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翌日の一日を終えた図書室。その日の受け付け当番だったのは一年は組のきり丸。久作は何気なく図書室に入ると、きょとんとした顔できり丸は久作を見た。

「あれ?能勢先輩・・・今日は当番じゃないっすよね?」
「あぁ、ちょっとな。きにするな」
「・・・なにしてんですか?」

きり丸は掃除をする手を止めて久作を見ている。そんなふうに見られては久作も居づらい。久作は片手でうっとおしそうに払うしぐさをする。

「気にするなって言ってるだろ?」
「えぇ?よけい気になるんですが」
「気にするなって!はやく掃除を終わらせろ!」

軽くキレてしまった久作にきり丸は渋々手を進める。「いるなら手伝ってくれてもいいのに」と小さく呟いたきり丸の声は久作の耳にも届いていたが、無視してわかばの書いた本を再び開いて読んでいた。きり丸の掃除も終わり、彼が図書室を出ていこうとしたとき、わかばがすっと図書室に入ってくる。とっさにきり丸がわかばに言う。

「あ、今日はもう終わりだぜ。本を借りるならまた明日・・・」
「きり丸、この子は俺に用があるんだ。ここのことはいいから、さっさと行ってくれ」
「え?久作先輩が?くのいち教室の子に?」

意外そうに久作を見ているきり丸。それが久作の癪に障りきり丸に睨みをきかせる。

「おい、俺がくのいち教室の子と関わってちゃ、悪いか・・・?」
「いいい、いや!そんなことはないですけどぉ。んじゃあとは頼みます。ごゆっくり!」

言い捨てて逃げるように去っていたきり丸。その様子をみてわかばは申し訳なさそうにきり丸の背中をみていた。

「邪魔だったのかな・・・」
「あいつのことはいいんだ。それより、中に入れよ」

久作に言われてわかばは図書室の中に入る。昨日のように向かい合い、久作は本を返した。わかばは緊張した様子で久作を見て言う。

「あの、どうでしたか?」
「面白かった。あそこで主人公の男がああなるとは・・・。新しい女性の人物も出てきたりして。続きが気になる」
「よかった・・・でも能勢さんに読んでもらうって考えたら気合いが入ったんです。筆もどんどん進んで・・・」
「本当にすごい。年下の女の子が書いたと思わないと思う。もっと自信を持てばいいのに。他の人が読んでもきっと面白いって言うぞ」

本心で久作はわかばに伝えた。率直に誉められたわかばは赤面して身を縮こまってしまう。

「そんな・・・でも実は続きを困らせているんです」
「そうなの?わかばほどいろんな事を書ける人でも続きに困ることってあるんだな?」

わかばは久作から視線をはずし、言いにくそうにしている。久作はその様子に気づき、なんだよ、と聞いた。
彼女は迷っていたが、久作と目を合わすと決心したように言い放つ。

「実はその男の主人公、新しく出て来た女性と・・・恋に落ちるんです」
「え?そうなのか?」

話の続きをしった久作はその展開に驚く。

「はい。でも・・・私恋ってよくわからないんです。恋愛なんてしたことないし・・・お話としては進められるかもしれないけど、きっとその部分だけ薄くなっちゃうんです。だから書き進めることに迷っています」
「じゃあ、その恋って部分がわからないかぎり、この話の続きは読めないのか?」

久作の言葉にわかばは黙ってうなずく。きっと彼女はそれを自分に聞きたいのだろうと思った。しかし久作も恋愛などはからっきしわからない。知っているとすれば既婚者である大人・・・。

「山田先生とか安藤先生あたりに聞いてみたらどうだ?」
「無理です無理です!私が本を書いていることも、内容も説明しなくちゃいけないじゃないですか!能勢先輩に見られるだけでも恥ずかしいのに・・・死んでしまいます!」

想像したのか真っ赤にして顔を覆うわかば。この様子では先生に聞くなんてことは難しそうだ。しかしこのままではわかばの手も止まってしまう。久作は考えた。そしてひとつの案が浮かんだ。

