飯夜叉物語1
利吉は常々、女性というものがわからなかった。彼女たちは美しいものが好きだ。艶やかな着物を好み、宝石に身を飾り、大きな屋敷での生活を夢見ている、女性というものはそう思っていた。・・・母以外は。
利吉にとって母は甘えられる、愛すべき者であり、同時に畏怖する者でもあった。父と口論から喧嘩へと発展するときは次から次へと不満が出て止まらないものだったが、母を前にすると自然と口は閉ざされ、物も言えなくなってしまう。そして母の無茶なお願いにも「わかりました」と答えてしまうのだ。そんな相手は母以外、無二もないと思っていたのだが。
利吉は目の前で広い台所に大きな釜で大量の白米を炊く女性を前にしてたたずんでいる。米の炊くあの香りが彼女の店じゅうにただよっている。彼女の隣には大量の飯びつ。さらに反対にはうめぼし・干し鰹、菜の塩漬けがこれまた山ほどある。彼女はいまからこの大量の具材をおにぎりにしていくつもりだった。
「おいおい、作りすぎでは?」
「いいのよ。足りない方が問題ですもの」
利吉がこの女性とであったのは一週間前。戦の終わった合戦場で勢力調査をしていた時だった。
戦後の環境というのは正直最悪だ。至るところで死体が散らばり、どこからか子どもや大人が集まり身ぐるみを剥いでいくもの、死人の毛を集めるもの・・・なんとも言いがたい無情な光景ができる。そんな中、威勢のいい声が聞こえた。利吉がその声のする方を振り向く。それは一人だけの声ではなかった。無惨な静かな光景が広がるはずの戦後の合戦上には、賑やかな声がしていたのだ。利吉が振り向いた先にはひとつの小さな陣ができていた。
(戦は終わったはずだが・・・)
利吉は静かにその陣に寄り、囲われていた陣幕の隙間から中を覗きみた。そこには生き残った兵士が治療を受けていた。怪我の軽度のもの重度のもの、様々だ。中には戦が終わった後にやってきた孤児らしき子どももいる。その中で見知った顔をみて利吉は瞬きした。それは忍術学園六年は組の善法寺伊作の姿だった。
利吉は黙ってその陣のなかに入っていく。特に入場に規制はないらしい。利吉は治療作業が一段落したらしい伊作の前にやってきた。伊作も、見知った人物に声をかける。
「利吉さん!この戦にいらっしゃったのですね」
「あぁ。仕事でね。伊作くんはどうしてここに?」
彼は制服姿のままだった。手で包帯をまとめながら気まずそうに伊作は事の次第を話した。
「実は実習の帰りだったんですが、この戦後の合戦場を通ったら傷ついた人が沢山いたんです。僕が一人で介抱していたら・・・あそこにいる・・・」
伊作は指を指す。利吉がその指の先をみると、そこには湯気がったっており、人だかりができている。死臭であまりわからなかったが、飯の香りがした。
「あそこにいるわかばさんが、声をかけてきてここを手伝ってほしいと頼まれたのです」
「わかばさん・・・とは?」
「彼女は寺の孤児の子供たちや、戦後傷を負った兵士に炊き出しをされているんです。治療員は数人いますが、炊き出しはいつも一人でされているみたいで・・・すごいお方です」
「ふうん・・・」
利吉は興味でその湯気のたつ人だかりへと寄る。そこには女性が地面にすわり大きな飯びつを広げている。みると彼女はその場で大量のむすびを握っている。どんどん出される手にすばやい動きで丁寧ににぎられたむすびを渡していく。その結びには塩で浸したらしい菜がちょこんとのっていた。
「そこ、人のむすびを横取りしない!みんなの分はあるんだから、待ってなさい!」
とつぜん怒声が響く。利吉もその声に思わず一歩後ずさる。それは炊き出しを行っている女性から出た声だった。体の小さなわりに出た大きな声に、利吉は呆気にとられる。すると、殺気だったその女性とかちりと目があってしまった。
「そこのお兄さん!ちょっとこのむすびあそこの兵士さん達に配ってくれない?手が回らないの!」
目が合うと彼女はこれまたおおきなおひつをどこからか持ってきて利吉に有無を言わさず押し付けた。中にはぎっしりむすびが詰まっている。戸惑う利吉。自分は手伝う気はないと言い返そうとして口を開けるとさっきよりも殺気だった眼差しで利吉はにらまれる。
「お兄さん、見物でここまで来たの・・・?」
「!!」
その眼差しは死線をなんども掻い潜った敏腕忍者である利吉でさえも背筋が凍るほどだった。言葉を発する前に利吉は体が動く。その様子を伊作は見て苦笑いしていた。それをきっかけに利吉はわかばと言う女性にこき使われてしまう。元は両軍の勢力調査に来たと言うのに、なぜこんなことをしているのか利吉は内心自分に問うていた。ひとつ仕事を済ます前に次の仕事が与えられる。言われるがまま行ってようやく静まったと思ったときには辺りはすでに夕暮れ前。その頃には大量の飯びつもすべて空っぽになっていた。その様子をみてわかばは笑顔になる。
「ふう、ここにいるみんなには配ったわね。これで今日は無事に越えられるといいんですけど」
