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「わかった!五百文渡すよ!といっても金がないんだ。この山を下った先の町に知り合いの金貸しがいるから、借りてくる」
きり丸は自分の町にすむよく知った老婆である金貸し、おりんばあに借りることに決めた。彼女なら五百文は用意できるだろう。男達はきり丸の言葉に顔を合わせる。途中でこの男が女と逃げてしまわないか心配であったのだ。
「あ、疑ってるな?このきり丸、どケチの鬼とは言われても嘘はつかねぇよ。心配なら俺の腕に縄でもくくってみろよ」
きり丸は男たちに手を差し出す。彼の言われた通り、縄をきり丸の手に結びつけ、男の一方の手にもくくった。
「よし、いくぜ」
きり丸はそれを見て山をおりていく。その様子を驚いてみていたのは売られたあやめだった。なぜ彼は多額のお金を借りてまで他人の自分を買おうとするのだろうか。しかし彼の言う通り、このまま自分が売られてしまう。売られるのは絶対嫌だと逃げ出したあやめにとって彼が唯一の希望であった。
夕日も沈み、夜になった頃きり丸達はおりんの店の前に来ていた。彼女もまたきり丸以上のどケチである。この家は家賃が安い事故物件でありさらに雨漏りもする古いぼろぼろの部屋に住んでいるおりん。きり丸が声をかけるとおりんは顔をだした。きり丸以外にも連れがいるを見るとなにか用かい、と腕を組んで鋭い目付きで皆を見た。気の強そうな老婆である。
「おりんばあさん、折り入って話なんだけど」
「なんだい。改まって」
きり丸はふと真顔にまる。だが次の言葉を発したくても声が出ない。それもそのはず。彼にとって金を借りるなど言語道断。どケチの道では絶対にしてはならない禁断の行為、借金の話をしなくてはならないのだから。
「銭・・・を・・・か、か、か」
挙動不審なきり丸に皆はじっと見守る。ぽたりと汗をかいてきり丸はついに声を発した。
「銭をかしてくれっ!!」
ついに言ってしまったときり丸はがくりと崩れ落ちる。相当精神を削ってしまったようで死んだように俯いていた。
それを聞いて開いた口が塞がらないのはおりんだ。おりんは同じくどケチの道に生きるあの鬼の守銭奴きり丸がお金を借りたいなどと言うのは、たとえ槍が降ろうと絶対に言わないだろうと思って疑わなかったからだ。
「お、お前正気かい?」
「二度も言わせないでくれ・・・死ぬから」
冗談に聞こえないきり丸の台詞におりんはこれが現実なのだと自覚する。きり丸がただ理由もなく金を借りたいなどと言うはずもない。連れてきた者たちを見て、おりんは言った。
「事情があるみたいだし、入りなよ」
おりんのくたびれた部屋に入る。あたりの物はすべて昔からあるもので高価な品物は見当たらない。はたしてこれが儲かる金貸しの商売なのかと男達は思っていた。彼らはおりんの部屋に座り、きり丸は事情を語り始める。
「こいつら、身売り業者なんだ。この子が売られた女の子なんだけど。俺、この子が嫌々売られちゃうところを見ちゃってさ・・・」
「おう、そうだ。それでこの若造がこの女を買うって言ったんだ。俺たちだって商売でやってるからな、仕入れ百文だとするとこれぐらいはもらわなきゃ損だ」
男は指を広げる。それは五本。つまり五百文ということだ。つまり、身売りされそうになった女の子を助けるため、きり丸は自分が買うと言ってしまったらしい。
「ばかだねぇ。なんで関わったんだい。こんな金のかかることに」
「だって・・・」
その先の言葉をきり丸は飲み込む。そんなことは言わなくてもおりんにはわかるだろうとおりんを見返した。彼女はしかたないね、とため息をついた。
「言っちまったもんは仕方ない。いいよ、貸してやろうじゃないか」
「助かるぜおりんばあさん・・・」
へなっと気が抜けたようにきり丸は背中を丸める。ダメージはまだ直りきってないようだった。
おりんは奥の部屋の戸を開ける。そこは倉のようになっていて暗闇だった。しばらくすると包みをもって帰ってくる。男達の前に来てそれを渡すと男がそれを訝しげに開く。紐に通された銭が束ねてあった。それをみてきり丸は謎の悲鳴をあげる。
「いまの俺にはあの銭は眩しすぎるっ・・・」
悶絶しているきり丸を余所に男達は銭を数える。きっちり五百文。彼らは確認したようでそっと懐に銭を納めた。そしてきり丸の腕に繋いだ紐をほどき、立ち上がる。
「ちゃんとした金が手に入りゃ俺たちはなにも言わねえよ。おい、お前は今日からあの男のもんだ」
あやめは男が顎でしめす先をみるとうつむきっぱなしのきり丸が目に入った。そのまま男達は邪魔したな、と一言いって去っていく残されたあやめはどうすればいいのかわからないまま、呆然と二人をみる。どうやら男達に身売りされる事態は避けられたように思えるが・・・。しかし、これはこれでどうすればよいのか困ってしまう。
「あー・・・しんどかった」
きり丸は正念場を越えたのか汗だくになった状態であぐらをかく。おりんはそんなきり丸をみてやれやれとあきれた様子だ。あやめが縮こまっている姿をみて、きり丸腕を組んだ。
「ほら、君はもう自由だぜ」
