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「あ、改めまして、庄左ヱ門さんとお付き合いさせていただいております、さくらです。こっ、この度は二方お初に御意を得まする・・・」
「さくらさん、もっと普通でいいから」
「あ、あぁ・・・うぅ!」

やはりさくらはガチガチに緊張して変な言葉になっている。一方両親は終始気持ち悪いぐらいにこにこしっぱなしだ。こほん、と庄左ヱ門が気を取り直し代わりに挨拶した。

「さくらさんはこの町の大きな旅籠屋で長年女中をしてたんだ。僕はそこで毎日炭を配達したんだけど、そこでいろいろあって・・・」

いろいろとは本当に色々あったのだが、そのきっかけを一から説明するのは大変だ。しかし両親から意外な言葉を聞く。

「知ってるわよ。椿亭でしょう?うちもいろんな場所に炭の買い付けにいくから、話だけは聞いたことがあるのよ」
「忍者宿って言われるらしいな」

離れた場所にある京でも忍者宿は噂になっているらしい。椿亭が忍者宿と言われるようになった原因をつくったのも、あながちさくらと庄左ヱ門といっても過言ではない。庄左ヱ門の父はさくらをみて笑顔になる。

「そんな立派な宿の女中さんならいろんなお客と会い世間をご存じでしょう」

何気なく言った言葉だったがさくらはぶんぶんと首を横に振る。なぜなら椿亭初代亭主の悟郎に保護されてからこの町にはあまり出たことがない。むしろ自分は世間知らずなのだと、さくらはそういいたかった。・・・が、庄左ヱ門に気を使い、またそれを言うことで自分が幻滅されることを恐れて黙っていた。

「あ、あの、私は普通の女中ですから・・・全然、たいしたことなくて・・・」
「さくらさんはとっても優しいんだ。他人のことを放っておけない人なんだ」

庄左ヱ門がそういうと母もぱっと笑顔になる。

「そうそう、私が困っていたら、助けてくれたもの。私、あなたが庄左ヱ門の言ってる人ならいいなっておもったぐらいよ」
「庄左ヱ門は、人をみる目はあるということだな」

笑顔で楽しそうに話す夫婦とは裏腹にさくらはあせるばかりだ。どんどん自分の敷居が高くなっているような気がすると冷や汗をかいた。そんなさくらの横顔を、庄左ヱ門は見逃さなかった。

「ぜひ、さくらさんのご両親にもご挨拶したいわ」
「私もだ。なあ庄左ヱ門、あちらの方にはご挨拶はしたのかい?」

「あぁ、それは──」

黒木夫婦はさくらの事情をしらなかった。その事を説明しようと庄左ヱ門が口を開きかけて、さくらが止めた。その顔は苦痛の表情で、いけない、と庄左ヱ門がおもったとき、さくらは立ち上がり一言いってその場を去った。

「ご、ごめんなさい。私・・・やっぱりあなたにふさわしくない!」
「さくらさん!」

庄左ヱ門が止めようと名を呼んだがさくらはそのまま黒木屋を飛び出してしまう。湯飲みをのせたお盆を持ってきた庄二郎が驚いて足を止めた。黒木夫婦は突然去ってしまったさくらをぽかんとした顔でみていた。

「とーちゃんかーちゃん、ごめん、話はあとで!」

一言投げて庄左ヱ門も慌ててさくらを追いかけて黒木屋を出た。さくらと庄左ヱ門が去った黒木屋。いまいち現状が飲み込めない夫婦はオロオロと出ていった二人をみていた。


さくらは駆け足で黒木屋を離れる。しばらく駆けて、さくらは息をついた。思わずあの場を離れてしまったと、自分のしたことに反省した。しかし、黒木屋に戻ることもさくらはためらった。きっと黒木親子は自分がなぜ逃げ出したのか、わかっていないだろうとおもった。

ふと顔をあげると、目の前に一組の恋人が横切った。その手には白浪神社のきれいな刺繍のあるお守りがある。辺りをみると、いつのまにか自分は白浪神社まで走ってきたようだ。

