2
「わかば、起きてるか?」
声と同時に障子があく。その声は兵太夫だった。断りもなく入ってきた彼に驚きつつ、わかばは兵太夫の方へ向く。
「はい。起きてます」
「じゃぁ、今からデートだ」
「デート?」
はやく外に出よう!と子供のように急かす兵太夫。わかばがわらじを履いて外にでると、兵太夫はわかばの手を引っ張った。
「ほら、急げって」
「兵太夫さん、お役目は?」
「サボった!」
元気よくサボったと言う兵太夫につれられて小走りでやって来たのは屋敷から峠一つ越えた藪のなかにある小さな小屋。なぜ兵太夫は仕事をすっぽかしてまでここまで来たのだろうかと思ってると、兵太夫はわかばの方へにやりと笑った。
「わかば、お前ぼくのやりたいこと手伝ってくれるって言ったよな」
「そうですが・・・」
兵太夫はしゃがみこみ、茂みのなかを探るとたくさんの道具が出てきた。大小の鋸や鉈、様々な縄や木板まである。彼はそれをまとめるとわかばを見て少年のように笑う。
「ここをからくり小屋にしたい!」
「へ?ここをですか?」
わかばは荒れ小屋を見渡す。元は納屋だったのだろう。壁は崩れ落ち、しまっていただろう棚も朽ちている。屋根にも穴が開いてあり、光が漏れていた。
「相当古いみたいですけど」
「こういうのがいいんだよ!手のかかる子みたいでさぁ。で、手伝ってくれるの?」
兵太夫はじっとこちらの返事を待っていた。わかばは恋人である彼の願いはできるだけ答えたいと思っていたので、からくり作りなどは初めてだったが彼とならなんとかなるだろうとうなずいた。兵太夫はきまりだね、と嬉しそうに微笑んだ。わかばは毎晩彼と話したりするが、こんな風に心から楽しそうに笑う顔ははじめてみたかもしれない。彼は鼻唄まじりに朽ちた小屋の前に座った。
「からくり作りははじめてだろう?何が作りたい?」
「え?兵太夫さんが作るんじゃないですか?」
てっきり自分は作業を手伝うのかと思っていた。兵太夫は紙を用意してそれを地面に広げた。
「作るよ?こういうのは発想の段階が大事なの。わかばもからくりのアイデア、考えて」
「え、えぇ?そうねえ。出入りすると自動で鍵がかかる小屋とか・・・できるかしら」
「おもしろそうじゃない。僕に任せて」
兵太夫はあらかじめ調べて書いておいた小屋の間取りに書き込んでいく。兵太夫がからくりが得意なことは本当らしく、さらさらと構造や仕掛けを書き込んでいった。こうして二人で仕掛けを言い合っていくと自然と盛り上がっていく。兵太夫はからくりのことが本当に好きらしく、終始彼は楽しそうな笑顔をみせていた。
それから一ヶ月がたった、二人のアイデアは初日でまとまり、その後はからくり小屋を毎日少しずつ作っていった。二人は仕事の合間を見計らって会うようにしており、短い時間であったがその間は仕事も立場も忘れてからくり作りをしていた。ほとんど兵太夫ひとりが構造を考え作っていっているがわかばも手伝えるところは手伝った。
二人で同じ目的をもっていると、自然に協力しあい、互いを知るようになっていく。わかばは彼がよく皮肉をいう口癖があったり、一度決めたら突き通すような強情さがあったり、なにより子供のような純粋な心をもっていることを知る。兵太夫から突然恋人になれと言われた時は彼の意図が見えず不安だったか、人柄を知った今では兵太夫と会うのは楽しみになっていた。
「よしっ、完成ー!」
兵太夫は荒れ小屋だったからくり小屋の戸を閉めた。するとかちりと音がして、わかばが戸に手をかけてもびくともしなかった。わかばが提案した自動で鍵がかかる小屋になったのである。
「これは秘密の扉の入り口から入って内側に鍵を解かない限りは開かないようになってるの!どぉ?」
「すごいです。本当につくっちゃうなんて!」
わかばが感動していると兵太夫は満足そうに笑う。一ヶ月前には荒れ放題だった部屋が今ではりっぱなからくり小屋になった。兵太夫はわかばの手を引っ張る。
「ちょっとついてきなよ」
彼の手の引く方へ行き小屋の裏手を回ると兵太夫のいっていた隠し扉をみせる。それは姿勢を低くしなければ入れない扉だった。そこから中へ入りさらに表面上では分からない隠し階段を登る。兵太夫が今までわかばに言っていなかった仕掛けだった。階段を登ると兵太夫は天井の板をはずす。そこから光が漏れてわかばは目を細めた。
「ほら、いい景色だろー」
兵太夫が抜け出したあとについてわかばも出ると、それは小屋の屋根の上だった。わかばは驚いてその景色を見渡す。高い位置から外を望むことなどこれがはじめてだった。
「わ・・・高い!」
「なんだよ怖いのかよ」
「だって高いところなんてはじめてですし」