「忍たまの誰かと、君とがデートしてみるってのはどうだ?」
「ででで、デート!?」
「ああ。わかば自身が恋すればいいんだろ?好みの忍たまとかいないのか?」

わかばは好みの忍たまと言われて、息をつまらせる。そして恐る恐る、久作を上目使いで見た。

「の、のせ先輩です・・・」

わかばの呟いた一言に久作は身を固まらせた。わかばの小さな唇から自分の名前が呼ばれて、心臓が跳び跳ねる。

「え・・・俺!?」
「だ、だって先輩、私の話を読んでも馬鹿にしませんでしたし・・・こうして会ってくれますし」
「本当に?本気か?」

焦って舌足らずになってしまう久作。それでもわかばは頷いた。まさか自分の名前が呼ばれると思わなかった久作は胸を押さえて落ち着こうとした。自分が好みと言うのならば、逆に話は早いのだ。久作はわかばの話の続きが読みたい気持ちが強かった。久作はある提案をする。

「そ、そうか・・・俺か・・・。よし、じゃあ、ちょうど明日は学園は休みだ」
「はい」
「明日、俺と出掛けよう。も、もちろんわかばが話の続きが書けるようにってことでだ!」

久作の提案にわかばは考える。もっと知りたいと思っていた久作と共に居られて、さらに物語の取材にもなる。たしかにいい提案だと思ったが、わかばは迷っていた。それは恋愛を知ることについてだ。もし久作の事を本当に好いてしまったらどうなるのだろうか。今のような関係を、そしらぬ顔してこの物語を書き続けることができるのだろうか。実はわかばにはこの物語について久作にも伝えていない一つのきっかけがあったのだった。


「って、やっぱり嫌だよなぁ?他の奴に頼むか・・・」
「嫌・・・じゃないです。むしろ、その・・・お願いします」

ぺこりとわかばは頭をさげる。久作もぎこちなく頭を軽く会釈した。すべては物語の続きを作るため、読むためだとお互いが自分に言い聞かせていた。

そうして久作とわかばは明日の約束をして図書室を出た。長屋に戻る途中、同級生の池田三郎次とすれ違う。彼は陽気に見かけた久作に話しかけた。

「よう久作。明日の休み、一緒に町にでも行かないか・・・っておい」

三郎次の声かけにも立ち止まらず久作は黙々と通りすぎようとして三郎次は睨む。

「無視かよ!」
「あ、あぁ、三郎次か・・・明日は用事があるから行けない。じゃ・・・」

我ここにあらずといった様子で立ち去っていた久作。いつもの様子と違うと戸惑った三郎次はそれ以上声をかけなかった。

「なんだあいつ・・・?」


──翌日、昼過ぎになって能勢は校門の外に出る。するとわかばがすでに校門の外で待っていた。彼女は小袖姿で髪を下で結っている。いつもと違うわかばの姿に久作は妙に胸がどきどきした。待っていたわかばはやってきた久作に笑顔を向ける。

「こんにちは。能勢先輩」
「あっ、あぁ。悪い。待たせたな」
「いいえ。私も先程来たばかりですし」

久作はできるだけいつものように振る舞おうと思い、わかばの隣に立った。目的地は近くの賑わう町だ。二人は並んで他愛もない会話をしながら道を歩いていく。道中も話すわかばは物知りだった。道端に咲いた花、飛ぶ蝶、雲の形・・・それぞれに名前や意味があるのを知る。彼女はそれをひけらかすように言うのではなく、まるで言の葉をばら蒔くように、歌を歌うように紡ぐのだった。久作はそんな少女に自然と目を奪われた。

そうして話していくと町につく。今日は彼女の行きたいところに付き合うつもりだ。能勢がどこか行きたいところはないかと聞くと、彼女は市場に行きたいといった。二人は広い通りへと行き市場に向かう。いろんな出店が至る所で開かれて賑わっていた。そこのひとつに、本が積まれている出店を見つけた。

「能勢さん、市場には本も出てるのですね」
「あぁ、たまに委員会でも松千代先生が買いに行かれることがある」
「あの・・・見てもいいでしょうか?」

わかばがうかがうように久作を見上げる。久作は今日はとことん彼女に付き合うつもりだ。

「いいよ」

そういうと嬉しそうに本を選び始めるわかば。彼女は本を書くだけでなく読むのも相当好きらしい。でも考えてみれば当然のことなのかもしれない。あれだけの語彙を自由に操る彼女だ。沢山本を読んでいるに違いない。

