黒木夫婦との出会い1
ある晩、すっかり暗くなり虫の音がずっと鳴り響く夏の夜。ほんのりと照らす灯籠の照明。この時間黒木屋はとっくに店じまいをしている。さくらは薄暗い自室で明日の支度をしていた。黒木屋での生活も大分慣れてきたさくら。まだまだ炭に関しては知らないことも多く、忙しいが、それでも庄左ヱ門との生活は楽しかった。着物を寝床の側において床につこうとしたとき、こんこんと障子を叩く音がした。なんだろうと振り返ると「ぼく、庄左ヱ門」と一言声がした。
さくらは立ち上がり障子を開けると自分と同じく寝巻き姿の庄左ヱ門が立っていた。彼はちょっと気まずそうにしてうかがうようにさくらを見た。
「ちょっと話があるんだけど、入ってもいい?」
「どうぞ」
そのまま入り口の近くに座り、その場で正座する庄左ヱ門。さくらも同じく正座する。彼は片手にもっていた手紙をもってくる。さくらは近くの照明の光でその手紙を読む。それは庄左ヱ門の両親からの手紙だった。そこには彼の両親が庄左ヱ門の故郷の洛北からやってくるという。最後に書かれてた日付は二日前。そしてその手紙には明日、庄左ヱ門の両親はこの町につく予定と書いてあった。
「まあ。明日来られるの?」
「うん。急だよな。一応明日はお休みだけど・・・」
「庄左ヱ門さんに会いにいらっしゃるのね」
さくらはきっと庄左ヱ門の両親はこの店と黒木兄弟に会いに行くのだろうと思っていた。しかし彼はさくらの言葉に首を降る。
「ううん。君に会いにくるんだ」
「・・・はい?」
おもわずさくらは庄左ヱ門に聞き返す。庄左ヱ門はすこしためらっていたが、気恥ずかしそうに事のあらましを説明する。
「実は両親とは何度か連絡してたんだけど、僕が手紙に君のことを書いたんだ」
「そ、そうなのですか?」
庄左ヱ門にとってさくらは大事な存在だ。そのことを両親に黙っているわけにはいかないと思った庄左ヱ門は恋人がいることと現在共に暮らしていることを書いた。するとすぐに両親から返事が来て、わざわざ離れた洛北からこの町まで両親揃ってさくらを見に来るというのだ。
流れを知ったさくらは焦った。確かに自分は彼を大事に思っているが、突然両親に会うと思うと緊張する。どんな立場で接していいかも分からず、さくらは慌てた。
「わ、私どうすればいいのかしら・・・。とりあえず明日はおもてなしの準備をしないといけないわ・・・」
「いいよ。僕の身内なんだからいつもどおりで」
「だ、だめですっ。私、貴方のご両親に嫌われたくない・・・」
さくらには幼い頃から両親がいない。それでさえも彼に引け目を感じているというのに、彼の面目のために気も遣えない相手だと思われるのは嫌だった。緊張しているさくらの姿をみて庄左ヱ門はそっと強張っている彼女の肩に手を添えた。
「大丈夫。君を悪い人だなんて思わないよ。僕がいうのもなんだけど、うちの両親は結構お気楽だし。それに・・・」
庄左ヱ門はまっすぐさくらをみつめる。さくらは不安げな表情のままだった。
「なにがあっても僕は君の味方だから」
その言葉はさくらを一番に考えた庄左ヱ門の本心だった。しかし、さくらを両親が嫌うとは思わない。きっと自分がさくらのことを書いた手紙を読んで大喜びしたはずだ。常々両親からはその手の話は聞かれていたのだから。しかしさくらの緊張は解かれず、焦りを見せていた。
「と、とりあえずなにもしないわけにはいきません。私、明日は朝一番におもてなしの買い出しにいってきますから」
「わかったよ。きっとこの調子なら明日の昼には店にくるとと思う。でも、ほんとにいつもどおりでいいからね?」
