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翌日、あやめときり丸と草之助は昌鷹の部屋に呼ばれた。三人は昌鷹の前に正座し、三人を呼んだ昌鷹は頭をさげた。ノウタケ峠の悪党と下克上を謀った海老太郎を捕まえることができたのも三人のおかげであると昌鷹は言った。
「君たちのおかげで国も荒れずにすんだよ。本当にありがとう」 「いいってことよ。あの海老のおっちゃんにはきつーくお灸をすえたほうがいいぜ」
きり丸の言葉に彼は軽く笑う。そして側にいた遣いになにか指示をすると部屋にある引き出しから小さな木箱を取り出し三人の前に置いた。 彼はそれを手にして「約束の礼だ」と一言言った。目の色を変えたのはきり丸だ。にやけるのを隠すこともせず彼はご機嫌にその木箱の蓋をぱかりと開けた。 あやめと草之助ものぞいてみる。そこにはひもで通された銭の束が二つ。包みの紙に置かれていた。
「銭だ!」
大好きな銭を前にして喜ぶきり丸。束はひとつが100文、もう一つが500文だった。すると昌鷹はその一つの束を指さしきり丸を見た。
「その100文はきり丸、君に。そしてもうひとつは、あやめの借金の分だ。きり丸、これを受け取る前に君にお願いしたい」
「・・・」
きり丸はその銭の意味を察して、真顔になる。昌鷹の言いたいことに思い当たることがあったきり丸はもしやと思った。あやめは今だ意味が分からずすぐに受け取ろうとしないきり丸の様子のおかしさに戸惑っている。
「あやめをここで私の面倒をみさせてほしい」
昌鷹の言葉にあやめは驚く。昌鷹はあやめを自分の側に置きたいと思ったのだ。しかし彼女はきり丸に借金を肩代わりされている。
だからきり丸に渡した500文で、彼女を引き取るとお願いしてきたのだった。
あやめは突然の提案にどうすればいいのかわからず、きり丸、と彼の名を呼んだ。きり丸はその銭から目を離さず、ずっと黙り込んでいる。
何も言わないきり丸にあやめは本当に自分をこの屋敷に残すつもりなのかと不安になった。
あやめは信頼しているきり丸と離れるのが嫌だったのだ。 しかし彼はそんなあやめの気持ちを知っていながら言い放つ。
「はい。・・・よろしく、お願いします」
「きり丸っ!」
頷いたきり丸をあやめは見る。すると今まで見たことのないような苦しい表情で銭をにぎるきり丸に、あやめははっとする。 いつもは喧嘩している二人だが彼はだれよりも、彼女の幸せを考えていた。きり丸は同じように、あやめの幸せを考えてくれるものがいるのなら、自分より幸せにできる者がいるのならそれが一番いいのだと思った。
「きり丸、私…」
しかしあやめはきり丸と離れたくはなかった。自分のために借金をして、ここまで共に暮らしてくれた彼には絶対の信頼を置いていたし、自分にとって彼がいることが生活の一部にすらなっていたのだ。 引き渡そうとするきり丸にあやめは首を横に振った。
「私、きり丸と・・・」
昌鷹のお願いを断ろうとするあやめを止めるようにきり丸は自分に言い聞かせた言葉をあやめにぶつける。
「本当にあやめは馬鹿だな!代官っていえば立派な国人だ。そんな人にお前は必要とされているんだよ。俺なんか比べもんにならないぐらい、いい話だ」
「でも・・・」
それでも頷こうとしないあやめにきり丸は銭をもって立ち上がって言い放つ。
「いいんだよ!お前がいたらうるさいし食費も物も早く減っちまうし…俺の生活が苦しくなるんだよ。お前はここに住んだ方がお互い楽なんだ!」
その心ない言葉にあやめは傷ついた。そこまでいうならとあやめも強く言い返す。
「ななな、なによその言い方!わかったわよ!昌鷹さんのとこにいる!きり丸なんか…だいっきらい!」
