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夕暮れと闇がせまっている間、小梅と竹谷は帰路をたどる。竹谷の腕にはとらきちはおとなしくしていた。竹谷は人知れずほっとした気持ちでいた。それはずっと猫を盗んでいた犯人が小梅でなかったことについてだ。しかし彼女の様子を見ればそんなことをするような性格でないことはすぐにわかった。今日一日彼女と共に過ごして竹谷はそのときめきが強くなっていったのだ。そして、今この別れる瞬間がとても物悲しい。
「あの、別れるまで一緒に帰りませんか・・・なんて」
「はい。でも竹谷さんも忍術を学んでるなんて驚きました」
そういって微笑む小梅。その何気ない微笑みですら竹谷は目が離せない。彼女とこのまま別れてしまっては今後会うことは難しいだろう。その気持ちを小梅に伝えるべきか、ずっと考えていった。
「実は、君がお城の猫を盗んだんじゃないかって疑ってたんだ」
「あぁ・・・普通はそう思いますから」
小梅は町についた時のことを思い出す。いま思えば、あのとき竹谷が飼っている猫を探しているといったのは事態を隠すための嘘だったのだ。あのとき小梅は竹谷を武士の息子かなにかと予想していたのだが。
「小梅さんをみてると迷っちゃって。小梅さんと一緒にいた時間が楽しかったんですよね」
「わたしも楽しかったなあ。今日は一人で買い物するつもりだったけど・・・デートってこんな感じなのかしら?」
「ぅぇっ・・・で、でーと!?」
小梅の何気なく放った言葉におもわずうわずる竹谷。だれがみても顔を赤くしている。しかし小梅はそんな竹谷の顔をみずに歩き続ける。彼女も今日一日を振り返りながら竹谷との別れが少し惜しいと感じていた。同じ忍術を学ぶ男の子。どこのものかはわからないが、彼の優しい一面や表情は影に生きると言われている忍者には似合わぬような明るさだった。
「いや、仕事のわりにはかなり楽しかったけど・・・ああああ、あのっ・・・」
「はい」
竹谷が立ち止まる。小梅も立ち止まった。竹谷は決心して息を飲んだ。小梅は真剣な彼の瞳を見上げた。
「お互い忍者同士だから、会いにくいとは思うんだけど、このままもう会えないのは・・・その、嫌だなーってさ・・・だから」
「はい」
「俺、またあの町にいきます」
それはまた小梅に会いたいという意味だった。お互いの素性を理解した手前、堂々と会いたいと言えない竹谷は、彼女の反応が怖くていない気持ちもあったのだがそう伝えて小梅を見つめた。
「うん。私も・・・また買い物にいきますから」
「よかった」
小梅もそう返すと彼はだれがみても嬉しいとわかるような笑みを浮かべ、そのまま歩き始めた。小梅もそんな竹谷をみて微笑み、竹谷についていく。
しかし、二人の分かれ道はなかなかこない。ずっと同じ道をたどっている。忍術学園までもうすこしというところで、二人はまた足を止めた。
「あの、竹谷さんの帰りはここの道?」
「うん。小梅さんも?」
おや?っという雰囲気をお互いに感じた。しかしその疑問を口にせずに二人歩いてもう日も沈んだ夜。
ついに二人は忍術学園の前で止まった。顔を見合わせて黙っている小梅と竹谷。
「・・・え?」
なぜ同じ門の前で止まっているのか、結論がでるまで間があった。そして同時に驚く。
「ええっ!小梅さんはもしかしてくのいち教室の・・・?」
「竹谷さんも忍術学園の・・・」
二人は同じ忍術学園のくのたまと忍たまとしり、予想外の事実に慌てる。そんな声をどこからともなく聞いてやってきたのは事務の小松田だった。彼はその声の主を察しているらしくがたりと門の入り口を開ける。
「やあおかえり小梅ちゃんと竹谷くん。竹谷くんは任務終わったの?」
「あぁ、やっぱりそうなんですね」
二人は小松田の反応にようやく納得したようだった。その門の入り口の前で小松田の後ろからひょっこりとやってきたのは五年い組の久々知兵助だった。
「その声は八左ヱ門か?おかえり」
小梅と竹谷は忍術学園に入る。久々知はもう一人見知った顔に笑顔を向けた。
「小梅さんも一緒なのか。ふたりともおかえり。竹谷は任務終わったの?」
平気な顔して竹谷に聞いてくる久々知に竹谷は知ってたのか!?っとぐいと久々知に迫った。その反応にいまいち理解できない久々知はなんのことだと聞き返す。
「小梅さんのことだよ!兵助は知り合いだったのかよ」
「小梅さん?お前だって名前は知ってなかった?」
確かに竹谷は以前から「小梅」という名は学園では何度か聞いたことがあったが、今日あった少女がまさかその小梅と同一人物だとまでは頭が回らなかった。あぁそうだったのか、といまようやく合点がいったのだ。小梅は見知った仲である久々知のもとへと寄って今日あったことを話す。
「久々知先輩、わたし竹谷さんと殿様の猫を探しだしたんですよ」
「へぇ。お手柄じゃないか。さすが小梅さんだね」
「あっ、兵助!」
竹谷はなぜか仲睦ましげにやりとりをはじめた久々知に焦ってしまう。しかしはたと考えて、そしてある一言にひっかかりを感じる。
「先輩?」
繰り返して久々知に聞くと久々知がきょとんとしている。そんなこともしらなかったのかというような表情だ。
「だって小梅さんは13歳の現役くのたまだよ?」
「後輩・・・だったのか・・・」
