声がとどくまで1
その日、団蔵は一人で忍術学園から少し離れた町に来ていた。元々は金楽寺の方まで手紙を届けに来た帰りであった。団蔵は村の出身のため、このように賑わった町へ来ると少し心が浮いてしまう。
市場に並ぶ色んな出店をぼんやり見て歩いていると、一人、暗い顔した自分と同じぐらいの女の子がやって来ていた。団蔵はその少女に気づかず、思い切りぶつかってしまった。
「ごめん!大丈夫?」
団蔵は後ずさったが、少女の方は尻餅をついていた。慌てて団蔵は手をさしのべる。少女はその手を呆然と見ていた。
「お、おい?立てる?」
「・・・」
少女は黙ったままだ。そのまま自分で立ち上がってしまう。何も言わない少女に、団蔵は怒ってしまったのだとさらに慌てた。とりあえず彼女の身体に大きな怪我がないか確認する。少女は一歩、後ずさった。
どうやら不審がられてしまって団蔵も一歩離れる。お互い黙ってみつめあうという謎の雰囲気を作っていた。団蔵は改めて少女を見る。荷物ももたず、一人町を歩く少女。彼は彼女が何をしにこの市場に来たのかわからなかったがとりあえず、怪我がないなら立ち去ろうとした。
(無事ならいいよな・・・)
そして一歩進もうとして少女はまた別の誰かにぶつかった。その様子は明らかにおかしかった。団蔵は少女の様子が気になって戻っていく。
「お、おい、君ほんとに大丈夫か?」
「・・・・・・」
少女は団蔵と再びみつめあう。何か一言しゃべれよ、と団蔵は思っていたが、少女の様子はやはりどこか意思あらずで全くしゃべらない。やはりおかしい、そう思った団蔵はとりあえず、この人の多い通りを抜け出そうと思った。
「ほら、俺の手を放すなよ!」
団蔵はしっかりと少女の手を握り市場を抜けた。小さな小川が流れるぽつりぽつりと民家のある静かな所へ出て、団蔵は振り返った。
「君、どこにすんでるの?」
「・・・」
少女はやはり黙っている。まさか、と団蔵は思う。試しに彼女の目の前で手を叩いてみる。少女はその手を見ていたがとくに反応をしなかった。それはまるで音がしなかったかのように無表情なのだ。
「そうだったのか・・・俺の声が聞こえないんだな」
少女は耳の聞こえず話せない「ろうあ者」だと思った。なら少女の接し方を工夫せねばと団蔵は身ぶり手振りで少女と意思の疎通をはかろうとした。
「君、家は?」
団蔵は相手を指差し、家の形を作り少女に言う。少女はそれを見て首を振った。その様子からして家はない・・・と考えて団蔵は驚く。家がないなど大事ではないか。本当に意味は伝わっているのだろうか─。
団蔵が悩んでいると少女は再び歩き出した。団蔵は家がないと示した少女を無視出来なかった。団蔵も彼女の安全を見届けるために後ろから着いていくことにする。
「どこいくんだよ?」
団蔵の言葉に対して無反応で歩き続ける少女に団蔵はめげずについていく。荷物もなしに一人でどこに行こうというのだろう。
少女はどんどん進んでいく。その後ろ姿をみて、団蔵は一瞬不安になった。なにかよからぬことを考えているのではないか。団蔵はこの少女がどこにいくのか心配になっていく。
少女は町を出て街道へ行く。そして林を抜けて坂を登る。そのなかの森を突き進む。それでもついてきた団蔵はいよいよ少女がどこを目指して歩いているのか怪しくなってきた。
ふと潮の香りがした。海が近いらしい。少女もそれを感じたのか、足をぴたりと止めた。彼女は振り向いて団蔵を見た。団蔵が黙って見つめ返していると少女はゆっくりと口を動かした。団蔵は彼女の口の動きを見た。
”くるな”
「え?くるなって…どうして?」
