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そうしてその一週間後がやってきて、今こうして彼女は利吉の前で忙しそうに大量の握り飯を作っている。

「利吉くん、見てないでお手伝いしてよ」
「はぁ?私がおにぎりをつくるのか?あなたの仕事でしょう」
「えぇ?じゃあなにしに来たの?」

ぎらり、とあの恐ろしい眼差しが利吉を射抜く。うっと声を詰まらせた利吉。やはり自分はどうしてもわかばには逆らえないと黙って腕をまくった。水場で手をよく洗い、わかばの隣に立つ。

「その梅干しの種をとってくれない?」
「わかりました」

利吉はわかばに言われた通り赤しそと塩で漬けた梅干しの種を優しく取り除いていく。ちらりと彼女のほうを利吉は盗み見る。小さな手で大きなおむすびをふんわりと握り見事な形であっという間に作っていく。その表情も真剣そのものだ。利吉は、彼女にとってこの炊き出しは暇潰しでも、まして助けることで自尊心を保つためでもない、わかばが考え選び、自分自身のために本気で行っていることだと思った。

利吉は世間でみる女性、特に若い女性というものの感覚がわかばを見て変わり始めていた。利吉は自然と今の作業にも気持ちがこもる。

「わかばさん、できました」
「ありがとう。それを練り梅にしてご飯と和えるの。すっごくおいしいわよ」

その言葉を聞いただけで利吉は口のなかがすっぱく感じられる。しかし体力の源は塩分だ。きっとそのために彼女は塩気の多いものを選んでいるのだろう。すりばちに梅を移しすりつぶして練り梅にする。それをほぐした炊いた白米に入れて利吉が混ぜる。

「うんうん、上手ね。合格〜」
「どうも」

均等に混ぜた利吉はそのままわかばに握りを任せる。その間に利吉は白米、菜、と特注でつくったあまりみない三段重ねの米びつを積んでいく。三段目に今作っている梅の握りが積まれるということだ。わかばはすぐに握り飯を握り終えた。その数は60個はあるという。寺に配るには十分な数のようだ。

利吉は三段に積まれた米びつをしっかり縄で固定させてその米びつを木製の背負い子にのせて動かないようにきつく頑丈に縄でしばった。

わかばは少量の味噌が入った桶と大きな鉄鍋を背負って外出の準備を整えた。二人ははたからみれば何をしに行くのかわからないだろう。利吉とわかばはこの町から峠をひとつ越えた寺へ行くために出発する。町を出て街道に出る。さまざまな人と行き交う道中、道の橋で立ち止まり唸っている子ども達を見た。利吉はなんだか気まずい顔をしていた。

「うーーん、しんべヱ、頑張ってよぉ・・・」
「学園までもう少しの辛抱だ!」
「しんべヱ、気合いだ〜!」

彼らは年がまばらの男の子達だった。太った男の子が地面にへばりつき、うなだれている。それを後ろ手押す男の子、前で手を引っ張る男の子・・・どんな状態なのだと首をかしげた。彼らは利吉を見てあっと声をあげた。

「利吉さんではないですか」

そのなかでも一番の年長者らしい、背の高く体の大きな男が利吉に声をかけた。

「あぁ・・・留三郎くん。皆こんなところでなにをしているんだ?まぁ、見れば大体わかるが・・・」
「うぅ・・・僕たちぃ、学園に帰る途中なんですぅ・・・」
「それが、しんべヱのやつ、帰りで腹が減って動けないって言うんです」

彼らは困ったように力なく倒れているしんべヱを見る。彼らはそれぞれかごを背負い、この中に長い竹を何本も入れていた。

「しんべヱ、学園に帰って竹でそうめん流しをするんじゃないの?」
「守一郎、しんべヱは一度腹が減るとこうなってしまうのだ。飯時に帰れるか、怪しいな」

その言葉に彼らは残念そうな顔をする。お腹が減ったと聞いたわかばは聞き過ごせないとしんべヱの前にかがんだ。しんべヱはよだれをたらしながら顔をあげる。

「お米の匂い・・・梅と、干し鰹と・・・菜の匂いだぁ〜」

ふにゃふにゃとした表情でしんべヱはおにぎりの具を全て言い当てる。わかばは利吉の担いでいた背負い子を下ろさせてめしびつを取り出す。蓋をあけると白米のにぎりが三十ほどびっしりと並んでいた。しんべヱはそのにぎり飯をみて目を輝かし体を起こした。いけない、と利吉が思ったときは遅かった。