そういって庄左ヱ門はさくらの手に触れて「おやすみ」と一言いって戻っていった。一人残されたさくらは、庄左ヱ門の両親が来ると聞いてすっかり目が冴えてしまった。明日の朝に彼の両親を迎えるの準備を考えなければならない。色々悩んで考えがまとまった時には深夜。ふっと息をついた一瞬にさくらは眠ってしまった。
その翌朝、町に人が通り、賑わい出してきた頃だ。さくらは小袖姿で市場の通りを歩く。野菜や魚がふり売りされており、さくらは昨日の夜に考えたふるまい料理を作るため材料を探していた。椿亭では料理の担当も多かったさくら。調理は人並み以上はある。腕によりをかけて作らねばと意気込んでいた。
食材をひとしきり買い終えたさくら。予想より買い物に時間がかかってしまった。荷物を持ち上げて黒木屋へと帰ろうと帰路を歩いていると、町の通りの真ん中におろおろと辺りを見ている中年の女性をみつけた。さくらが不思議そうにその女性をみる。その顔はどこかで見たような、しかし知らない女性だった。その女性とさくらはばっちりと目が合う。
「あ・・・もし、そこのお嬢さま。ちょっといいかしら」
声をかけられてさくらは歩みを止める。その旅衣装からして、きっと地元の人ではないと思った。
「はい。なにかお探しですか?」
「ええ。この町で新茶を買いたいのだけど、お茶のお店が見当たらないの。教えてくださりませんか?」
どうやら土産に茶葉を購入したいらしい。さくらは椿亭でいつも購入していた茶屋を思い出す。それは職人通りの手前に町で人気の茶葉を売る店。そこならきっとこのご婦人も満足するだろうと、さくらは笑顔でうなずいた。
「はい。美味しいお茶屋さん知っています。お連れしますよ?」
さくらは買い物も終えて黒木屋に帰るところだ。その茶屋は帰り道に通れる場所にあるので、案内しようと思いその婦人に言った。婦人はいいのかしら?とこちらの用事に気遣っている。
「はい。帰り道に寄れるので大丈夫です。こちらです」
旅姿の婦人の隣に立って、さくらは歩き始める。婦人もさくらについていった。
「ありがとうございます。あなたはこの町の方よね」
「はい。幼い頃に来てここの町に今までずっとすんでいます。貴女は・・・どちらから?」
さくらが訪ねると、婦人はたいしたことないのよ?と前置く。
「京から来たのよ。ちょっと息子達に会いにね」
京、都から来たと聞いてさくらはへえ、と相づちをうつ。この町も賑わっているが、京は花の都と言われるほど華やかな町だと聞いていた。そういえば、庄左ヱ門達も京の生まれだったな、とさくらは思う。
「そうなのですか。それは楽しみですね」
「ふふ。会うのは二ヵ月ぶりですから、嬉しいわ」
その婦人が心底嬉しそうに笑うのでさくらもなんだか嬉しくなる。そんな幸せな時のために自分がこうして手助けをしているのが嬉しい。和気あいあいと会話をしながら、すっかり打ち解けあった頃に目的の茶屋へと着く。ふわりと茶の香りがした。
─しばらくして、婦人が茶筒を手にして出てくる。どうやら目的のものは無事に手に入ったらしい。満足げな表情をして出てきた婦人をさくらは入り口の前で迎えた。
「さくらさん、ありがとう。いいものが手に入りましたわ」
「いえ。よかったです。では、私はこれで・・・」
そのまま別れようとして婦人はあっとさくらを見てなにか言おうとする。さくらは立ち止まり、婦人が言うのを待った。彼女はちょっと恥ずかしそうにさくらにある提案をした。
「ちょっとそこの甘味屋さんに行かないかしら?実は聞いてほしいことがあるのよ」
聞いてほしいこととはなんだろう、と思っていた。この後、さくらは食事の準備をしなくてはいけなかったが、婦人のちょっと困ったような様子が気になって、さくらは頷いてしまった。
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