物語が始まるまで1
能勢久作は本日は図書室の当番だった。無事図書委員としての役目を終え、辺りはすでに夕方になっていた。掃除をして、本の整理をしていた久作は一冊の本を見つける。表紙には何もかかれておらず、なんの本かもわからなかった。こんな本など、久作は見たことがなかった。顧問の松千代万が新しく仕入れた本だろうかと、何気なく久作は頁をめくった。
「これは・・・物語?」
久作が文字に目を通すとそれは何かの物語が描かれていた。丁寧な文字でかかれたその物語に、久作は自然と本をめくる手をのばしてしまう。
図書室を閉めるのを忘れて机の上で読んでもう一度頁をめくった。しかし、その物語は途中で止まっている。久作は首をかしげた。
「あれ?途中?」
これはどこの本だろう?と改めて久作が思っていると足音が聞こえた。そして静かに図書室をちらりと覗く小さな少女。その姿はくのいち教室の制服姿だった。
「あの、失礼します」
「もう今日の貸し出しは終わった。また明日にしてくれ」
久作は年下らしきくのたまに威圧的にそう伝えた。規律や決まりごとに人一倍厳しい久作は、心なし強く伝えてしまう。しかしくのたまの少女は、違うんです、と言い、久作の持っている本を指差した。
「それ、私の本です」
「え?これか?」
「はい。ここで考えてたら考え過ぎて本を忘れちゃったんです」
久作は少女の前までやって来て本を渡す。その本の物語が気になった久作は、何気なく聞いてみた。
「この本、どこで手に入れたんだ?」
「これですか?な、なんでそんなこと・・・」
くのたまは顔を赤くして何故か焦っていた。大事そうに本を抱えてもじもじしている。久作はその本の物語が気になっていることを伝えた。
「その物語の続きが気になったんだよ。途中できれてるんだ」
「見たんですね?」
湯気が出そうなほど顔を赤くしたくのたま。久作に背を向けて本片手に頭を抱えていた。久作が不思議そうに見ているとくのたまは深呼吸して久作に向き直る。
「これ、私が書いてる物語なんです。図書室は静かだから集中して書けるんですが、夢中になりすぎて本を持ち帰るのを忘れちゃいました」
照れ笑をむけるくのたま。久作はこの少女の言葉に驚いた。彼女は自分より年下だというのに経験豊かな大人のような深みのある物語や表現を使っていた。てっきり久作はどこか学術にたけた流行りの作家の作品だろうと思ったほどだ。
「ほんとに君が?あの物語を?」
「拙いのでとても人に読まれるものではなかったのですが・・・お恥ずかしいです」
「すごいじゃないか!俺、その物語の続きが読みたい」
久作の言葉に少女は驚く。彼女ははじめて自分の物語を人に読まれたこともあり、さらにそれを気になるといってもらえるなど思ってなかったからだ。しかも相手は自分よりも先輩の二年生だった。くのたまはぶんぶんと首を降る。
「見せられるものじゃないんです!本当に趣味なので」
「えぇ?すごい才能だと思うけどな。君、本を書くのが好きなのか?」
「はい・・・好きです」
たじろぎぎこちなく答えるくのたま。久作は本を指差し何気なく質問する。
「うまくなりたいって思うか?」
「もちろんです・・・」
その言葉を聞いて久作は腰に手を当て、いかにも先輩のようにくのたまに教えた。
「じゃあ、人に読んでもらうことは悪いことじゃないと思うぞ。さっきも言ったけど俺、その話の続きが気になるんだ。これは提案なんだけど、客観的な意見で物語がうまくなると思わないか?俺が君の物語を読んで感想を言う。それに俺は話の続きが見れる・・・いいことだと思わない?」
その提案にくのたまは少し考えた。物語を書いていることはくのいち教室でも秘密にしていることだった。これは自分だけの密かな趣味にするつもりだったが、偶然にも図書委員の、しかも先輩の忍たまに知られてしまった。顔もばっちりみられてしまったからにはもう学園の秘密にすることはできない。幸い彼も物語を作っている自分の事を軽蔑する様子もないようだし・・・勇気を出してくのたまは彼の提案に頷いた。
「はい・・・そういう事なら、すごく恥ずかしいんですけど、でも頑張れる気がします」
「決まりだな。俺は二年い組の能勢久作だ」
「し、知ってます・・・」
くのたまは頬をほんのり染めて久作をみた。久作の方は彼女を知らなかったため、その言葉に首をかしげた。
「そうなのか?」
「はい。私はたまにここに来るので。本はあまり借りないのですけど、書くために。だから能勢先輩のことはお見かけしてました。私はくのたま新入生のわかばといいます」