少女は突然駆け出し森を抜けた。団蔵もとっさに追いかけていく。その先には小高い崖になっており、向こうには海が見下ろせた。それは団蔵のいる一年は組でもよく体験実習で向かう兵庫水軍の監視する海の浜だった。少女は崖目がけて走っていくので考える前に、団蔵の思い切り駆けて寸前のところで追いつき彼女の腰元にしがみついた。足元がもつれて彼女はその場に倒れる。
「やめろ!何考えてるんだ!」
「っ!!」
力が抜けた少女を崖っぷちから引き離す。彼女は崖から飛び降り、海へと身を投げ自害しようとしたのだ。団蔵は思わず少女に怒鳴った。
「命を粗末にしちゃだめだろ!」
しかし、少女の声にそれは聞こえなかった。彼女はその場で崩れ落ち、静かに泣いた。団蔵は叫んだあと、女の子を泣かせてしまったととても焦った。
「わわっ!泣くなよ!あー、言葉も通じないしどうすりゃいいんだ?」
無言で泣き続ける少女に団蔵はとりあえず手拭いを出し、少女の頬を不器用に拭った。突然、手拭いを当てられた彼女は潤んだ目を見開いた。
"どうして?"
少女は泣きながらゆっくりと口を動かす。団蔵は彼女の言葉を見逃すまいとその唇を見ていた。
「"し、ぬ、な"」
団蔵もゆっくりと口を動かす。
「"わ、ら、え"」
団蔵はそういって以前一年は組を爆笑の渦に巻き込んだ渾身の変顔をする。突然変顔をした団蔵に少女は驚いたが、団蔵の顔を見て声もなく笑った。団蔵には彼女がなぜ自害しようとしたのか詳しい理由は聞けないが、とにかく少女の気分を変えさせなければと必死だった。
ふっと笑いの収まった少女は赤くなった瞼を伏せる。
「あ、あーおれ・・・」
変顔をやめた団蔵はなんとか彼女と話をしようとした。崖を指差し大きくバツを腕で作る。
「見投げ、ダメ絶対」
「・・・・・・」
それは伝わったのか、少女はため息をついて項垂れた。団蔵は、少女自信が団蔵にうまく伝える術を持ってないのだと知った。
団蔵は少女の肩を揺らし、自分を指差し、ゆっくりと口を動かした。
「"おれ、だんぞう"」
"だんぞう?"
少女はゆっくりとその名前を繰り返す。声は聞こえなかったがそれはうまく伝わった。団蔵は偶然持っていた壊滅的な点数のテストのプリントに書いてある名前を見せる。
"かとうだんぞう"
少女はなんとかその名前を呼んだ。元より団蔵は字を書くのが苦手だったが、少女の読解力は高いようで、なんなくその名を読んだ。団蔵は少女に名前を呼ばれて嬉しくなった。
「"キミ、名前は?"」
"わかば"
「わかば?」
少女は適当に転がっていた木の枝を持ち、砂の地面に書いた。わかば、とかかれていた。団蔵が名前を呼ぶと、その口を読んだ少女は嬉しそうに微笑んだ。その微笑みがまるで花が咲いたようで、団蔵はなぜか胸が高鳴った。
少女はからり、とその木の枝を投げ捨てて、やはり今にも泣きそうな悲しい瞳で団蔵を見た。
"さびしい"
わかばは一言、そういって再びぽたぽたと涙を流し泣き始めた。寂しい。それは団蔵だって思ったことのある感情。しかし、人と話が通じない彼女にとって、その言葉はとても重たかった。団蔵はその切ない気持ちを察して、無意識にわかばの頭を撫でた。それは自分が母や父にしてもらった時のように。愛馬に話しかけるように。
「よしよし」
「・・・」
少女はしばらく泣いていたが、団蔵に撫でられて少し落ち着いたようだった。団蔵はわかばの顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
「”かえろう”」
そういうとわかばはうなずいた。どうやら身投げという考えは一旦なくなったらしい。しかし、わかばが心配だった団蔵は送っていくと手をつないだ。少女は戸惑っていたが、団蔵が”いえ、どこ”と聞くのでわかばも答えた。
