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「で、なんで私の実家にきたの?」
田畑で埋め尽くされたのどかな風景。その村に住む級友の乱太郎の実家に、庄左ヱ門はやってきた。彼は猪名寺家にやってきてちょこんと座り茶を飲んでいる。その周りでにこにこしているのは乱太郎の両親。庄左ヱ門は乱太郎の両親に会いに来たのだった。
「話すとちょっと時間かかるんだけど」「じゃあいいよ。かーちゃんととーちゃんに何か用があるの?」
茶を飲み終えた庄左ヱ門が静かに湯飲みを置く。
「僕がいまさくらさんと暮らしているのは知ってるよね?」
「うん。そりゃ祝いにもいったしね?」
乱太郎はさくらが黒木屋に棲み始めた頃に結婚したとは組のだれかから聞いて勘違いをして結婚祝いに黒木屋に来たことがあった。あれから彼女になにかあったのだろうか。
「しばらく彼女と暮らして考えたんだ。僕・・・彼女が誇れるような恋人に・・・なっているんだろうかって」
「はあ・・・」
ぐっと拳を握り、熱く悩む庄左ヱ門とは裏腹に話を聞くほど冷めていくのは乱太郎の眼差しだ。しかし隣にいる両親は笑顔で聞いている。
「僕は”いい恋人”とはなにか、さっきまで町の図書室でいろんな書物を漁ってきたんだ!」
そうして庄左ヱ門の隣には風呂敷があり、彼がそれをほどくと中から何冊もの本が積まれていた。乱太郎が手に取るとそれは町でも流行っている恋愛物語の書物ばかりだった。
「全部読んだの?」
「まあね!色々勉強になったよ・・・でもいまいち現実味がなくてね」
「そりゃ物語だから・・・」
あきれたように乱太郎は笑う。そこで、と庄左ヱ門は相変わらず微笑んでいる乱太郎の両親をみた。
「そこで!乱太郎のご両親に、聞いてみようと思ったんだ!」
「なんで私の両親なの!庄ちゃんにもお父上とお母上がいるじゃない!」
乱太郎の疑問に庄左ヱ門はちょっとばつが悪そうに眉を下げて気弱に答えた。
「だって自分の親に恋愛事情を聞くなんて、恥ずかしいし。それにうちはほとんど炭屋の仕事で不在のことも多くてあんまりわかんないんだ。乱太郎のご両親はいつも一緒で仲も睦まじくって・・・僕ちょっと憧れてたんだよね」
「そうなの?はじめて聞いたよ。まあ母ちゃんと父ちゃんが仲いいのは私も思うけど」
乱太郎がそういうと乱太郎の母が割って入ってくる。乱太郎が気まずそうに目を閉じた。
「あら、庄左ヱ門ちゃん、恋人がいるのね!んまー!いいわねぇ若い内の恋愛は大事よ。ねっ父ちゃん!」
そう隣にいる乱太郎の父、平之助は妻の言葉にえっ?と首をかしげる。その頼りない姿に乱太郎の母は肘で平之助をつついた。
「な、なんだ?かあちゃん」
「もう、よそよそしいねぇ。いい?庄左ヱ門ちゃん、いい恋人って言うのはね父ちゃんみたいな正直者で、頼りになる男になることよ!」
父ちゃんみたいな、と誉められた平之助は照れながらも嬉しそうに笑う。それを黙って乱太郎が見ていた。真面目に母の言葉にメモをとる庄左ヱ門をみて乱太郎は庄左ヱ門がなぜそんなことを聞くのか疑問に思った。
「ねえ庄左ヱ門。なんでいい恋人になりたいと思ったの?」
メモをし終わった庄左ヱ門は筆を置いて乱太郎を見上げた。彼の質問にすこし考えてそれはね、とメモをとるために低くしていた体を起こした。
「僕、彼女になんにもしてあげられてないんだ。一緒に暮らしてるけど、何も変わらない。自分のしたいことばっかり先に出て、さくらさんをどう幸せにしたらいいのか、わからないんだ」
改めて気持ちを口にした庄左ヱ門。すこし憂いのある眼差しをして、小さくため息をついた。庄左ヱ門はさくらのためになにをすればいいのか悩んでいた。内心は一緒にいたい、独占したいと言う自分の欲ばかりが浮かび、それをわがままだとおさえているうちに庄左ヱ門は本当に相手の事を考えているのかが見えなくなっていたのだ。
「自分のことばっかりさ。ダメな恋人だろ?」
自分にあきれている様子の庄左ヱ門は独り言のように呟いた。庄左ヱ門の本心を聞いて乱太郎は首をかしげた。
「そんなことないと思うけど。普通そうじゃないかな?」
何気なく乱太郎が言った言葉に平之助はうなずいた。
「うん。私もそう思うな。好きな子ができるとその人と一緒にいたいと思うことは当然のことだよ。相手を思いやる分、自分もわがままになるもんさ。男なら当然のこと!でもね、庄左ヱ門くん、相手の人も同じ気持ちだと思うな。もっと素直になればいいんじゃないかな」
平之助の言葉に庄左ヱ門は繰り返す。
「相手も同じ気持ち?さくらさんも・・・あっ」
