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「ここがおれんち」

夜、あやめは町の通りから離れた小さなお世辞ともきれいとは言えない長屋にたどり着く。屋根は古いし長屋の壁も所々剥がれている。この長屋は古くからあり、町からも遠く人通りもすくない。誰も借りたがらない安価な長屋を選んで借りている。

きり丸が戸を開けるとほこりっぽい空気があやめの鼻を通った。

きり丸が入っていったのをみてあやめも恐る恐る部屋のなかに入る。村にいた頃はいつも博打のさいころや酒などが転がっていた我が家とは違い、きり丸の家にあるのは囲炉裏にある一つの鍋と薄い布団だけだった。

「今飯用意するから待ってな」
「・・・い、いらない」
「いらない?そりゃ助かるけど、でもお前腹減ってないの?」

味噌を床の物置からとり出しながら、きり丸が訪ねる。あやめは見ず知らずの他人に世話になるなど、なにか企みがあるのではと疑っている。

「なにも返せないから。あんた、私に何を求めてるのよ」
「はぁ?別になんも求めてないけど。そもそもお前なんも持ってないじゃん」

心底疑問そうにきり丸が首をかしげる。あやめは言おうか言うまいかたじろいで、思いきって言った。

「わ、私で変なことするつもりなんじゃないの」
「・・・お前で?なに、金稼ぎか?──あっ」

きり丸は先程の男達のことを思い出す。あやめはきっと自分が買った理由を身体の快楽目当てと思っているようだった。あやめの警戒した様子に、考えを察したきり丸がため息をつく。彼にはそんな考えは毛頭もないのであった。

「はあ、なんで若い女の子がそんなこと考えるかねぇ・・・。俺は単純に奴隷とか人買いとか、いやらしー商売とか・・・大嫌いなんだよ。許せねぇの。たとえお前がおっさんでも・・・俺は同じことをするんだ」

木製のお玉を取りだしてあやめをちょいちょいと差す。
その、きり丸の言葉を聞いてあやめは彼の考えが新鮮だった。男とは皆自分の欲望に自制をかけることはせず、他人にたいして乱暴なものであると思っていたからだ。

「・・・私、あんたに迷惑かけてるし・・・村にも戻りたくない。でもこれからどうしていいかも、わからない」

あやめは初めてきり丸に正直な想いを伝える。彼女にはなにか事情があるとと思っていたきり丸。とにかく彼女には安らげる場所がいるのだ。昔、行く宛もなく孤独であった自分のように。

「そうだな・・・とりあえず今は」

囲炉裏に暖かな炭の火が点る。真剣な顔できり丸はあやめの瞳をまっすぐに見つめる。その彼の持つ独特な眼差し、少年のような、少女のような瞳にあやめはどきりとした。目があってきり丸はにこりと笑う。

「そこの棚にある米とってくんない?」
「へ?米?」

あやめは拍子抜けする。彼ははやく米くれよ、とせかす。あやめが棚の米を渡すと彼は満足げに言った。

「まっ、今はとにかく考えるのはやめとけって。俺悪人じゃないから。どケチに誓って!」
「なんか気にしてる自分がバカみたい・・・」
「そーゆーこと!」

歯を見せて笑うきり丸に、あやめは初めて安堵する。今までの自分の世界に彼のような人は見たことがなかった。あやめは頭ごなしに大人の男や女を毛嫌いしていた。だからきり丸もそのような人であると思っていたのだ。しかし自分のために借金をし、見返りも求めようとしない彼にあやめは少しだけ歩み寄ろうと思った。

「きり丸、手伝うよ」
「きり丸"さん"だろ。ったく、そこの野草取ってくれ」

あやめときり丸の不思議な生活は、こんな様子で始まったのであった。

金ほどに物は言えない −終わり−


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