「ねえちゃんも、きり丸さんも喧嘩はよしなって・・・」
草之助が間に入って止める。お互い顔を合わせずにきり丸は銭を持ったまま、障子を開けた。一度振り返り、きり丸は昌鷹に言った。
「俺は金さえ手に入ればいい。そいつは頼んだぜ。昌鷹さん」
きり丸は昌鷹の返事も聞かずそのまま立ち去ってしまう。残されたあやめはきり丸に言われた言葉を思い出し、涙を浮かべる。その悲しい姿を見て草之助は寄り添った。
きり丸は貰った銭を硬く握りしめて無心に歩く。気がついたときには自分の住む長屋に着いており、彼はため息をついた。締めていた戸を開けるとそこには日銭屋のおりんばあが囲炉裏の前に座っておりきり丸は一瞬何者かわからずに叫ぶ。
「うわー!泥棒!」
「何をぬかすか。わしじゃ」
泥棒と呼ばれておりんばあは立ち上がりきり丸の所へ寄る。ドケチの師匠であるおりんばあだとわかるときり丸は脅かさないでください、と肩を落とした。
「お前が仕事でいなかった分、金を回収できんかったからな。取り立てに来たぞ」
さすが日銭屋。おりんばあはきり丸か不在だった間も毎日ここに来てきり丸が来るのを待っていたらしい。数日滞納した金の領収書をすでにきっちり用意して、払わせる気満々である。
きり丸はとっさに胸にある500文に手をやった。昌鷹から貰ったこの500文を渡せばおりんばあへの借金も無くなる。しかしあやめの顔が浮かんできて、きり丸は固まった。
「おりんばあさん。もう少し待ってほしい」
「もう十分待ったぞ。金は稼いできたんじゃろう?・・・そういえば、お前の娘はどうした」
お前の娘とはあやめのことだろう。おりんにとってきり丸が借金して買った女の子ということだ。しかし、今のきり丸にとってあやめを思い出すととても胸が苦しくなるのだった。彼はおりんばあの問いに答えず、うつむいた。
「ごめん、金は絶対返すから・・・もう少し待って。頼みます」
いつもとちがうきり丸の様子におりんばあは黙る。自分のどケチの弟子ではあるが、その分金の大事さは誰よりもわかっており、けじめはきちんとつけるのがきり丸だ。おりんばあも普段なら絶対に待たないが、彼を信頼して一言「今日の夕方までじゃぞ」と言った。
「なにがあったか知らんが、喧嘩なら金にならんからやめときな」
そういっておりんばあはきり丸の家を出ていく。きり丸はその姿をただ見ていた。
それからしばらく彼はずっとだまって胸にしまった500文をじっとみている。何度数えてもきっちり500文そろっている。それがなぜか、きり丸には恨めしく思えた。大好きな銭のはずなのになぜこんなに気持ちが沈むのかわからない。ただ、ここで過ごしたあやめとの思い出を彼はぼんやり思い出していた。
(俺、なんでこんなに沈んでんだろ・・・)
この500文さえ返せばすべてが円満に終わる。あやめは弟と一緒に過ごせて、幕府の代官までのぼりつめた権力者の昌鷹と一緒になる。親にも金にも困ることはなくなる。すべてはこれでめでたしになるはずだ。
そんなことを呪文のように反芻させて思い込むようにしている。なにも口にせず、どこにもいかず、気づけば辺りは夕方だ。おりんとの約束が待っている。きり丸は決心して銭を握りしめ外に出た。
「あ・・・土井せんせ・・・」
「きり丸、おかえり。おりんさんに聞いて寄ったんだ」
家の前で会ったのは彼の恩師である土井だった。土井は彼の浮かないやつれた表情に、なにかあったのだと察する。彼は今からきっとおりんの元へいくのだろうと察した土井は、彼の肩にかるく触れて、部屋の中を指差した。
「中で話さないか?」
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