”おてら”
「お寺・・・」
少女は歩きだす。どうやら場所はわかるらしい。団蔵はわかばと歩きながら考えた。出会ったとき彼女は家はないという様子だった。だが今は寺と答えた。・・・わかばは、家族や家がないのかもしれない。そう団蔵はおもった。学園にも孤児はいることを知っている。きっと彼女もそうなのではないかと思った。
来た道を戻る。分かれ道で町の方向とは別の道を歩く。するとほんのり線香の香りがした。たどるように歩くと石階段がみえた。その先には寺らしき門がみえる。
”ここ”
わかばは指差した先はその寺。どうやらここで彼女は生活しているようだ。団蔵はわかばがきちんと戻るまで見届けなければ心配だった。団蔵もわかばと共に階段を登る。登りきって門の中に入るとわかばは団蔵と繋いでいた手を離した。団蔵がわかばをみていると、中から坊主がやってきた。わかばはその坊主にお辞儀をして、振り返り団蔵を見た。
”ありがとう”
わかばは再度、お礼の言葉を口にする。手を振りながら走りそしてそのまま寺の中へと入っていった。それを団蔵も手を振り返し見送る。坊主がその様子をみて驚き団蔵のそばへ寄った。
「君は、さっきわかばといたのかい?」
「え?はい。町で出会って」
「もしかして、話したのですか!?」
坊主が団蔵にそう迫る。なぜ坊主がそんなにわかばと話すのが珍しいのか。団蔵は坊主に説明する。
「いえ、声では話してません。わかば、しゃべれないみたいだったので・・・」
「そ、そうか・・・いえ。すみません。驚いてしまって。あの子が男の子と一緒にいるのははじめて見ましたから」
「わかばって、どんな女の子なんですか?」
団蔵はわかばが気がかりだった。身投げをしようとしたことも、さびしいと声にならない声をだして、なきじゃくっていたところも無視ができなかった。坊主は団蔵に言おうか迷っていたが、わかばが彼と一緒にここまでやってきた所をみて、団蔵には言ってみる価値があるかもしれないと思った。
「わかばは二年前に、ご両親と町へ行く途中に山で山賊にあって・・・目の前で両親を殺されてしまったのです」
「目の前で・・・」
「そのあとわかばは襲われそうになって・・・必死に山を降りて私と出会ったのです」
団蔵は自分の親に自然と置き換えられてしまい蒼白する。武器も持たない弱者を襲う山賊に憤りも感じたが、黙って団蔵は坊主の話を聞いた。
「傷だらけで、泥だらけで駆け込んできたわかばを私はすぐに保護しました。実はその時はわかばは耳も聞こえており、話すこともできたのです」
「え?で、でも・・・俺の声は聞こえてないし、辺りの音も聞こえないみたいでした」
「きっと、相当辛いものを見て、心を閉ざしてしまったのでしょう。次の日から今まであの様子になってしまったのです。意識的に聴覚を失い、話すこともできなくなってしまったのではないかと思います」
団蔵は黙りこむ。なにかしら事情はあったと思っていたが、彼女がそんな悲惨な過去を持っているとは想像できなかった。同情するにも他人事のようで、それが団蔵は嫌だった。
「僕、またここにきます。わかばはさびしいって言ってました。あんな姿を見て、放っておけません」
「私からもお願いします。あの子は話せないことに周りから距離をおいています。孤独なのです」
「・・・失礼します」
団蔵は坊主にお辞儀をしてきびすを返した。つんと、先程よりもきつい線香の香りが鼻につき、その痛覚が目の奥を刺激した。
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