庄左ヱ門に申し訳ないことをしたと、さくらは思う。

きっと、いま横切った恋人達は、お互い引け目もなく、見合う関係なのだろうとおもった。しかし自分はどうだろう。家族もおらず、家元などない。それにまともに世間もみたことがなく、狭い世界にいた人間だ。そんな自分があの聡明でいろんな世を知っている、家族にも愛され育ってきただろう庄左ヱ門などと一緒にいていいのだろうか。彼の善意で共に住んでいるだけであって、回りから見れば見合った関係ではないのだと、彼の両親を見て思ったのだった。

「はあ・・・ご挨拶なんて無理よ。ご両親も私のことを知ったら、きっと庄左ヱ門さんが肩身が狭くなる」

さくらは重い足取りで白浪神社の本殿の前まで歩く。ふわりとお香の香りがした。ここは二人にとって思い出のある場所だ。先程の恋人達が去った後、参拝者はいないようだった。さくらがぼんやりと本殿を見ていると後ろから誰かがやってくる気配がした。

「さくらさん・・・」

自分を呼ぶ声がしてさくらは振り返ると、自分を追いかけに来た庄左ヱ門が肩で息をしてこちらをみていた。

「ごめんなさい・・・勝手に飛び出したりして」
「大丈夫かい?顔色がわるかったね」

庄左ヱ門はさくらを心配していた。両親の前で緊張しているのもなにか理由があるのだろうとおもった。庄左ヱ門はそばに寄り、さくらに向き合った。さくらの顔はうつむいたままだ。

「庄左ヱ門さん・・・私、あなたのそばにはいれないと思うんです」
「・・・え?」

思わぬ言葉に庄左ヱ門は驚き、聞き返した。自分のそばにはいられないとは、なぜなのだろう。

「自分は庄左ヱ門さんにふさわしくないんです。きっと貴方のご両親は、私の事を知ったら庄左ヱ門さんによくないことを言うと思います。そんな思いをさせたくないんです・・・」

さくらは自分の身の程に嘆き、悲しさに顔を覆った。極力普段通りに言おうとしたが、それは感情的なものになっていた。しかし庄左ヱ門はいつものように言い続ける。

「僕の事を考えると、辛いのかい?」
「・・・ごめんなさい・・・」

庄左ヱ門に謝るとさくらは黙ってしまう。庄左ヱ門はそっと両手をさくらの肩に触れた。その体温は温かい。

「いっただろ?僕は君の味方だって。僕の両親がもし君を悪く言っても関係ないんだ」
「でも、貴方にはもっと素敵な人が・・・いるかもしれないじゃない。皆が祝福してくれる人が・・・」
「そんなのいないよ。絶対に」

なぜ庄左ヱ門がそんなこと言いきれるのか、彼の表情を見るためにさくらは涙で濡れた顔を恐る恐るあげた。すると庄左ヱ門と唇が重なる。それは一瞬の間だった。さくらが驚いていると、庄左ヱ門は真剣な表情で答えた。

「だってもう、僕は君が好きだから。君以外なんて考えない」
「・・・」

まっすぐな庄左ヱ門の言葉にさくらは内心嬉しく思い、胸をときめかせた。彼はいつもさくらには直球で気持ちを伝えてくれる。

「わ、わたしも・・・本当は庄左ヱ門さんと一緒にいたい・・・です」
「じゃあ、決まり。もうまわりが何て言おうが僕がさくらさんと一緒にいるのは、変えない。だから、安心しなよ」
「はい」

庄左ヱ門はさくらを抱き寄せる。さくらは庄左ヱ門に身を任せていた。こうしているととても安心するのだ。白浪神社は静かな空間を保ったまま、二人が想い合う姿をじっと見守っているかのようだった。

話を終え、共にいると約束し合ったさくらと庄左ヱ門は再び黒木屋に戻る。中に入ると、居間では黒木夫婦と庄二郎がお茶を飲んでなにか話していたようだった。二人が帰ってきて、黒木夫婦は立ち上がりさくらの前にやって来た。さくらは突然出ていったことに謝らねばと頭を下げる。

