三百文の嫁1
「本当に三百文貯まったのね!」
「おう!ここまで来るのに本当に苦労したぜ・・・!」
二人はおりんの店の前で感動でおいおいと涙を流す。おりんの店で泣いている人を見るのは見慣れた光景なのか、通行人はそんな二人を見もしなかった。きり丸が戸をがらりと開くと目の鋭いしわくちゃの老婆がやってきて二人を睨んだ。二人の借金の貸主であるおりんばあだった。
「そこで泣かれちゃ人が寄り付かないだろう!さっさとはいんなよ」
おりんばあはそういって大人しく二人を店の中に入れる。おりんは普段店の中に入るとかならず「入店料」をとるほどがめつい。しかしこうしてすんなり入れるということは二人が何のためにここに来たのかを察しているらしい。あやめが初めて来たときと変わらないおんぼろに二人は入る。
「あ、座敷には入んないよ。おりんばあさん絶対金取るから」
にんまりときり丸は笑う。さすがどケチの師弟関係であるきり丸は彼女の考えることは知り尽くしているらしい。
「失礼な奴だねえ。わたしゃ最近じゃちょっとはまるくなったんじゃよ」
「おりんさんが?ありえない」
おりんはしみじみという。
「死んだら金はいらないからね。まあ、あたしなら死んでも金は持っていくつもりだけど」
「おりんさんらしいや」
きり丸が笑っている。そしておもむろに懐からごろりと両手程の大きさの包みを取り出した。そのなかには最後の返却金が入っている。その包みをきり丸はそっとおりんに渡した。
「おお。持って来たね。どれどれ」
おりんは棚から帳面を取り出した。そこには二人ががいままで返してきた金の詳細が事細かに記録されていた。おりんはその続きに今回受け取った金額をいれ、そろばんをとりだし計算を始めた。そしてなんども金額を確認して、ひとつ頷いた。
「よーし、きっちり確認したよ!はい、これが受領書だ」
その帳面に挟まっていた紙をぴらりときり丸に渡す。それを開くとおりんが判子を押した受領が認められたことを書かれた紙だった。すでに用意していたという事は二人が必ず返しに来ることを見越していたらしい。二人はその受領書を見て喜び合った。
「やった!これでアルバイト生活からおさらばだね!」
「それに貯金もできる・・・って、ちょっとまてよ?」
あやめが喜ぶときり丸はぴたりと止まった。確かにこれからは返済する必要はなくなったが、あやめとの生活はどうなるのだろうときり丸は思った。ふっと黙ってあやめをみつめるきり丸。その嬉しそうな顔を見て、彼はなぜが心に霧が陰った気持ちになった。
しかし考える余地もなくおりんは二人を追い出してしまう。返済した今、お客でもなくなった二人を店に置いときたくはないらしい。
「ほらほら、さっさと出ていきな。また借りに来なよ!次はしっかり利子はとるからね」
外に出された二人はきょとんと外で顔を見合わす。きり丸はぎこちなく言った。
「えーっと、ぶらついて帰るか」
「うん」
二人はそのまま町の通りへと歩く。あやめときり丸は他愛のない普段通りのやりとりをしながら通りを歩いていた。ふっとその通りで見かけた「花園屋」という小間物屋にあやめは興味を示した。そこには女性なら興味を引くような美しい小物製品が並んでいた。その暖簾をみてきり丸の顔は少し違和感を感じた。
「ねえ、私小間物屋に行ったことないの。かるうく見ていってもいい?」
「買わねえよ」
「はいはい。ひやかしってやつよ」
そのきり丸は違和感を感じつつも二人で店頭に並んだ小間物をぼんやりと眺める。あやめは美しい装飾品を見て感動していた。着飾ることなど今まで考えたこともないあやめにとって、その商品は手に取ってみたいほど魅力的だったが、反面嫌そうな顔をしているのはきり丸だ。彼は贅沢が大嫌いなのでこういったものをあやめが欲しいといわないか気にしていた。
「おにいさんおにいさん。ちょっとこっちに来てくださいな。カノジョにとてもいいものがありますよ」
暖簾から出てきた女性はとびきりの美人な女性。彼女はきり丸を見つけると店の奥へと手招きした。しかし買う気など毛頭ないきり丸はその言葉ににらみをきかせ、舌をだして右手で払うようなしぐさをして見ていた。その態度に美女は面白くなさそうに奥へと戻った。
「おい、カエデ。あの客に寄ってかないのか?」
花園屋の中に戻った女は店内で待機していた男にそう聞かれる。カエデと呼ばれた美女は肩をすくめた。どうやら邪険にされたらしいと察した男は驚いた。老若男女問わずその美しさは街で誰も振り返らない者はいないと言われるカエデを邪険に扱う男がいるとは・・・。そう思った男はその客を見てみようとちらりと暖簾から覗く。そこにはまっすぐな長い髪と切れ長の瞳を持つ長身の男と、どこにでもいそうな年ごろの若い娘が並んでいた。一見恋人にも見えたが、男の耳に届いた二人のやりとりから、兄妹にも見えた。
「野郎の方は財布の紐が固いようだが女はいい商品になりそうだ」
「でもあのいけすかない男がずっとそばにいるからねぇ。あたしに興味もないみたいだし」
つんとカエデはそっぽ向いて口を尖らせた。男に振り向かれなかったのが癪に障ったらしい。しかし追い払うという事は二人は金にはあまり縁がないに違いないと思った。男はある手が浮かんだ。実際のところ、二人がケチなのは金に縁がないというよりも性分であり、景気関係なく万年ケチであるのだが男はそんなことはしらない。
