銭の花1



「んじゃ、いってくる」

代官屋敷に住み込んで今日で一週間。変わらずきり丸はほとんどの者が目覚めていない早朝に出ていく。あやめも彼とともに目覚め見送ることを欠かさなかった。

互いのかわす言葉もいつもおなじで少なくなり、あやめは少しさびしさを感じていたが彼は危険な仕事を担っていることもありあまりわがままは言わないよう大人しく彼を見送っていた。 しかし彼は出ていく前にあやめに一言尋ねる。

「なんか屋敷でかわったこととかあったか?怪しい新人が来たとか・・・」

”新人”という言葉にあやめは一瞬丸子を思いだした。しかし友人である彼女が曲者などありえないとあやめは迷いを振り払うように首を横に振った。

「きてない。変わったこともないよ」
「・・・わかった」

きり丸はわらじを履き荷物を持って朝の霧の漂う中、忍びの仕事へと屋敷を出ていった。
あやめはその背中を見送り、自分も仕事の準備をする。髪を結い、いつものように作業着に着替えて表に出る。

少し早めに出てしまったのか辺りは誰もおらずあやめ一人だけしかいなかった。先に仕事をはじめておこうと箒をもって庭へとでると 小さな話声が聞こえてきた。
誰もいないと思っていたあやめは挨拶しようと声のする方へ行くと、庭の大きな松の木下小さな男と背の高い女が向かい合っている。
少し霧がかっている庭のせいで顔がよく見えず、あやめは様子を窺うように挨拶をした。

「おはようございます・・・?」

あやめの声に二人は警戒するように振り返った。それは海老太郎と丸子の二人だ。なぜ二人が朝早くに庭で話をしているのだろうと思った。 丸子はどこかぎこちない笑みを浮かべて挨拶を返す。海老太郎も同じくどこか様子に違和感を感じた。

「おはよう、あやめ。朝早いのね?」
「うん。ちょっと早く来すぎちゃった。二人はどうしたんですか?」

あやめが尋ねると二人はどう言おうかと互いに視線を合わせる。なにか気まずいことでも言ってしまったのかとあやめは思った。

「ええっと、海老太郎さんに屋敷の事を教えてもらってたのよ!私来てまだ間もないでしょう?」
「だったら私も呼んでくださればいいのに・・・」
「いやすまん。あやめにはまた今度教えてあげよう。では仕事に戻ってくれ」

海老太郎は退散するようにその場を足早に去っていく。あやめはその姿を訝しげに見ていた。あきらかに海老太郎の様子はおかしかった。
その横で黙っている丸子をあやめは不安げに見つめた。きり丸が言ったことを思い出す。怪しい新人はいないか・・・。丸子は自分に初めてできた友達であるし 共に働く仲間だと思っている。
そんな彼女が間者であるはずはない。きり丸の言葉で気にしすぎているだけだと思うことにした。

「丸子、仕事場にいきましょ。そろそろ皆来る頃だし」
「ええ・・・」

二人はそのまま仕事場へ向かう。しかしあやめの気持ちはこの朝もやのように曇っていくばかりであった。

事件はその晩に起こった。あやめがいつもどおり一日の仕事を終えて一人部屋で明日の準備をしているときだった。あやめは庭で掃除道具を片付けることを失念していたのをふと思い出す。そのままでは道具を紛失してしまうと慌てて外に出て庭に向かう。庭の近くには昌鷹の部屋があった。

庭につくと、塀には立て掛けていた箒が出たままで、あやめはそれを片付けようと手に取った。顔を上げると昌鷹の部屋が見える。すでには辺りは暗い。きっと彼も部屋で休んでいるだろうと思ったが、部屋は真っ暗であった。すでに眠っているのだろうかとあやめは静かに立ち去ろうとしたが、真っ暗な昌鷹の部屋から突然騒がしい音がした。

「昌鷹さま!」

あやめは何事だと箒を放り出し部屋の障子を開けるとそこには刀を突きつけられた寝間着姿の昌鷹が座り込んでいた。あやめは刀を初めて見たことと、その突きつけた人物を見てさらに驚いた。

「丸子…」

刀を突きつけたまま動かない丸子は黙ったまま、昌鷹をじっと見つめていた。このままでは彼が斬られてしまうと思ったあやめがとっさに立ち上がり人を呼ぼうと振り向いた途端、あやめにも刀が突きつけられる。切っ先を向けられ怯えるあやめ。それは昌鷹の側近の海老太郎であった。