「すみません。突然飛び出してしまって、大変失礼し・・・」
「いいのよさくらさん。あなたのことは庄二郎に聞いたの」

庄左ヱ門の母は笑顔を向ける。父も同様に、暖かい眼差しを向けられる。庄二郎はさくらに申し訳なさそうに事情を話した。

「ごめんなさい、さくらさん。かーちゃんととーちゃんにどうしてもって聞かれたから、さくらさんの事を話してしまいました」
「え・・・そうなの?」

庄二郎はさくらの事を知っていたので、それを両親に話したらしい。事情を知った黒木夫婦は「勝手に聞いてしまってごめんなさい」と謝った。慌ててさくらは構わないと首を振る。

「椿亭であなたはきっと毎日頑張ってきたのでしょう。だったら私たちとかわらないよ」
「ええ。あなたは庄左ヱ門にふさわしくないって言ったけど、私達はそんなふうに思わないわ」

どうやら出ていく前に言いはなった言葉を、さくらの事情の知った後に理解したらしい。さくらがどう言おうか言葉を選んでいると、母がさくらの手をとった。

「これからも、庄左ヱ門をよろしくお願いします。私たちの事は家族だって思ってくれてもいいのだから」
「え・・・」

さくらは彼女が言った意味を考えた。庄左ヱ門が笑顔になる。

「ほら、心配ないだろ?」
「あ、あの・・・ほんとにいいのですか・・・?私・・・ここにいても」

さくらは黒木夫婦にもう一度問いかける。二人はうなずいた。

「だって、庄左ヱ門がきめた人だもの」
「私たちは元々そのつもりだったからね」
「応援しているわ」

黒木夫婦は、庄左ヱ門が心に決めた人ができたことに関して、相手がどうだろうと問題におもったことはなかった。あんなにしっかりした息子が選んだ相手なのだから、元々応援するつもりだったのだ。そして彼女、さくらとも仲良くしていきたいと思っており、娘のように思うことを会う前から決めていたのだ。 

さくらは家族のように接してほしいと言った黒木夫婦と庄二郎、庄左ヱ門をみてくすりと微笑んだ。

「私、変な心配してたのね」
「安心した?」
「はい」

やっと緊張のほぐれたさくらの笑顔を見て、彼らは安心した。ふと空になった湯飲みを見てさくらは思い出す。

「そうだわ、お昼ご飯を作らないと。すっかり遅れてしまったわ」

さくらは今朝揃えた食材を床に置いていた風呂敷から取り出す。それを見た庄左ヱ門の母はさくらの側に寄った。

「じゃあ私も手伝いましょう」
「え、でも・・・」
「私、娘とお料理したかったのよね〜。だってうちは男兄弟だったから」
「娘・・・」

そんな会話をしながらさくらと母は台所へと向かっていく。一気に賑やかになった黒木屋。その様子を見て庄左ヱ門の父は嬉しそうに頷いていた。

「若い娘がいると目の保養になるな」
「それ、かーちゃんに絶対いっちゃダメだからね」
「また夫婦喧嘩になるよね」

息子たちの相変わらず冷静な言葉に、頼もしく育ってるなと父は思った。

「こんどはじーちゃんも連れてくるからな」
「うん」
「その頃には本当に娘になるかもしれないな」

庄左ヱ門は父の言葉にふと考える。その意味は庄左ヱ門にはすぐにわかった。母と協力して料理を始めたさくらの背中を見て、頬を染めた。

「まぁ、そのつもりだけど」

照れたように答えて、笑顔になる庄左ヱ門。真面目で現実的な彼の中では今後の計画もしっかりと練られているのだ。庄左ヱ門はここにいる誰よりもさくらの事を放すまいと思っている。そしていつか来る将来を思って自然と頬が緩んだ。

「とーちゃんにも庄二郎にも、彼女は譲れないから」

笑顔で家族に釘を指す庄左ヱ門に、我が息子ながら恐ろしいと密かに思う父であった。


黒木夫婦との出会い -完-



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