兵太夫は自身の隣を指差した。ここにこいということらしい。黙って兵太夫の隣に座る。夏の青っぽい香りと湿気の含んだ風が肌になじむ。兵太夫は呆然とその景色を見ていた。
「うーん。久々に熱中した」
「兵太夫さん、てきぱきあっという間に作っていましたね」
「子供の頃は天才からくり少年、って言われてたんだよ。僕」
そういって兵太夫は笑う。そしてふと悲しげな表情をした。
「でも、結婚したらこんなこともできなくなるんだろうな」
「・・・」
そういえば自分達は恋人同士だったがそれらしいことなど一度もしたことがなかった。ふと兵太夫へ顔をみやると兵太夫もこちらを見ていた。
「なに見てるんだよ」
「そ、そっちだって」
そういって二人とも黙ってしまう。二人で何度も会っていたがこんな雰囲気になったのははじめてだった。わかばはどうしようか迷っていると、兵太夫が顔を寄せた。思わず瞳をとじる。しばらく固まっていたがなにも起こらないので恐る恐る瞼を開くとおでこに強い衝撃が来た。いわゆるでこぴんだった。わかばはおでこに手をやり兵太夫を見た。彼は手をそのままに、にやにや笑っている。
「ううっ、いたい」
「ふふ、なにがくると思ったの」
「そりゃ・・・私たち一応恋人同士ですし」
わかばがそういうと兵太夫はぎこちなく視線をはずした。
「そういやそうだった」
「忘れてたんですか・・・」
「ときめかなかったからな。君に」
「ときめかなくて、すみませんでしたね。なら、かわいい子に恋人を頼めばよかったのに」
さりげなくいった兵太夫の言葉に内心傷ついたわかば。とはいえどうせ理由もなく恋人になった仲だ。本来なら惹かれあってなるものなのだからしかたないのかもしれない。しかしわかばは、兵太夫に惹かれていた部分はあったのだ。この一ヶ月、彼を知ってわかばは兵太夫のことを意識していたのだった。だがそれも自分だけ。儚い想いだ。
「・・・」
兵太夫は黙っている。きっと近々やってくるお見合いのことを考えているのだろう。結局恋人になれなかったわかばにできることは彼を励ますことだけであった。
「大丈夫ですよ。相手はお武家様のお嬢様ですから、きれいで教養もおありです。きっと、私なんかよりずっと美しいお方です」
「・・・」
「その時に恋もできますよ」
わかばは兵太夫に極力明るくそう伝える。
「ちがうんだ・・・」
兵太夫はかすれた声で呟く。わかばはそのうまく聞き取れず聞き返そうとする。
「なんです・・・」
一瞬わかばの唇になにかがふれた。視界一杯に彼がうつり、すぐに離れていく。なにが起こったのかわからず、わかばは固まっていた。
「へ・・・」
「思ったのとちがうんだよ。恋って。もっとときめいたり、相手のことばかり夢中になって、なにも手につかなくなるって思ってたのに、全部違ったんだ」
兵太夫は頬を赤くさせてわかばをにらむ。
「なんにも変わんなくて、君がいなくたって僕は生きていけるんだろうけど、でも夜にはわかばのことを一瞬考えたりする。こうやって会っているとこれが当たり前なんだ思うぐらいに隣に君がいる。きっとそれが・・・僕の恋なんだ」
にらんでいた兵太夫はわかばにふっと微笑む。わかばは兵太夫に言われたことを考えて遅れて真っ赤になった。まさか兵太夫が自分にきちんと恋をしていたなんて思わなかった。兵太夫はしばらく黙って景色を眺めていたがふっと一言「決めた」と言った。
「全部変える。今のつまんない仕事も、関係も。結婚もしない。僕のやりたいことをする」
「じゃあ、ここを出ていっちゃうんですか・・・?」
「うん」
彼は仕事や関係を変えると言った。すると今の武家屋敷を出ていくことになるのだ。そうすれば自分との接点はなくなる。わかばはせっかく芽生えたこの気持ちを諦めなければならないのかと悲しくなった。
わかばがうつむいていると兵太夫がわかばの手をとった。
「いこう。わかば」
「・・・え。どこへ?」
わかばはぽかりと口をあけたまま兵太夫をみる。
「僕たちらしくいられるところ!」
「私もいっていいの?」
「来てもらわなきゃ困るんだけど。もうお前を離すつもりなんてないし」
わかばは兵太夫の手を握り返す。それがわかばの答えだった。
──その後二人は武家屋敷には戻らなかった。この小屋をでて、遠いところへと旅立っていったのだ。
わかばと出会って兵太夫は恋を知った。それは甘くもなく、焦がれることもなく、水が布になじむような静けさで、当然のように恋に落ちた。それは見える世界をも変えてしまい、本当の気持ちを隠し続けていた彼の心はわかばのお陰で靄をかけることをやめた。
恋とはやばいものである。彼は旅だった先で、隣にいるわかばをみて、密かにそう思うのだった。
恋とはやばいものである ー完ー
- 14 -
*前次#
ページ: