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さくらと町で出会った婦人と共にちかくの甘味屋に入る。この店は南蛮菓子をすこし扱う変わった店で有名だ。適当な席に座り、婦人は息をついた。やってきた店員にカステラという焼き菓子と茶を頼んだ。
「付き合ってくれてありがとうございます」
「いえ、なにかあったのですか?」
婦人の様子は明らかに困っている様子だった。きっと自分を誘ったのもなにか悩みを言いたいのではないかと思ったのだ。婦人はすこし気まずそうに、恐る恐る語り始めた。
「あのね、出会ってすぐの貴女にいうのも困るかもしれないんだけど・・・私実は夫と喧嘩しちゃったのよ」
「え?旦那さんと?」
婦人はうなずく。一人旅ではなく、夫婦で息子に会いに来たということである。旅の途中で喧嘩してこの町で別れて行動しているのだという。
「ええ。息子に会いに来たって言ったでしょう?その手土産をずっと考えてたんだけど、私は羊羮にしようって言ったの。でも夫は茶だって。最初はたいしたことなかったんだけど町に近づくにつれて言い合いになってしまって・・・」
「町についてから別れちゃったんですね・・・」
さくらは婦人の買った茶筒をみる。きっと償いもかねて、婦人の夫が送りたいと言っていた茶を選んだのだろう。事情を知ったさくらはその婦人に同情した。
話しているうちに二人にカステラと茶が運ばれてくる。卵と砂糖の・・・なんともいえない濃厚な甘い香りがする。
「そうなの。つまらないことで喧嘩しちゃったと反省しているんだけどね。謝りたいんだけど・・・」
「それがいいと思います」
喧嘩をしてしまったとはいえ、二人は本心からいがみあってはないだろうとさくらは思う。こうして妻のほうから歩み寄ってくれれば夫の方も許してしまうだろう。でも、と婦人はやはり困った顔をしていた。
「この町に来るのは久しぶりでね、息子の家を忘れちゃったの」
「ええ?そうなんですか?」
「お恥ずかしいわ。きっとうちの亭主は息子のところにいると思うのだけど」
聞けば息子は店をやっていて、京に本店があるらしい。普段本店の仕事で忙しく、この町に来たのは二ヶ月前、息子が実家に帰ったときよりさらに前の一度きりだったという。それでは少々広いこの町を覚えるというのは大変だろう。さくらはこの町に来て長いので、大体の店のことは知っている。
「じゃあ、私がそのお店にご案内します」
さくらの申し出にぱっと婦人の顔が明るくなった。
「本当に!?あなたいい娘ね。ありがとう!」
そういって婦人はまじまじとさくらを見た。さくらは突然凝視する婦人にたじろいだ。
「なんでしょう?私なにか変ですか?」
「あら、ごめんなさい。この町の女の子ってみんな貴女みたいな方なのかしら。だったら嬉しいなって思ったのよ」
婦人の意味のとれない言葉にさくらはなぜそんなことをいうのだろうと首をかしげた。
「うちの息子もね、最近いい娘ができたらしくって、私達にいつか紹介したいって言ってたの。夫婦共々、息子に会いに来たって言ってるけど実はその娘に会いに来たのよね」
「へえ〜」
さくらは婦人の話に感心しながら一口、カステラを頬張った。あまくしっとりした感触が口の中に広がって幸せ一杯になる。そしてぼんやりと婦人の話を頭のなかで反芻した。最近どこかで聞いたような話だなとうっすら思った。
「・・・ん?息子さん・・・?いい娘?」
そう、どこかで聞いた話かと思った。その話には妙に繋がりがありすぎる。自分はそもそも庄左ヱ門の両親が本日京の洛北から来ると聞きこうして食材を買ったのだ。洛北は京の都にある。まさか、とさくらはその婦人を見返した。このうっすらと見たことある顔は間違いない。彼にそっくりなのだ。
「も、もしかして・・・息子さんって・・・黒木屋さんでは・・・」
さくらが緊張しながら聞くと、まあ、と婦人は驚いたようだった。
「ご存じなのね?なんでわかったのかしら。そう、うちは黒木っていうのよ。息子は黒木庄左ヱ門。次男の庄二郎って子もいるんだけど・・・」
「あわわ・・・」
そこまで聞いてさくらの頭は真っ白になった。間違いなく、この婦人は今日会うはずのあの庄左ヱ門の母親だったのだ。さくらはとたんに緊張して体を強張らせる。
「あ、あの!黒木屋さんなら知ってます。あの、あの・・・その庄左ヱ門さんのこっ、恋人は・・・私なんです!」
さくらの告白に庄左ヱ門の母は驚く。
「ほんと?貴女が庄左ヱ門の?」
さくらはまさかこんなところで彼の母親に会うとは思ってもおらず、思考がうまく回らない。どううまく話していいか悩んで歯切れの悪い言葉になってしまう。
「あー・・・その、はいぃ・・・黒木屋でお世話に、なってます。さくらです・・・」
その名前は庄左ヱ門の文に書いてあった通りで、本当に目の前にいる女性が庄左ヱ門の恋をしている相手だと確信する。緊張しているさくらとは裏腹に、庄左ヱ門の母は頬を紅潮させてさくらの手を握った。
「まあ!いい娘じゃないの〜!!って、やだ私ったら・・・嬉しくってついはしゃいじゃったわ」
「う、嬉しい・・・?」
さくらは正直、彼の恋人としてあまり自信がない。たしかに彼を大事に思っており、一緒に暮らして幸せだと思うことも多いが、自分は両親もおらず、家柄などというのもないので引け目を感じているのだ。世の中にはちゃんとした家庭で育ち、家柄もしっかりしている女性がたくさんいるなかで、さくらは自分が彼に見あった女性なのという不安はいつもあった。
しかしそんなさくらの不安など知らない庄左ヱ門の母は笑顔のままだ。
「ええ。貴女みたいな優しい気遣いができる娘ならいいなって思ってたのよ。安心したわ」
「い、いえ・・・いつも庄左ヱ門さんに助けてもらってばかりで・・・。私はそんなたいしたものではなくて」
謙遜するさくら。庄左ヱ門の母はぱくりと一口でカステラを食べてしまった。
「そうときまったらはやく庄左ヱ門のところに行きたいわ!さくらさん、つれていってくれないかしら」
「はいっ!」
緊張しっぱなしのさくら。正直もうカステラやお茶の味もわからない。二人はすぐに甘味屋を出て、黒木屋へと向かうことにした。その間も何度か庄左ヱ門の母になにを尋ねられたが、うまく振る舞わなければとそればかり考えていたさくらは、うまく答えることができなかった。
一方その頃黒木屋。昼前になってもなかなか帰ってこないさくらに庄左ヱ門と庄二郎はすこし心配をしていた。特に庄左ヱ門は昨日のさくらの緊張した様子を思いだし、自分の両親に会うのが負担になっているのではと気がかりだった。部屋の掃除を一通り終えた庄二郎が湯を沸かし始める。二人で一服をしようと思っている時、暖簾に聞きなれた声がして人が潜る。それは彼らの父親であった。庄左ヱ門の父は彼らにそっくりの丸い瞳を息子達に向けた。
「庄左ヱ門、庄次郎。来たぞ」
「とーちゃん!」
庄二郎が父のもとへ駆け寄り胸に飛び付いた。父は元気そうな息子達を見て安心し、再会を喜んだ。庄左ヱ門は父に向かって笑顔を向ける。
「とーちゃん、元気そうでよかった」
「お前達もな。かーちゃんは・・・まだ来てないか」
店をぐるりと見回して、すこしぎこちなく父は言った。
「かーちゃんと一緒じゃないの?」
庄二郎ははやく母にも会いたそうだったが、父は実は、と恥ずかしそうに事情を話した。それはここにくる手土産を羊羮にするか、茶にするかという話だ。二人の父の手には竹の川で包まれた甘い香りのする羊羮があった。
「えぇ?ここに来てかーちゃんと喧嘩しちゃったの?」
黒木兄弟は両親にすこしあきれてしまう。手土産などなくてもいいというのに大したことでもないことで町で喧嘩別れしてしまったなど、帰ってくるさくらに説明しづらいではないか。さくらのことを考えていると父もさくらの姿を探しているようだ。
「ところで、庄左ヱ門。お前の・・・その・・・」
「さくらさんのことでしょ。二人が来るからっておもてなしの料理の材料を買っていったよ。そろそろ帰ってくると思うんだけど」
「庄左ヱ門、庄二郎〜」
「ただいま帰りました」
声がして再びのれんをくぐる人影。それは買い物から帰ってきたさくらと、なぜか黒木兄弟の母親が共にいた。なぜさくらと母が共に来るのか、わからずにいると母は実はね、と事情を話始める。
「町でお店を探してたらね、偶然さくらさんと知り合いになったのよ。だから二人で来たの」
「かーちゃん、さくらさんと偶然出会ったのか」
「かーちゃん〜」
次は母親にすがる庄二郎。愛しい我が子に抱きつかれ母は幸せそうだ。庄二郎を抱きながら母は庄左ヱ門の隣にいる父に茶筒を渡した。
「あなた、さっきは変な意地をはってごめんなさい。これ、あなたが言ってたお茶・・・」
父は差し出された茶筒を見て驚く。そして彼も右手にもつ羊羮を差し出した。
「実は私も、君に謝りたくて・・・これ、羊羮」
「あら・・・」
お互いにお互いのものを買っていることに気づき、二人はくすりと笑った。些細なことで喧嘩してしまったことをおかしく思っていた。庄左ヱ門は父から喧嘩していたと聞いていたが、どうやら仲直りができたようだと安心した。
「もう、しょーもないことで喧嘩するんだから。さくらさんがいるっていうのに」
「そうよ、さくらさん!あなた、この娘があのさくらさんよ」
母の言葉に後ろに控えめに立っていたさくらにみんな視線が集まる。さくらはびくりとして、居心地悪そうにみじろいだ。その様子からやはり緊張していると庄左ヱ門は思った。
「うん。改めて紹介するよ。僕の・・・その、大事な人のさくらさん」
庄左ヱ門がゆっくりとさくらのそばに寄り、背中から肩に手を回した。庄左ヱ門の堂々とした紹介にさくらは顔を真っ赤にさせてうつむいている。さくらはかろうじて両親に頭を下げた。おおっ、と父はさくらを興味深げにみている。
「この娘が庄左ヱ門の・・・」
「あなた、あんまり見つめると緊張しちゃうでしょう」
はっと庄左ヱ門の父は凝視していたことに気づき微笑んだ。
「いやあ、ちょっと前まで小さな子供だったのに。もう女性を紹介するまでになったんだなぁ」
「ほんとねえ。男の子の成長ってあっという間なのね」
「とーちゃんもかーちゃんも、感慨に耽ってないで。上がって。今その茶葉でお茶を淹れるから」
それを見たさくらはなぜか焦ったようにいう。
「あっ、では私が淹れてきます・・・!」
茶筒に手を伸ばそうとして庄左ヱ門はひょいとその手をかわした。その茶筒は庄二郎に渡される。
「君は挨拶しなきゃダメだろ?そんなに身構えなくても大丈夫だから。庄二郎、ごめんけどお茶、淹れてきて」
「うん」
そのまま庄二郎は湯のわいた茶釜へといってしまう。さくらは観念して、庄左ヱ門の手に引かれながら、居間へと上がった。
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