庄左ヱ門はふと店を出る前のことを思い出した。彼女が黒木屋から帰ってきたとき、さくらは庄左ヱ門に「どこかへいきたい」といいかけていたのを思い出した。さくらは自分と共に過ごしたいと思ってくれていたのだ。その時自分は別のことを考えていて、その誘いを断ってしまった。自分のしてしまったことに後悔して庄左ヱ門は唸った。
「あぁ・・・僕はなんてことを」
平之助の言った言葉を聞いて落ち込んだ庄左ヱ門をみて乱太郎は心配そうに顔色をうかがう。
「庄左ヱ門、なにか気づいた?」
「うん。僕、格好や型に拘りすぎてたみたい。乱太郎のお父上のおっしゃったとおり、もっと素直になってみるよ!ありがとうございます!ではっ」
庄左ヱ門はメモ帳と筆を納めて改めて猪名寺一家に頭を下げて立ち上がる。そのまま駆けるように乱太郎の家を出ていった。ぽかんとその様子を見ていた乱太郎がなんだったんだと肩をすくめた。平之助は家の窓から見える青い空を見つめて、なにかに想いを馳せていた。
「青春時代を思い出すな・・・なあ母さん」「そうだね父ちゃん」
「あっ、そうですか・・・」
─そうして庄左ヱ門は足早に自分の住む町へと帰る。辺りはすでに夕方だ。白浪神社を通り、椿亭を越えて通りに出る。黒木屋の前にたどり着いて庄左ヱ門は息を整えた。
「ただいま。庄二郎、さくらさん・・・」
庄左ヱ門がいつものように暖簾を潜ると、部屋の掃除を終えたばかりのさくらがいた。
「・・・あ、お、お帰りなさい。お疲れ様でした」
「あ、うん・・・えっとさくらさん、昼間のことなんだけど」
庄左ヱ門がいいかけてさくらはとっさに笑顔を向けた。
「あの事ならいいんです!私、貴方が忙しいのも知ってたのに・・・ごめんなさい。忘れていいですから」
「え・・・?」
さくらは庄左ヱ門と共に暮らしているだけでも毎日が幸せである。彼は忍者の仕事や炭屋で忙しい身であるし、無理をいってしまったのだと庄左ヱ門がいなくなった後反省した。
しんべヱや彦四郎は「さくらさんに反省する所などない」といってはくれたが、自分のわがままをいってしまったことに引け目を感じて頭を下げた。
一方、庄左ヱ門はさくらの放った言葉に、静かに首を振る。
「違うんだ。謝らなきゃいけないのは僕の方なんだ。ごめん!」
さくらよりも深く頭を下げる庄左ヱ門。それを見て驚いたさくらが慌てて手を前に振る。その手を庄左ヱ門はぐっと掴んだ。
「君は何も悪くないよ。僕だってさくらさんと一緒にいたかったんだ」
「本当ですか・・・?」
さくらがおずおずと庄左ヱ門を見上げる。まっすぐな瞳が向けられた。
「本当だよ。君に嫌われないように、見栄ばっかりはってたんだ。実際はもっと二人で会いたいし・・・その、触れたいんだけど・・・だめかな?」
素直な庄左ヱ門の気持ちを聞いてさくらは少し安心したようだった。そしてちょっと恥ずかしげに微笑む。
「うふふ、なんだ、おんなじ気持ちだったんですね」
「さくらさんも?」
「はい」
庄左ヱ門は熱っぽい眼差しでさくらを見つめる。彼女との距離を無くして手を肩に回した。そのまま顔を近づけようとして、庄左ヱ門は寸前のところでピタリと固まる。
「皆、そこで見てないで出てこいよ」
さくらは彼が突然大きな声で放った言葉に目をパチパチさせる。庄左ヱ門の目線の先を追うと、そこにはしんべヱと彦四郎、目を覆われた庄二郎が身を潜めながら奥の部屋からのぞいていた。
「僕たちのことはいいから、続けなよ〜!」
「彦四郎さん、僕もみたいです」
「庄二郎くんにはまだ早いかな」
さくらは密着している身体を慌てて離す。しかし庄左ヱ門は落ち着きを払った様子で三人を見た。
「今、大事な場面なんだ。悪いけど出ていってくれる?」
「わぁ庄ちゃん、ぶれないねぇ」
「いいなぁ。僕も恋人、ほしいなぁ。じゃぁ、庄二郎くん、僕たちがご飯ご馳走するから外へ出よっか」
気をきかせた彦四郎がそういうとしんべヱは目を輝かせた。庄二郎は彦四郎の有無を言わせぬ威圧を感じて頷いた。三人はお邪魔とばかりにわらわらとそのまま外へ出ていった。
静かになった黒木屋。二人きりになって庄左ヱ門は改めてさくらに向き直る。
「さくらさん、こんな僕だけどまだ好きでいてくれる?」
「もちろんですよ。私はそのままの貴方がいいですから」
「うん・・・」
そのまま二人は寄り添っていた。久しぶりの二人きりの時間。ずっとこのままでいたいと思ったがその時間もつかの間、夜更けになると酔っ払ったしんべヱと彦四郎を介抱する庄二郎が帰ってきて賑やかになる黒木屋。二人が恋人らしく過ごせるには、まだ時間がかかりそうだと思った庄左ヱ門であった。
いい恋人の条件 −完−
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