「いっただきまあーす!!んぐんぐ」

その飯びつを両手で持ち上げたしんべヱはまるで吸い込むように三十個はある練り梅の混ぜた握り飯を一気に食したのだった。みんながあっという間に米びつを空にしてしまったしんべヱ。周りの彼らはとても慌てていた。

「あーっ!!しんべヱ!おまえなんてことを!」
「全部食べちゃだめだろー!」

幸せそうにもぐもぐと顎を動かすしんべヱ。彼はよく噛んでごくりと飲み込んだ。

「美味しかったぁ!!まるで食堂のおばちゃんが作ったみたいなおにぎりだった!」
「すっ!すみません!!俺の後輩が大変なことをしてしまいました!」
「食満せんぱあい・・・」

食満と呼ばれたその男はびしっと頭を深々と下げた。利吉は顔に手をやり呆れて途方にくれた。ちらりと横をみると笑顔のわかばがしんべヱを嬉しそうに見ていた。彼女は屈んでしんべヱに聞く。

「ぼく、美味しかった?」
「はい!とーっても美味しかったです!ありがとうございました」
「そう!よかったわ」

わかばは何事もなかったかのように空になった米びつを元にもどしている。食満は恐る恐るわかばに詫びた。

「これだけの量の飯・・・きっとどこかへ運ぶつもりだったのでしょう?お仕事の妨害をしてしまいました。本当に、すみません。ほら、おまえたちも」
「すみませんでした!」

まとめた米びつを利吉が再び担ぐ。その表情はどこかげっそりしていた。その隣でわかばは手を前に振った。

「いいのよ。お腹減ってる人を私は見過ごせないもの。そこの子が元気になってよかったわ」
「えへへ」

笑っている場合か、と食満はしんべヱの頭を下げさせる。

「利吉さんとそちらの女性のかたはどちらへ?」
「あぁ。ちょっと寺に炊き出しにいくんだ」
「炊きだし?」

食満の腰元からひょっこりと顔を出した小さな身体の顔色の悪い少年が聞いてくる。利吉が事情を説明した。

「彼女はわかばさん。食堂のおばちゃんのお知り合いで、戦場や寺で怪我をした人や身寄りのない人たちに炊きだし活動をおこなっている方だ」

その言葉を聞いて彼らは感心した。炊きだしと聞いてまたよだれをたらしているのはしんべヱだ。

「じゃあ、いまから寺にいかれるんですね」
「ふむ」

食満は利吉とわかばを見比べて腕を組んだ。そして他の後輩たちを見てうなずいた。彼らはきょとんと食満を見返す。

「今日のそうめん流しパーティは中止だ。我々用具委員で、わかばさんの炊きだしを手伝うぞ」
「はあい」

男の子達は素直に彼の言葉に従った。わらわらと彼らは利吉とわかばの周りに群がる。荷物を持とうとしているらしい。ちょっと個性的な子達だが、思いやりのある子供達だとわかばは思った。彼らは口々に自己紹介をして、賑やかに道中を歩き始めるのだった。

寺の近くまで来て利吉はわかばに声をかける。

「しかしどうするのです?握り飯の三分の一はしんべヱが食べてしまったし、足りるのですか?」

利吉は気になっていたことを聞くとわかばは少し考えていた。

「数としては丁度か、ぎりぎり足りないかもしれないの」
「それ、あなたが嫌がる言葉だろう?」
「よくわかったわね」

わかばと利吉が話しているとしんべヱが申し訳なさそうに謝罪した。

「ごめんなさい。僕が食べちゃったから」
「なにいってるの。しんべヱくんが食べてくれて嬉しかったわよ。それはそれでいいのだけど・・・私にちょっと考えがあるの」
「なんですか?考えって」