わかばはその頃にはすっかり殺気も収まっていてなぜか上機嫌だ。数名の治療員と伊作にも彼女は礼をのべながら頭を下げていた。利吉もおもわぬ出来事にへとへとだ。忍の仕事よりも疲れている。わかばは空っぽのおひつを片付けながらへとへとになっている利吉をみて笑顔になる。伊作はわかばの方をみていった。
「わかばさんを見ていると、知り合いの食堂のおばちゃんを思い出しました」
「あら、なんででしょう?」
「その方も昔は戦場で炊き出しをされていたと聞いていたので」
「もしかして・・・”おのこしはゆるしまへんでー!”っていうお方だったり・・・」
その言葉に伊作と利吉は驚いた。その言葉は伊作の通う忍術学園の食堂のおばちゃんそのものだったからだ。そうです、と伊作が答えるとやっぱり、とわかばは微笑んだ。
「あなた忍術学園の生徒さんですね?私、昔・・・小さい頃おばちゃんのお手伝いをしていたんです。私の家は戦で焼けちゃって・・・そこでおばちゃんにお世話になってお手伝いしてました」
「そうだったのか・・・どーりで気迫が似ているわけだよ」
利吉が地面にあぐらをかいて呟く。一日中動きっぱなしで髪の毛が乱れている利吉。そんなへとへとの利吉にわかばは荷物からひとつの竹皮に包まれたものを渡す。
「はい。よく頑張りました」
「これは?」
利吉は何の気なしにその竹皮を開くと漬け菜がちりばめられた大きなむすびが入っていた。
「よけておいたの。あなたの分」
「私の?・・・なぜ?」
利吉はまさか自分の飯まで作られているとは思わずわかばをみた。彼女は笑顔になって答える。
「私がいるのにお腹を空かせている人がいるのは、嫌なんです。手伝ってくれてありがとう。あなたの名前は?」
「・・・利吉です」
その笑顔にみとれて、利吉はぼんやりと答える。その笑顔は実家にいる母の笑顔と重なった。そして同時に彼女には逆らえないと利吉の中の勘のようなものが悟ったのだった。彼女は荷物をまとめて立ち上がる。背中にはおおきな飯びつを抱えている。あたりは夜が来ようとしていた。
「じゃあ、私帰らないと・・・」
「あ・・・」
利吉は手に持ったむすびの入ったつつみを元に戻し、立ち上がった。夜も間近だというのに彼女一人で戦場後をあるかせるなど非常に危険だ。一人で戦場に行き炊き出しをする彼女ほどの人格の優れた功労者が襲われてはならないと利吉は自然と口が動いた。
「私が護衛します」
「護衛って、大袈裟ね。ただお家に帰るだけよ」
「ですから、その帰路を、お送りします」
どうしても護衛するといって聞かない利吉。伊作がわかばに言った。
「僕からもお願いします。万が一ということもありますし、貴女がいないと困る人は沢山いらっしゃいます。利吉さんの腕は確かですから、共に行動した方がいいでしょう」
「うーん、伊作くんがいうなら・・・お願いしちゃおうかしら」
なぜ伊作が言ったら従うのか利吉はなぜか不服だったがなんにせよ、何がなんでも彼女は守らなければいけないと利吉は謎の使命感を感じていた。
利吉はわかばと戦場を離れ、無事に彼女のすむ町へと送った。送っている道中、利吉は話ながら彼女のことを知る。彼女は利吉よりも二つ上の女性で、普段は一人で自宅兼店で弁当屋をしているらしい。戦場でも言ったように幼い頃家族を亡くし、炊きだし活動をしていた食堂のおばちゃんのお手伝いをしていた。おばちゃんと別れてからは店を出し、弁当屋で生計を立てる傍らおばちゃんの意思に影響された{emj_ip_0798}{emj_ip_0798}は今でも一人で炊きだし活動を行っているのだ。
「利吉くんありがと。仕事だったのに手伝わせてごめんなさい。今度お礼にお弁当サービスするから」
「・・・貴女はまた炊きだしをされるのでしょうか?」
「ええ。できるかぎり続けるつもり。次は・・・そうね、一週間後かしら」
その言葉に利吉は不安になった。戦の後といえどどんな者がいるかわからない。危険な場所には変わりないのだ。彼女をこの世から無くしてはならない。そんな声が自分の中からしていた。驚くことに、利吉は自然と口から言葉が出ていた。
「私も手伝います。一人で戦の中を進むなど危険すぎますから」
「いらないって。次はお寺で炊き出しなの。それにいままでそうやってきたんだし・・・」
「お寺ですか・・・しかし道中は一人でしょう?次はそうはいかないかもしれません」
「私なんかを襲ってもご飯しかあげれないんだから・・・」
「手 伝 い ま す!」
力強く言われた利吉にわかばは仕方なくうなずく。
「もう、あなた他人にしつこいって言われない?女の子に嫌われるわよ」
「余計なお世話です。とにかく、またここに来ますから。僕のこと忘れないでくださいよ」
「はいはい。利吉くんね。ご飯つくって待ってるから」
そうして再び笑顔をみせる。その笑顔が月夜に照らされ、利吉はやはりその笑顔に言葉を失う。ひどくなつかしいような、切ない気持ちになる。
「・・・おやすみなさい」
これ以上彼女のそばにいると帰れなくなると利吉は一言いって踵を返した。利吉が背中を向くと雲に月が隠れて真っ暗になる。そして再び月が雲から顔を出したときには利吉の姿は消えていた。
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