いい恋人の条件1


ここは炭を取り扱う黒木屋。ここは別店で本店は京都の洛北にある。この店では旦那の庄左ヱ門、弟の庄二郎、そしてさくらが加わり、毎日同じように良質な炭をつくり町の生活を支えていた。

さくらが来てからはもっぱらさくらが炭の注文と在庫の管理をしている。その間に庄左ヱ門と庄二郎が炭を作り、運ぶという仕事をしており、忙しい日々が続いていた。そんなある日の事である。

「やぁ、庄左ヱ門〜!」

のんびりと間延びした声と共に黒木屋の暖簾を潜ったのは堺に住む福富屋のしんべヱだ。意外な人物に、ちょうどそこにいた庄左ヱ門さくらが笑顔で挨拶した。

「しんべヱ!よくきたね。どうしてここにいるんだい?」

しんべヱは片手に持っていた土産を庄左ヱ門に渡しつつ答える。

「えっとね、お客様の出張商談に来てたんだよ〜。ついでに庄左ヱ門に会いに来たんだ。庄二郎くんやさくらさんは元気?」
「うん。皆仲良く暮らしてるよ・・・。今二人とも出掛けてるんだけどね。今日は客人が多いなぁ」

客人が多い、と聞いたしんべヱは首をかしげた。すると店の奥からひょっこり顔を出して笑顔を向ける人物。しんべヱと同じく同級生だった彦四郎だった。

「あれ?彦四郎〜!すっごく久しぶりだねぇ」
「しんべヱも、変わってないね」

そのまましんべヱを彦四郎のいる部屋へと招く。庄左ヱ門もちょうど沸かした茶を用意して部屋へと戻った。彦四郎としんべヱの土産が部屋にちょこんと置いてある。

「はい。お茶」
「ありがとう。・・・この町で庄左ヱ門が店を出したって聞いてたのは知ってたからね。でも女の子がいたのはびっくりだよ」
「さくらさんのことぉ?」

彦四郎がにやりと笑い庄左ヱ門を見る。庄左ヱ門は少し困ったように笑った。仲はどうなの?というしんべヱの質問に庄左ヱ門は微妙な顔をした。

「仲は良いよ?でも仕事が忙しくてね。人手が増えたこと以外変わり映えはあんまりないかな」

庄左ヱ門の返答に二人は少し驚いた。彦四郎は心配そうにみる。

「ええ?それって・・・よくないんじゃない?」
「なんで?」

庄左ヱ門のけろりとした反応に二人はますます怪訝な顔をする。

「せっかく一緒に暮らしてるのに、デートとかしないのー?」
「恋人なんだろ?なにもないっていうのは・・・」

庄左ヱ門は二人の言葉に考えてみる。共に暮らしはじめてからというものの、恋人らしいことはしていなかった。仕事が忙しいのもあるが、お互いどうしていいかわからずいつものように過ごすことしかできないのだ。

「二人のいう通りかもね」

一言、そういって庄左ヱ門は茶をすする。その落ち着いている姿に二人はずっこける。

「そんなんじゃ、庄左ヱ門、相手に飽きれられちゃうよ!」
「そーだよぉ、恋人は大切にしてあげなくっちゃ!」

二人がそういうと、庄左ヱ門は再び考えこんでしまう。

「よい恋人の条件ってあるのかな?」

ぽつりと彼がそういうと、二人は顔を見合わせる。ぎこちなく二人は思ったことを言う。

「そりゃ、こまめにデートしたり?」
「お料理を誉めたり!」

その言葉を聞いてさらに庄左ヱ門は考え込んだ。その姿をみてまずいな、と彦四郎が思う。庄左ヱ門は一度自分の世界に入るとなかなか帰ってこず、考え込みすぎて思考が暴走気味になることがあるのだ。