先頭を歩いていた富松が振り返る。背中に背負った竹の入ったかごがからりと音を起てた。彼女はその竹を目にして指差した。

「その竹、使ってもいいかしら?」
「いいですけど・・・そうめん流しは延期になりましたし」

彼らは道の脇に逸れて竹を取り出した。おおきな竹が何十本もあり、数は問題ないなとわかばは頷いた。
そして彼らにあることをお願いするのだった。そのお願いを聞いた彼らは、その案なら炊き出しもうまくいくだろうと笑顔になった。

彼らは下準備を済ませ目的の寺へとたどり着いた。その寺は古くからあるようであまりきれいな場所とは思えないところだったが、本堂の奥にたたずむ大きな如来像と染み付いた線香の香りが、辺り全体を厳かな雰囲気で纏っていた。寺の広い敷地へとでると、大人数の子どもたちが地面に座って賑やかに騒いでいた。わかばは彼らを見て微笑む。

「みんなお待たせしました」
「わかばさん、遅いよ〜」
「おなか減った!」

その声を聞いて彼女は申し訳なさそうにする。米びつを広げながら後ろで用具委員の彼らも手早く準備をしていた。利吉は彼らの用意した木の枝を組んでできた枠に火を起こしその上に持参してきた鍋を置いた。

「ちょっとできるまで時間がかかるのよ。そこのお兄さんがみんなと遊んでくれるって。ちょっと待っててくれない?」

そこのお兄さん、とは利吉のことだ。突然指名され寺に集まった沢山の子供達はあどけない瞳を一斉に利吉に向ける。利吉は戸惑い、面倒な役を任されたことに心の中で舌打ちしたがやはりわかばには逆らえずにしかたなく彼らに構うことにした。

「おにーさんだれー?」
「わかばさんのカレシ?」
「きゃぁ、彼氏だってー!」

子供達は利吉の事を好き勝手に言い始める。なぜかその中に用具委員のしんべヱや平太も混ざっていて利吉の神経をさらに逆撫でした。利吉はこそこそと話始めるしんべヱと平太へと寄る。怒っている利吉の気配を察した彼らは小走りで逃げていき、それに釣られて周りの子供たちも散らばっていった。

「鬼ごっこだー!」
「こらっ、鬼ごっこじゃない・・・あぁ、もう、なんで私が子守りなんてしなくちゃいけないんだ」

子ども達に翻弄される利吉を微笑んで横目で見ながらわかばは調理を進めていく。隣で食満、浜、富松が竹を寺から借りた小型の鉈で半分に割り、さらに竹の節ごとに割分けている。わかばは大きな鍋に多目の井戸水を沸かし、持参した味噌を溶いた。その中に菜の握り飯と干し鰹の握り飯をどんどんいれていく。彼女が作っているのは雑炊。それもいろんな具が入ったちゃんぽん鍋ならぬちゃんぽん雑炊だ。

「利吉さん怒りすぎだよう」
「ぼく・・・怖かった」

しばらくして、しっかりと叱られた様子の平太としんべヱが戻ってくる。それも周りにたくさんの子どもを引き連れていた。彼はすっかり子ども達の人気者になっていた。

「りっきー手裏剣おしえてー」
「びゆーって投げてー」
「はいはい。その前にご飯にしよう。みんなを呼んできなさい」

利吉の言葉に子供達は素直に聞き入れ、他の者達を呼びに行った。その様子をわかばは面白そうに見ていた。

「ふふっ、お兄さんできるじゃないですか」
「好きでやってるんじゃない。貴女が変なことをいうから・・・まったく・・・」

どこか恥ずかしそうに咳払いをしてごまかす利吉。わかばの作っている湯気が起つちゃんぽん雑炊をみる。菜の豊かな香りと干し鰹の出汁がうまく出ているようだ。米を汁の中にいれると米が膨らみ量が増える。しかし普段彼女は雑炊は作らないらしい。不足の事態のために鍋は常に持っていくらしいがもっぱら握り飯なのは器も必要なく片手で食せるからだといっていた。確かに、戦の最中でも食事はせねばならず、携帯食料以外では握り飯は手軽で素早く食べれる。そんなことまで考えている彼女がなぜ今回は雑炊にしたのか。それは用具委員が持ってきた竹をみたからだ。