「自由って・・・あんたが借りた五百文はどうするの・・・そもそもなんで私を助けたの?」
きり丸と自分はさきほどあったばかりの赤の他人だ。そんな相手に大金を借りて助けるなどとは、なにか企みがあってのことだろうとあやめはにらんだ。そんな風に険しい顔でみているときり丸はひらひらと手をふる。
「べっつに理由なんてないし。普通助けるもんじゃないの?なあおりんばあさん」
「わしならただで人は助けん」
即答するおりんにずっこけるきり丸。おりんは彼より考えが徹底しているようだった。さすがおりんばあさん、ときり丸はため息混じりに言う。あやめはさらに彼の考えが理解できない。さきほどこのきり丸と言う男は自由だと言った。彼は自分のために借金したことは考えなくてもいいということだ。あやめは考える。赤の他人と言えど、自分のために五百文と言う大金を借金したのだ。あやめは自由だと言われてそうですか、とその場を離れることができなかった。それに金のために自分を売った親の元などに帰りたくはない」
「どうしたんだよ?」
「帰りたくない」
てっきり帰ると思っていた彼女の一言にえぇ?ときり丸は困り顔だ。
「なんで帰りたくないの」
「・・・いいでしょ。なんで会ったばかりのあんたに言わなきゃいけないの」
ぶっきらぼうなあやめの一言にきり丸は頭を痛めた。やっかいな子を助けたと思っているようだ。
「お前かわいくないなぁ。ひねくれてるし」
「お前にそっくりじゃな」
「やめてくれよばあさん。・・・で、帰らないならどうすんの」
きり丸の一言にあやめは黙ってしまう。あやめは今後のとこなど考えていなかった。親のもとに帰りたくなければどこへいけばいいのか。今の手がかりはこのおりんという老婆と、自分のために借金などをしたきり丸である。
普通なら彼らにあてを訪ねるだろうが、まだ若いあやめは人に上手に頼るということをしらない。それは彼女の育った環境のせいでもあった。博打や遊びで金遣いの荒い両親から弟を守るためにあやめは本当に小さな時から自分がしっかりせねばと必死で家庭を支えてきたのだった。いつもそればかりを考えてきた彼女に、突然誰も知らない場所へと来て見ず知らずのものに助けてくれと言おうなどという、考えすら浮かばないのだ。
「なんとかするから。あと、お金も返すから。ここに来ればいいんでしょ?」
「あのな、お前は仕事もないってのに金なんか返せるかよ。まず自分の居場所をつくんなきゃ」
きり丸は至極もっともなことをいっているが、その言葉にあやめはどうすればいいのかわからない。きり丸はそんなあてもなく途方にくれている姿が自分の幼い頃と重なった。
「あ〜もうっ。そんな面すんなよ。しょうがないやつ!」
きり丸は自棄になって立ち上がる。
「おりんばあさん、なんとかしてやってよ」
「嫌じゃ。なんでお前のものをわしが世話せにゃならんのだ」
「俺のもんってどーいうことだよ」
おりんが放った言葉にきり丸は理解できないようだった。おりんは当然じゃろうとあやめを指差す。
「お前が五百文で買った子じゃろう」
「買ったって・・・ありゃしかたなく・・・」
きり丸の言い訳にもおりんは首を振る。
「とにかく、人と住むと金がかかる。その子はお前が責任もってなんとかするんじゃな」
あやめときり丸は改めて目を合わせる。そしてあやめはすぐに目線をはずした。
「いいわよ。ほっといて」
「・・・だから・・・そーいうのが・・・ああもういいよ!じゃあ俺の家にこいよ」
きり丸がそういい放つ。おりんに言われた言葉もそうだが、このままあてのない彼女を放っておくとなにが起こるかわからない。彼は同情というものがあまり好きではなかったが、彼女の境遇の様子はあまり幸せなものではないと悟ったので、なおさら知らないしらないふりができなかったのであった。
「なんで?なんかたくらんでるでしょ」
「んなわけないだろ!俺はなぁ、このおりんばあさんに負けないぐらい超どケチなんだ!金のかかることはだいっきらいだけど・・・でもわかんないけどもっと嫌なんだよ!君を放っておくのは!」
きり丸が真剣な様子でそう訴える。あやめは彼のまっすぐな瞳にたじろぎおりんの顔をみた。
そのきり丸の姿におりんも口出しするつもりはないようだった。あやめはきり丸が自分がいままであったことのない考えをもつ人だと思った。あやめは彼の言葉に自然にうなずいてしまった。
「・・・わかった。いく」
「それがいいじゃろう」
「よし。じゃあ俺についてきな。えっと・・・」
「あやめ・・・あんたはきり丸っていうんでしょ」
あやめはぶっきらぼうに名乗る。助けたものに対する態度ではないと、それがきり丸はなおさら癪に障った。
「さんをつけろ、さんを!」
「・・・やだ。私、まだあんたのことなんにもしらないもん・・・」
「かー!ほんっとに可愛くねぇ」
その様子を見ておりんは面白そうに笑った。あのきり丸が人と、しかも女の子と共に住む。彼が金のかかる事をするのは本当に珍しい。お互いぶつぶつと言い合いながら帰っていった二人を見て、おりんはきり丸の今後の返済のための帳簿を用意した。
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