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あれから数日後、今日は忍術学園は休日だ。団蔵は同室の虎若に遊びに出掛けないかと誘われたが、彼はそれを断った。それは以前から気になっていたわかばの事が頭にあるからだった。
団蔵は昼過ぎ、学園で馬術に使う飼育している馬達のいる小屋へと向かう。団蔵は馬借の息子であり、馬術の授業が好きで学園の馬も積極的に世話をしていた。そのなかに、彼と中の良い馬が一頭いた。
「先生には許可をもらったよ。俺と一緒に外で走ろう!」
団蔵が声をかける。その言葉の意味はわからないだろうが、馬は上機嫌そうに団蔵の頭をやさしく鼻で撫でた。団蔵と彼は気が合うのだ。
事務員に許可書を渡し、校門を出て団蔵は馬にまたがる。馬の首をやさしく叩き、いつものように合図すると、馬は走り出した。彼は団蔵の思った通りの道へと駆けていった。それを感心して見送るのは事務員の小松田だ。
「はえ〜。団蔵くんすごいなあ。さすが馬借の若旦那さんだ」
団蔵の姿があっというまに見えなくなる。そうして小松田は学園へと戻るのだった。
一方、団蔵が馬に乗って向かった先は以前わかばと帰った寺だった。馬でやってきた彼はすぐにその寺へと着く。馬から降りてとどまるように指示して団蔵は石階段を軽快に登る。
「あのー・・・すみません〜」
お堂の前までやって来て声をかけると、中からお経を読み終えて支度をしている坊主とであった。それは以前わかばのことを教えてくれた坊主だった。
「君は以前来てくれた・・・」
「団蔵です。わかばに会いに来ました」
団蔵がそういうと坊主は笑顔になる。
「あぁ、あの子ならいつものように部屋の中で本を読んでいると思うよ。どれ、私が呼んできます」
「すみません。お願いします」
しばらくすると呼ばれたわかばが奥からやってくる。彼女は団蔵を見るとほほ笑んだ。団蔵が手を振るとわかばは小走りで彼のもとへと行く。
「よ、元気だったか?」
わかばは団蔵の口を読み頷いた。どうやらあれから身投げなどしようとはしていない様子だった。団蔵は寺の門の外を指さした。
「”遊ぼう”」
団蔵はわかばを遊びに誘うため、ここまでやってきたのだった。話すことが出来ず気持ちを抱えているわかばをなんとか励ましたいと思い、外へでないかと提案する。わかばは普段寺の外から出ずに部屋や木陰で静かに本を読んで過ごしており、寺の外にでることや、まして人と遊ぶなどというのはしなかった。わかばがためらっていると団蔵が手をとる。
「ほらいくぞ!」
彼の手に引かれてわかばは階段を下りる。その様子を坊主は心配そうに見送っていた。階段の下には大きな馬が待っていた。わかばは間近で馬を見るのは初めてでおっかなびっくりにその馬を見ていた。団蔵は馬の顔へと手をやりなでながら笑顔でわかばに言った。
「”ともだち”」
ゆっくりと団蔵が口を動かす。この馬は学園の中でも特に人が好きな穏やかな性格だ。わかばは馬にどう接すればいいか迷っていたが、団蔵がするように、恐る恐る馬の鼻の方へそっと手をやった。大きく暖かいその感触にわかばははっとした。馬はわかばの方へと顔を寄せる。
「!」
突然迫った馬の顔にわかばは驚いて後ずさった。慣れない馬にたじたじのわかばを見て団蔵は笑う。
「はは、大丈夫だよ。こいついい奴なんだ」
団蔵はそう言っておもむろに馬の背中に掛かった鞍に足をかけて跨った。馬は小さく鳴き、前足を軽くうごかす。慣れた様子で馬にまたがった彼を見て、わかばは感心して団蔵を見上げた。団蔵は自分の前に手をやりトントンと叩いた。
「”のれよ”」
わかばは団蔵の言いたいことがわかった…がいままで馬に乗ったことがないわかばは戸惑った。どうしようと見ていると、団蔵が手を伸ばす。
「ほら、俺がひっぱるから」
「…」
ゆっくりとわかばは団蔵に手を伸ばす。彼はその手をひっぱった。わかばは団蔵がしたように鞍に足をかけて彼に引っ張られるままに馬に跨る。
わかばは団蔵の前に座り、団蔵が後ろから馬綱を握っている形だ。わかばのすぐ後ろで団蔵が肩越しに顔をのぞいて笑顔になる。
「よし、まずは歩くか」
団蔵が軽く足で馬の背中を叩くと馬はゆっくり歩み始める。初めて乗る馬の背中の感覚。後ろで団蔵が支えてくれている。わかばは普段とは違う視線が新鮮だった。
団蔵は以前このあたりで見かけた広い野原まで馬を進めた。馬は団蔵の思うがままに歩いている。わかばはなぜ彼がこんなに馬の扱いが優れているのかはわからなかった。そんな不思議そうな視線を向けると、得意げに彼は言った。
「”上手だろ?”」
わかばは団蔵の言いたいことがわかり、頷いた。しばらく進んでいると目的の野原が見えてきた。芝生の中で、馬が立ち止まる。わかばは団蔵を見た。すると、彼もわかばを見ていた。視線が合って、団蔵はなにかを言った。そして団蔵が手綱を引くと、それが合図だった馬が軽快に走り出す。それはどんどん速度を上げて──ただなにもない草原の中をかけていく。草の臭い、暖かな風。わかばは必死に馬に捕まっていたが、うっすらとつむっていた瞼を開く。ただっぴろい野原、青い空に高い入道雲。わかばは目を開いてその景色にみとれていた。後ろにいる団蔵が声をあげる。