「なるほどね。僕もいい恋人と思われるように努力しなくちゃ・・・いい恋人について、調べてみるよ!」

そういってなぜか気合いが入っている庄左ヱ門。するとまた入り口に人の気配がした。話ながら入ってくる人物はさくらと庄二郎である。二人は和気あいあいとしたおしゃべりをしながら店に戻ってきた。部屋の奥にいた三人も店頭に出て挨拶する。

「あら、みなさん・・・庄左ヱ門さんに会いに来られたんですね」
「どうも、庄左ヱ門の友人の今福彦四郎です」「さくらさんお邪魔してるよ〜」

挨拶を済ませるとさくらはなぜかすこしせわしない様子だった。隣にいた庄二郎が代わりに話す。

「ねえ、にいさん。今日はゆっくりできるんでしょ?」

なにか言いたげな庄二郎。その二人の様子に彦四郎としんべヱは察した。ぎこちないさくらの様子をみていればそれはすぐにわかるものだ。

「あ、あの・・・庄左ヱ門さん、今日二人で・・・その、いつでもいいんですけど出掛けれないかなって・・・」

さくらが庄左ヱ門をうかがうようにおずおずと言う。みんなの視点が庄左ヱ門に集まる。彼はちょっと考える間を作り、はっきりと答えた。

「ごめん。僕用事ができてしまったんだ。今日は出掛けられない」
「え・・・」

庄左ヱ門の思わぬ返事に周りは凍りつく。そのまま庄左ヱ門はさくらの前を立ち去り、暖簾の前で振り帰る。

「ちょっと出てくる」

黙ってみんなは庄左ヱ門の出ていく背中を見送る。彼の気配がなくなると、がっくりと肩を落としたのはさくらだった。わっと他の三人がさくらの元へ寄る。悲しい表情をしたさくらは今にも泣き出しそうだった。

「私・・・嫌われちゃったのかしら・・・」

ぽつりとかすれた声で呟くさくらにしんべえは必死に励ました。

「ち、ちがうよ!庄左ヱ門はさくらさんにぞっこんだよ!」
「まったく、庄左ヱ門のやつ・・・女の子の、しかも恋人のさくらさんの誘いを断るなんて」

そこにいた男性全員がさくらの誘いを断った庄左ヱ門を責めたが、肝心の本人はいない。なぜ庄左ヱ門は恋人であるさくらの誘いを断ったのか考えた。そしてしんべヱと彦四郎は共に顔を合わせてまさかという表情を作る。

「もしかして・・・」
「”いい恋人”を調べにいったんじゃ・・・」

あの庄左ヱ門なら十分あり得る。きっとさくらに喜ばれる恋人になるために調査をしに行ったに違いない。庄左ヱ門はさくらを大事にしたいがあまり、さくらの気持ちに気づかずろくに当てにもならない調査に旅だってしまったのだった。

「あのあのっ、兄は普段さくらさんのお願いにはふたつ返事なんですが、なぜ今日は断ったんだろう」
「たぶん、”いい恋人”になるために調査に出掛けたんだと思う」

聞きなれない言葉に庄二郎とさくらは不思議そうだ。彦四郎としんべヱは先程まで話していた会話を伝える。庄左ヱ門がさくらと普段と変わらない関係に気づいたこと、恋人として見直そうとしていた様子を伝えるとさくらは驚いた。

「庄左ヱ門さん、私そんな努力しなくても気にしないのに」
「たぶん、庄左ヱ門がそうしなきゃ気がすまないタイプだから・・・」

彦四郎は学園生活での彼のことを思い出す。庄左ヱ門は度々リーダーとはなにかを自問自答し、思考が迷子になり暴走していたことがあった。あるべき姿を客観視するあまり自分の世界から戻ってこないことは、庄左ヱ門の性格上しかたないことだと割りきってみるしかないのだ。

「庄左ヱ門、大丈夫かなあ」

しんべヱが心配そうに庄左ヱ門が去っていった店の入り口をみやる。黒木屋とかかれた暖簾が静かにゆらゆらと揺れていた。


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