「まさか下女に見られてしまうとは」
「え、海老太郎さん、昌鷹様が」

海老太郎に昌鷹が斬られそうだと言おうとした時彼は月の光から浮かぶあくどい笑みを見せた。昌鷹が斬られそうになっているにも関わらず海老太郎は笑みを浮かべたままあやめに刃を向ける。つまり、これは彼の計画通りであったのだ。彼は暗殺者である丸子を雇い、昌鷹を殺すように仕向けていたのだ。

「見られたからにはお前も始末せねばならない。昌鷹と死んでもらう」
「まて!彼女は殺すな!」

海老太郎が太刀を振り下ろそうと腕をあげる。その瞬間、先に刃物のついた縄が海老太郎の手をからめた。その縄はつよく引っ張られ海老太郎は おおきく体制を崩す。音を立てて太刀が落ちた。
その場にうずくまったあやめは、恐る恐る目を開けると縄で腕を拘束された海老太郎とその縄を操りにらむ丸子の姿があった。

「な、なに?どうしたの・・・」

唖然としているところに昌鷹がやってきて腰の引けているあやめを起こした。何が起こっているのかわからないと昌鷹と丸子を交互にみる。倒れている海老太郎が苦しそうに 言い放った。

「裏切ったのか、丸子!」

「・・・なにいってんだよ。裏切りもんはあんたの方だろ?」

丸子はその姿から出ないはずの男の声をだした。その声は聞きなじみのある声であやめは目を見開いて驚いた。丸子はこちらをみて、猫のように笑う。

「えぇ!?丸子…もしかしてきり丸?」
「なんだと?」

海老太郎とあやめは驚いて丸子を見た。丸子──きり丸は悪党を調査するといいながらその実は女に化けて屋敷で女中として海老太郎に取り入っていたのだった。 きり丸は下で結っていた髪をほどく。長い髪がさらりと揺れた。そのまま縄をきつく縛りながら昌鷹の側へと寄る。

「海老太郎さん、あんたはノウタケ峠の悪党と通じて仲間になったのち、この昌鷹さんを裏切ってこの「忍者の丸子」をつかって暗殺させようとしたんだろ?」
「お前の動きはとっくに察していたよ」

昌鷹は側近の情けない姿に悲しげに海老太郎をみた。昌鷹は前から海老太郎の水面下で行われていた裏切りの計画を知っていた。それを防ぐため昌鷹はきり丸を呼び、わざと変装したきり丸と海老太郎を組ませて自分を狙わせたのであった。これにより下克上の失敗をしたノウタケ峠の悪党も主格の海老太郎が捕まったと聞けばきっと引き下がるだろう。

「くそ・・・こんなへっぽこ守銭奴男に捕まるなんて・・・」
「侮ってたのはお前の方さ。あやめにも剣を向けやがって」
「そのうち使いがやってくる。悪いが反省してもらうぞ。海老太郎」

逃げ場はないとうなだれた海老太郎。きり丸が海老太郎をにらんでいる間にあやめはもう一度きり丸に起こったことを聞き返す。

「丸子の正体はきり丸だったの?」
「あぁ」
「昌鷹さんも知ってたの?」
「すまない。君を巻き込むつもりはなかったんだ」

あやめは複雑な心境だ。せっかく女友達ができたと喜んでいたのに、実際はきり丸とずっと話していたのだ。しかしそれはずっときり丸と一緒にいたということでもある。事実彼は丸子としてあやめのそばに離れずずっとあやめを守っていたのだ。もう一度あやめは丸子の姿のきり丸をみる。

「きり丸・・・ありがとう。心配してくれたのね」

あやめが素直に礼を言うときり丸は戸惑った。そして照れ臭い気持ちをいつもの態度でごまかした。

「なに改まって。例なんかいうキャラじゃねえだろ。あっ、昌鷹さんの前だからって可愛い子ぶってんのか?」
「もう、きり丸嫌い。ずっと丸子のほうがよかった」

悪口を言い合い軽く笑い合う。昌鷹もそんな二人の様子を見て微笑んだ。

「ともかくきり丸、手柄だったな。私のためにありがとう」
「いいっすよ!お礼はたんまりお願いしますよ〜!」

そんな会話をしていると騒ぎを聞き付けた護衛たちが集まる。そのまま海老太郎は拘束され、牢へと連行されていく。そんな後ろ姿を見送って、あやめが呆然としていると昌鷹が優しく寄り添ってあやめを支えた。そんな二人の姿をみたきり丸は昌鷹の気持ちに気づきはっと顔をあげる。そして一人うなずいて月を見上げた。

見上げた月はまるで潔白を表すかのごとく洗ったように美しく、無表情にこちらを照らし続けていた。



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