男は自然なそぶりで店内から出てきて二人に歩み寄る。男が声をかけたのはあやめのほうだった。
「お嬢さん、どうかなうちの商品は」
「あっ、すみません。私こういうのはじめてで・・・少し見ていただけなんです」
見ていただけ、つまりひやかしだがそんなことは男にはどうでもよかった。年ごろの女性がここに興味を持つことが花園屋の目的なのだから。
「いいんですよ。うちは若い人に人気のある店ですから。毎日忙しくて手が足りないくらいなんですよ」
「ふぅん」
きり丸が黙って男の話を聞いている。きり丸の視線はそのまま店内へと向いた。
「もしお嬢さんみたいなかわいい娘が来てくれたら助かるんですけどね。どうだい?給金もはずむよ」
「え?私?」
突然の勧誘に驚くあやめ。かわいい娘と言われてまんざらな気持ちでもない。こんなきれいなものに囲まれたお店で仕事する自分を想像していまい思わず浮かれてしまった。その言葉を聞いてきり丸がさっと前に出てあやめを後ろに遠ざけた。
「おっさん、こいつはやめた方がいいよ。見た目は悪くないけど中身はとんでもなくじゃじゃ馬だから。扱うのは大変だぜ」
「きり丸?」
じゃじゃ馬と言われてかちんときたあやめがきり丸を見上げてにらむ。しかしきり丸はやめなかった。
「機嫌が悪いと客にも噛みつくかもしんないし、こいつに接客は無理だから」
「か、噛みつく?」
「きりまるー!」
きり丸の物言いにあやめはついに怒ってしまう。その噛みつくような勢いに男はたじろいだ。その隙にきり丸は走って店から離れていく。それを逃がすまいとあやめも駆けていった。残された男はぽかんとしていた。
「へんな奴らだった・・・」
二人は町を回り終えていつもの長屋に帰ってくる。今日からまっさらな状態で生活が始まる。いつもならすぐに返済のためのアルバイトをするのが日課だったが今日はそのバイトもなかった。部屋へと戻りあやめは息をつく。きり丸はだるそうに棚から今日の深夜に仕事をするための準備をしていた。その仕事とは忍者の仕事だ。彼の本職は忍びだったと、あやめははたと思う。いつもならアルバイトを共にしていたのできり丸が忍者であることをここ最近はあまり意識したことがなかった。
同時にあやめは自分には手に職がないことを自覚した。そもそも、借金を返すための居場所が必要だったことからきり丸とは同居していたがこうしてお金を返してしまえば自分がここにいるのは単純にきり丸にお世話になっているという事になる。金にうるさいきり丸は真っ先にそのことについて聞きそうだと思ったがなぜか彼は聞かずにいつものように過ごしている。
「ねえ、きり丸」
「ん?」
きり丸はくないを並べて手入れの準備をしていた。顔をあげてあやめを見る。
「私、いつまでここにいていいの?」
あやめの率直な問いにきり丸はあっけらかんと答えた。
「お前の好きにしろよ」
きり丸らしからぬ言葉にあやめは戸惑った。絶対に「家賃は半分払え」「飯代は自分で稼げ」「はやく自立しろ」などと言ってくるだろうと思っていただけに、彼の「好きにしていい」という寛容ともいえる言葉に驚いた。あやめが固まっているときり丸はその理由を話す。
「お前は正真正銘自由の身なんだから。それになんだかんだ一緒に暮らしてきたしな。あやめが自立したいなら俺は手伝うし、おれと・・・いや、ここにいたいなら別にいてもいい」
きり丸はふと視線を落とした。
「でも、ここにいてもお前が面倒なだけだろ?俺は知っての通りこんな性格だからさ、お前はきっとここを出ていくんだろうなって思うよ」
きり丸の言葉にあやめは考える。きり丸と共に生活するのは嫌ではない。彼はドケチで一言多いがとても優しい人だ。しかし彼のいう通り、この関係のまま共に過ごすのは難しい。少しずつ、自分の居場所を作っていかねばならないだろう。
一方、きり丸は自分の本心がわからなくなっていた。彼は昔、土井のところにいた頃を思い出す。自分が土井の住む長屋を出ていくとき、相手はどんな気持ちだったのだろうと思った。実のところ、きり丸はあやめが自分のもとに離れていくことがなぜか嫌だったのだ。しかし、それを彼女にいってしまうと・・・何もかもが変わってしまう気がした。きり丸はどう答えたらいいか、自分でもわからなかったのだ。
「私は、きり丸のこと嫌いじゃないけど」
「バカ。そこはだな・・・あ〜ダメだ。俺、ちょっと頭冷やしてくる」
自分のことを嫌いじゃないといってくれるあやめにきり丸は甘えそうになってしまうと首を振り、忍具を風呂敷にまとめてそのまま外へと出ていってしまった。
一人残されたあやめはぼんやりと考える。とりあえず、このままきり丸におんぶにだっこの生活ではいけない。この長屋にいる間は自分も稼がないといけないのは必然であるはずだ。
「お仕事かぁ」
ふと、町で寄った「花園屋」を思い出す。きらびやかな商品に美しい女性。あの店の男は自分を雇いたいと言っていた。そして給金も弾むと。きり丸に邪魔をされてしまったが、もう一度そこへいけば雇ってもらえるかもしれない。美しい店への憧れもあったあやめは、ほんの興味本位で、その男の話を聞いてみようと立ち上がる。
そのまま戸締まりして辺りを見渡す。きり丸はいないようだ。こっそりとあやめは町の方へと小走りで向かうのだった。
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