「はい。ざっとこれぐらいできました」

富松が見せたのはかご山盛りに敷き詰められた竹の器。これぐらいあれば十分だとわかばは機嫌をよくした。

「みんなを呼んできました〜」

しんべヱと平太が子ども達を呼んで戻ってくる・・・と思いきや住職達も皆呼んできて利吉はずっこけた。

「おいおい・・・これは炊き出しなのに・・・いいのかい」

寺にいる人間がほぼ集まってしまった炊き出しに心配になった利吉だが、わかばは笑顔のままだ。そしてぐっと親指をたてて利吉に言った。

「私が量を見誤るわけないでしょう?利吉くん、私がどんどん注ぐから皆さんに配ってくれる?」
「皆に配る方向ですか。わかりましたよ・・・」

やはりというか、利吉は彼女と会ったばかりだが、わかばと言う人物が段々わかってきた。わかばはおなかを空かせている人を放っておけないのだ。皆が満腹になるためならその場にある食材だけでも料理してしまうだろう。子ども達に雑炊が渡る度にわかばは嬉しそうにしている。用具委員も手伝い、寺の住職にも雑炊が渡る。

「じゃあみなさん両手を合わせて・・・」

わかばが両手を会わせて言うと子供達は元気よく答える。

「いただきまーす!」

一気に賑やかになる寺内。用具委員も雑炊を手に取り和気あいあいと食事をしていた。わかばはその様子を鍋を少量の水で洗いながら幸せそうに見ている。利吉は黙ってその隣へ行き地面に座った。

「お疲れさま」
「ありがとう。利吉くん。今回も手伝ってくれて助かっちゃった」
「いえ、それは別にいいのですが」

利吉はぼんやりと彼女の横顔を見る。ふと、なぜ彼女はこの活動を続けているのか気になった。それを聞こうとして、しかし利吉はためらった。おだやかなわかばの横顔をみると、彼女は自分にできることをただ行いたいだけなのだと理解したからだ。聞くだけ野暮なことだろうと、利吉は口をつぐんだ。

「利吉くんは大変だったでしょう?炊き出し慣れてないもんね」
「私はどちらかと言えば、人を傷つけるほうだから。あなたを見ると頭が下がります」

だからだろうか。忍の仕事は無情な行動が多い。傷つけるとわかっていても、それが役目なのだと割りきっていかねばならない。人に優しくしたくとも、簡単にはそれができなくなってしまった。むしろ人に優しくすることを”甘い”と思うほどになってしまった。仕事中毒と言われてしまっても、仕方かないかもしれない。

「それじゃあストレスたまるわよ。そんなあなたにこれ」

わかばは荷をほどく。その中にちいさな紙の包みが出てきた。それを利吉に渡す。ほのかに甘い香りがした。開くと一口の大きさのまんじゅうがでてきた。

「利吉くん、ふだんイライラしてそうだなと思って甘いもの作ってきたの」
「本当にあなたは人に物を食べさせるのが好きですね」

利吉は思わず笑ってしまう。わかばは利吉の言葉にうなずいた。

「ええ。私は食べさせるのが好きなの。だって、ご飯があれば生きていけるでしょう?世の中には今日食べるご飯もなくて倒れてしまう人がいるから、私はそんな人を一人でも減らしたいの」
「そういうところだな・・・」

利吉は思わず呟く。わかばが誰かを一心に思う気持ちが、利吉の心を動かす。そしてそれこそが利吉が彼女に頭が上がらない理由なのだと思った。



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