がひどい目にあっていないかと毎日忘れたことがなかった。それは弟の草之助も一緒であった。
「ねえちゃんがいなくなった時、僕はちょうど父ちゃんに酒を買いにいかされてて・・・戻ったときにはもういなかったんだ。売られたって話を近所から聞いてすごく悔しくて・・・」
草之助はうなだれる。いつも自分を親から守ってくれた姉があっさりと売られてしまい、それを止めることができなかった自分を責めていた。そんな草之助をみかねて、とある流れ者の商人が草之助を引き取り手伝いをさせることにしたらしい。
「金はとうちゃんやかあちゃんに渡して・・・商人さんの宿に一緒に泊まって働いてたからひどいことはされなかったんだ。二人も経験だっていって金さえ渡せばなにも言わなかったよ」
「そうなの。やっぱり草之助は賢いわね」
幾日か立ってその商人も商売の場所を変えるために村を離れる前日、村に昌鷹がやってきたという。昌鷹は代官として国に命じられこれからノウタケ峠に向かう途中らしい。その商人と昌鷹は幼馴染みで仲が良く、草之助の事情を昌鷹に伝えると自分が面倒を見るといって峠に向かう道中に村まで来たというのだ。
「それで昌鷹さんが直々にとうちゃんとかあちゃんに会いに行って説得してくれたんだ。それで僕はここの代官屋敷に住み込みで働くことになったんだ」
「あのふたりがよく納得してくれたわね」
自分の両親はいつも金を集めてこいだの酒をもってこいだのと乱暴をするふたりだった。自分は金のために売られたが弟もいなくなると都合が悪くなることの方が多い。簡単に手放すとは考えにくかった。その疑問に草之助は答える。
「うん。昌鷹さまが、金1枚を支払って僕を雇ってくれたんだ」
「金1枚だってー!?」
隣にいたきり丸がとつぜん騒ぐ。あやめはやはり、と横目できり丸をみた。彼は瞳に涙を浮かべてうなだれている。
「金一枚ありゃあ、立派な家や服が買えるぜ・・・代官はやっぱ儲かるなあ」
「ちょっとだまってて」
草之助はきり丸の豹変におどろきつつ気を取り直してあやめに向き直り語る。
「さすがに二人も金一枚に目が眩んだもんであっさりと僕を渡してくれたよ。いまは昌鷹さまに恩返しするために一生懸命ここで働いてるんだ。それよりも、ねえちゃんはどうしてここに来たの?」
姉は売られてしまいさぞかし大変な目にあっているだろうと胸を痛めていた草之助。しかしこうして元気に姉と再会できた。このきり丸という男は何者なのか、草之助は聞きたいことがたくさんあった。
「私もこのきり丸に助けてもらったの。500文借金して私を身売り業者から買い取ってね・・・」
「500文も?この人が?」
きり丸はすんと鼻をならす。そしてきまりが悪そうに目をそらした。草之助にとっては過酷な状況から姉を救ってくれた恩人だ。草之助は頭を下げた。
「きり丸さん、ねえちゃんのために・・・ありがとうございます」
「やめろって。俺はそんなのいらないってば。普通のことだぜ」
「もうねえちゃんには会えないと思っていたから。忍者の人がくるって聞いた時はどんな人かとおもったけど、いい人でよかった・・・」
きり丸は慌てて草之助に頭をあげるようにする。ようやく顔をあげた草之助の瞳は憧れの眼差しをきり丸にむけていた。
「きり丸さんは忍術学園出身の忍者と聞きました!僕じつは昌鷹さまに忍者のことを教えてもらって興味があって・・・本物の忍者をみたのははじめてです!!・・・意外に普通ですが」
「忍者は目立っちゃいけないからな。普通ぐらいがいいの」
「へえ!やっぱりいいなあ・・・」
忍者と言われてちょっと得意気なきり丸と変わらず憧れの眼差しをむける草之助。そうだときり丸は宗之助にある協力を求めた。
「あやめを屋敷の手伝いをさせてもいいか?」
「たぶん、人手も足りないところですし、お願いすればできそうですが・・・なぜでしょう?」
草之助は首をかしげるときり丸が神妙な表情で草之助によって小さく言った。
「あやめと草之助くんには屋敷に怪しいやつがいないか調査してほしいんだ。もちろん仕事をしながらだけど」
「調査・・・なんかワクワクしますね」
忍者っぽいことに胸をおどらせる草之助。協力するとうなずけばお互い握手を交わしている。あっという間に草之助と仲良くなってしまったきり丸をあやめは感心しながら見ていた。
「絶対に踏み込んだ調査はするなよ?あくまでいつもどおりでいいんだ」
「わかりました!ねえちゃんも!」
「はいはい・・・。きり丸も無茶しないでよね」
きり丸はあやめの言葉に一瞬黙った。そのあと少し照れ臭そうにうなずいた。彼にとって久々に心配をされるなど昔あったきりだったため、あやめの言葉がどこか胸をくすぐられるようだった。
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