「きっもちいー!」
その声が、わかばの耳に届いた。びゅう、と風が吹き抜ける。
「なあ、最高だろわかば」
その声に、わかばは団蔵の方へと振り向く。舌を噛まないように必死なわかばとは違い、団蔵は余裕そうだった。団蔵は振り向いたわかばの方を見てにこりと笑った。わかばはすべて自分のために団蔵がここに連れてきたことを知った。人に気持ちを伝えることもできなかった孤独なわかばにとってはじめて歩み寄ってくれた団蔵の気持ちに、胸が苦しくなった。わかばの頬に涙が伝う。その涙は駆けていく馬の風と共に散っていった。
「ふう。走った走った」
団蔵は馬を止めてわかばに言った。しばらく思いっきり走った団蔵と馬はすっきり気分が爽快だ。わかばは団蔵の声が聞こえることに今更ながら驚いていた。呆然としているわかばの背中に不安になった団蔵は身体を寄せて覗きこむ。
「あれ?もしかして怖かったかな」
その言葉はわかばを気遣ったものだった。わかばは微かな声でささやく。
「・・・う」
「大丈夫か?」
震えるわかばの声に、団蔵は反応する。
「だんぞう・・・」
はっきりと聞こえたその声に、まさか、と団蔵は目を見開く。そして馬から降りて感激した様子でわかばをみた。
「わかば、俺の声が聞こえるのか!?」
「うん・・・」
団蔵は嬉しさにわかばに向かって両手を伸ばした。その胸にめがけてわかばは馬から飛び降りる。団蔵はわかばを受け止めふたりはそのまま芝生に転がっていく。不思議そうに馬が見ていた。
「すごいじゃん、よかったな!」
「・・・」
わかばは元から話をするのは苦手らしい。わかばはもじもじとその場に座り込み団蔵を上目使いで見た。
「だんぞう、ありがとう」
「俺は馬とわかばと一緒に遊んでただけだよ。じゃあさ、寺にかえってあのお坊さんに伝えようぜ!」
わかばはうなずく。二人は再び馬に乗り寺へと戻った。着いた瞬間、鐘の音が繰り返しなっている。二人は寺内へ入り鐘の方へ向かった。すると見送った坊主が鐘をついていたらしく、無事に帰ってきた二人を見て安心したようだった。
「団蔵くん、わかばおかえりなさい。わかば、友達と遊んで楽しかったかい?」
「・・・」
わかばは反応しない。団蔵は首をかしげた。坊主の言葉が聞き取れなかったのだろうか。
「あれ?なんでだ?」
「どうかしたのですか?団蔵くん」
確かにわかばと自分は会話をしたはずだ。わかばが坊主と話すのにためらっているのだろうか。その後も坊主はわかばにいくつか話しかけたがすべてわかばの耳には届かなかったようだ。団蔵も戸惑ったが、わかばはもっと戸惑っていた。なぜなら、団蔵の声だけが聞こえて、坊主の声はまったく聞こえないのだ。怖くなってわかばは団蔵の後ろへと隠れた。
「おい、俺の声は聞こえる?」
わかばはこくりとうなずく。その反応は確かに声が聞こえているものだとわかる。坊主は考える。
「どうやら、団蔵くんの声は聞こえて、それ以外の音は聞こえないみたいだね」
「ええ?そんなことってあるんですか?」
「・・・実際に起こってるじゃないか」
団蔵はわかばを見る。申し訳なさそうなわかばの気まずい顔を見て、団蔵はこれではいけないと今起こっている事実を受け入れることにした。
「そっか・・・俺の声しか聞こえないのかあ」
わかばは団蔵の小袖をきゅっと握った。わかばの不安そうな瞳をみて、団蔵は励ます。
「いや、でも、俺の声は聞こえるようになったんだ。そのうち聞こえるようになるさ!落ち込むなよわかば」
団蔵の前向きな明るさに、わかばは励まされ頷く。一切音が聞こえなくなって話せなくなった”あの日”。それは世間そのものを拒絶したわかばの気持ちから起きていた。あれから自分の気持ちを誰一人として伝えることもできず、伝える勇気もなく、数日前、生きていることが苦痛になりついに身投げをしようとしたのだ。しかしそこで出会った団蔵は、聞こえない自分と一所懸命話をしようとしてくれた。しぬなと言ってくれた。それだけでわかばは救われたのだ。そうして彼が自分の心を解放してくれたおかげか、団蔵の声だけがわかばの耳に届くようになったのだ。
「”だんぞう”」
「ん?なんだ?もしかしてお腹でも減ったのか?まぁ、俺もなんだけどね」
団蔵は間の抜けた声を出して脱力する。わかばはくすりと笑って団蔵に言った。
「”すき”」
「え・・・?」
団蔵はその唇を読んでどきりとする。わかばが自分を「好き」と言ったようにみえたのだ。思わず狼狽えた団蔵はばっとわかばの側を離れた。何かの勘違いではないか、自分が意識してしまってそう思っているのではないか。団蔵が顔を真っ赤にして黙っていると、わかばは微笑んで手を振って去ってしまった。団蔵は固まったまま、坊主と並んでいた。
「おやおや」
その様子を見ていた坊主が、嬉しそうに微笑んだ。どうやら彼にはわかばの為に定期的に会いに来てもらわねばならぬようだと思った。その横で団蔵は、わかばの笑顔を思い出して、さらに胸を高鳴らせていたのだった。
声がとどくまで ー完ー
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