丁寧に自己紹介をしてぺこりと頭をさげるわかば。所作のひとつひとつが丁寧で、能勢はその仕草に一瞬みとれてしまった。すぐにかるく首を振ってわかばをみた。
「わかばか。俺は毎週この間隔でいるから、物語が進んだら声をかけろよ。あ、言わないってのはダメだぞ」
「はい。能勢先輩、よろしくお願いします」
そうしてわかばは物語の内容を良くするべく、そして久作はわかばの物語を読むために、互いに共通の目的をもつことになった。久作の方は新入生のくのたまという知り合いができてなんとなく心が浮わつくようななんとも言えない気持ちを感じていた。こんなことは絶対に同級生には言えない。きっとバカにされてしまうだろう。しかしそんなことを抜きにしても彼女の紡ぐ物語は不思議と惹かれるものがあったのだ。
それからしばらく経ち、いつもの図書委員の当番を終えた夕方。当番の終わりにはかならず掃除をすることが決められている図書委員。久作もその規律のとおりに、丁寧に掃除をしていた時の事。とんとんと軽いあしどりでやって来た桃色の忍び衣装に、久作は目をやった。今ごろの女の子にしてはまだ小さな身体のくのたま。わかばだった。
「能勢先輩」
「わかばか。本を書きにきたのか?」
「いえ。物語の続きが書けたので読んでいただきたくて・・・」
「そうか。じゃあそこに置いてていいぞ」
「い、いえ・・・待ってます」
わかばは直接久作に本を手渡したいようだった。しかし能勢は本棚の整理の途中。わかばを席に座らせて久作は早急に掃除を終わらせた。それでも文句を言わず黙って久作の姿をみていたわかば。これが同級生のくのたまなら文句のひとつやふたつ、出ていただろう。わかばが優しいのか、自分が先輩だから気をつかっているのか。久作にはわからなかった。
「はい。これ・・・」
掃除を終えた久作はわかばと長机を挟み向かい合う。そしてあの時見た本を渡されて久作は頷いた。
「あの・・・ちょっと長いかもしれません」
「わかった。じっくり読みたいから・・・そうだな、明日のこの時間以降なら図書室には人がいないことが多い。感想は明日でいいか?」
「はい」
本を渡したわかばはそのまま久作に頭をさげて図書室を去った。自分が掃除を終わるまでじっと待っていたというのに渡すとすぐに出ていってしまった。すこしがっかりする。それがどうということはないのだが・・・久作は受け取った本を何気なくめくった。軽くさわりだけでも読んでみようと思ったのだ。しかし、久作の考え通りにはいかなかった。ひとつ読むとその続きが気になってしまう。読みたい、と思うまま視線を動かして・・・気づけば夕飯時間を過ぎてしまっていた。慌てて久作は本を抱え食堂へと向かった。
食堂ではおばちゃんが久作が来るのを待っていた。一人生徒が来ないことに気づいたおばちゃんが待っていてくれたのだ。
「どうしたの?勉強してたのかしら」
遅くやって来た久作に心配した食堂のおばちゃんが尋ねる。久作は少し恥ずかしげに答えた。
「本を読んでたら夢中になっちゃって・・・遅くなってしまいました」
「あら、久作くんも同じこというのね」
「え?」
久作は食事を受け取り席に座る。おばちゃんのいった同じこととはなんのことだろうととっさに久作は聞き返した。
「昨日まではくのたま一年生の女の子がよく遅れて来てたのよ。本で遅くなってたって言ってたからね、同じだなと思ったの」
「そ、そうですか・・・」
くのたま一年で本のことで遅くなる人物を久作は知っていた。きっとわかばのことだろうと思った。彼女も一度集中すると没頭してしまうのだろう。久作は食事をしながらはやく本が読みたいと思っていた。彼がじっくり本が読める時間になったのは食事を終え、宿題をして風呂に入った後の事だ。同室が寝入った頃も久作は本を読んでいた。読み進めるごとにその物語に引き込まれていく。あの小さくおとなしい少女が、こんなにも深い話を書けることに久作は内心とても驚いていた。物語を読み進めると彼女の一面も知っていくという、不思議な気持ちになっていくのだ。筆が止まっているところまで読み終えた久作は、彼女に感想の他に物語の気になる点を指摘をしなければならない。しかし、その必要がないくらいその物語は完璧だった。純粋に続きが読みたい─そんな気持ちを久作は持ち、その晩床についたのだった。
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