「どんな本が好きなんだ?」
「あ、はい。・・・私は実は恋愛ものが好きなのです」
「じゃあ、恋の話も書けるんじゃないか?」

能勢の疑問にわかばは視線をはずす。

「私は・・・憧れなんです。恋をしたことがないから、憧れて・・・物語を読んでもどきどきはするけど、でも全部他人事なんです。私自身が誰かにあんな風に思ったりしたこはなくて」
「そりゃ、俺たちはまだお子さまだからな」
「でも、女の子の憧れなんです!だから私も書いてみたかったんです」
「ふうん・・・そんなもんか」

能勢は今まで恋愛物語を何度か読んだこともあったが、ときめいたり、憧れたりすることはなかった。それは自分が男で・・・そもそもまだ子どもだからなのかもしれない。彼女と自分とでは感受性も違うようだった。楽しそうに本を選ぶわかばの横顔を見て、ぼんやりと考える。

「あー!久作!」

ふと、後ろから声が聞こえた。それは聞きなれた声だった。嫌な予感がして振り返ると私服姿の三郎次、左近、四郎兵衛が揃って町に来ていた。げっと思わず久作は声を漏らす。様子が変わった久作を見てわかばは本をひとつ持ったままかがんでいた体制を直した。

「なんだよ久作も町に来てたのか」
「一緒に来ればよかったのに」

左近と四郎兵衛が言う。特に三郎次は口を尖らせて久作を睨んだ。

「お前、昨日用事があるっていってたのに!」
「嘘じゃないって!」

彼らがよってきて久作はあせる。隣に女子がいることを知ったら彼らはどんな反応をするだろう。自分をからかうに違いない。

「能勢先輩?」
「”能勢先輩〜!?”」

聞きなれない言葉に三人は隣にいた女の子を見る。彼らには知らない女子だ。ついに見られてしまったと久作は顔を覆った。その様子をみてわかばははっとする。

「お前、女子と町に出てたのか!?」
「いや、この子はくのいち教室の子で・・・」

事情を説明しようとすると冷やかしが入る。

「へえ〜。久作に女の子の知り合いいたんだ〜」
「なんだよ、お前そーゆーやつだったの?」

四郎兵衛以外はなぜか不服そうにこちらを見ている。慌てて久作は手を振った。

「違うって!これは仕方なくなんだよ!俺だって女子と町なんか・・・!」

恥ずかしさも合間って思ってもないことを言ってしまう。その様子をみて、わかばは久作と他三人を見比べて、視線を下げた。そして、本を置いて彼女は何も言わず走り去ってしまう。それを彼らは見ていた。

「あっ・・・行っちゃった」
「ふん、ほっとけよ。久作、くのいち教室の女子なんて信用できないだろ?」

三郎次は腕を組んでそう言い捨てる。しかし隣にいた四郎兵衛は心配そうにわかばの去った方を見ていた。

「でも・・・悲しそうな顔してた」

その言葉に胸がざわつく久作。彼女が選んでいた本を見る。彼の心は揺れていた。ここで何事もなかったのように彼らと共に過ごすが、わかばを追いかけるか。

久作はわかばの顔を思い出す。彼女は自分に心を開いてくれていた。そして自分も彼女の作り出す話が好きだった。わかばの作る物語が読みたいだけではない、彼女の考えることや、興味のあることがあの物語には詰まっていた。久作は物語を通してわかばを無視できない存在になっていったのだ。本当は、久作は彼女のことがもっと知りたかった。

久作は彼女が手にしていたその本を手に取り、素早く屋台の店主に金を払った。そして黙って三人に向き直った。

「ごめん!」
「あっ!久作!」

黙っていたかと思うと突然わかばの走った方へと追いかけていく久作。その姿を驚いたように見送る三人。しかし四郎兵衛は手を振っていた。いなくなった久作に三人は彼の心中がわからないと言った風に顔を見合わせていた。

「女子を追いかけるなんて…どうしたんだあいつ」
「さあ」




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