なぞの破壊力にうなだれる竹谷に小梅はそうだ、と改めて竹谷に向き直る。そしてぺこりとお辞儀した。
そんな姿にも竹谷は胸をときめかせてしまう。
「改めまして。くのたま教室4年目の小梅です。竹谷先輩、数々のご無礼大変失礼しました」
「あ・・・いや・・・やめてくれよ」「どうしたんだよ八左ヱ門?なんか様子変だぞ?」
本来なら竹谷は同じ忍術学園の先輩であるがいままで普通の男女の意識をしていたのに今後輩と先輩の関係になってしまったことに違和感を感じた。自分にとって小梅は特別で、それがいま普通の、ここにいる久々知と変わらない先輩と後輩になってしまったのだ。
「そうだな。わかった。これからよろしくな。小梅」
しかし彼は竹谷はいつもの5年ろ組である自分にもどる。そして小梅に手をさしのべた。それが彼にとっての平等を示すふれあいだった。小梅と竹谷は握手した姿をみて久々知は竹谷の肩をぽんと叩く。
「八左ヱ門、早めに学園長先生にご報告した方がいいぞ。じゃっ。小梅さんもまたね」
彼は手に帳簿を持っていた。おそらくこれから委員会の会議でもあるのだろう。二人きりになって竹谷はこほんと気を取り直すように咳払いをする。竹谷はいつものように小梅を呼んだ。
「小梅さん」
「はい?」
「二人の時はいつものようにしてくれ。確かに学園では俺のが先輩なんだけど、えぇっと・・・俺楽しかったから。今日の事。だから、お願い」
小梅は驚く。竹谷は自分を先輩だけとして接してほしくないと思っていた。そして彼女にあくまで同じ関係でいたいといってきたのだった。小梅も今日の一日を思い出す。確かにお互い気兼ねなく町を歩いた一時は彼女にとっても楽しいものだった。
「えっと、わかりました。今後は先輩として・・・友人としてお願いします!では私も戻りますね」
再び頭を軽く下げる小梅。そのまま別れを告げて小梅はゆっくりとくのたま長屋へ戻っていった。その背中姿が遠退くのを最後まで見送り、竹谷はぐっとため息をついた。
「ともだちかー!!」
その落胆した叫びは誰の耳にも届くことはなかった。
──後日、竹谷は大川学園長に猫を保護したと伝え、とらきちを庵に連れてみせた。頼んだその日に猫が帰ってくるとは思わなかったらしい大川は大層喜び、竹谷を評価した。
「やはり、生き物を探すなら生物委員じゃのう」
「いえ!ですから生き物の管理と生育が生物委員で探すのが主ではありませんってば」
そうして任務を終えた竹谷はいつものように生物委員の様子をみに生物小屋へ向かう。そこには水色の制服が集まって賑わっていた。その集まりは一年生だ。その中に桃色の制服がある。竹谷はみんなのもとへより挨拶した。
「やあみんな。仕事してるか?」
「竹谷先輩!いま小梅先輩に生物の事についてお伝えしてたんです」
そういって振り返るのは生物委員後輩の上ノ島一平と佐竹虎若、孫次郎の三人。彼らの胸には鶏のこども、ひよこがいた。そして桃色の制服の方をみると竹谷の胸が高鳴る。それは昨日行動を共にした小梅の姿だった。彼女も鶏を前にしてかがんで動物たちをみている。
「小梅!」「はい!あのくのいち教室の小梅さんが来てくださったんですよ!」
虎若が嬉しそうにしている。一年生の中でも小梅は噂になっているようで、あの小梅先輩が生物小屋に来てくださった!と盛り上がっているようだった。一方小梅は立ち上がって竹谷に事情を話す。
「昨日竹谷先輩に猫のことをたくさん教えてもらったときに、やっぱり忍者は生き物のことに詳しくなきゃだめだなって思ったんです」
「さすが勉強家の小梅先輩ですね」
一平が感心しているようにうなずく。竹谷もその言葉をきいて嬉しくなった。ならば自分も彼女のために協力しようと思った。
「そのとおりだ。小梅。忍者たるもの生き物のことは知っておいた方がいい!よし、孫次郎忍者の武器にもなるあの子達をつれてきてくれ!」
「はーい・・・」
「忍者の武器になる生き物?気になるなあ」
小梅は忍術にも使える生き物ときいて興味が湧く。生き物を持ってこようと生物小屋に入っていった孫次郎がしばらくしてかごをもってくる。それを小梅の前にみせた。小梅はかがんでそのかごを覗き込む。
「なにこれ?」
「ごきぶりです」
一瞬の間があく。小梅の息がひっと止まって蒼白した。しかし生物委員たちは小梅の様子に気づかず笑顔を向ける。竹谷も同じく笑顔で小梅にゴキブリをみるように勧める。
「このゴキブリを相手に投げつければどんな敵も驚き意気消沈!威力大の生き物だ!小梅さんもこのゴキブリをよく観察して──」
「ご、ごごごごごきぶり近づけないでっ!」
さすがの山育ちの小梅でもゴキブリはやはり気色悪いらしくざざっと生物小屋から離れる。なぜ彼女が引いているのかわからない彼らはじりじりと小梅にゴキブリをみせようと近づいてきた。そんななか一人孫次郎は彼女がドン引きしているのはわかっていたようだが黙って小梅の元にゴキブリを寄せてくる。
「来ないでっ!!」
我慢できなくなった小梅はわっと生物小屋を走り去る。生物のことをしりたいといったものの、いきなり害虫を至近距離でみせられて覚悟していない小梅は思うがままに走り去ってしまった。突然悲鳴をあげて走り去ってしまった小梅に竹谷は理由を理解できず呆然としている。
「毒のない中でもすごい生き物なのに。何が嫌だったんだ?」
竹谷が一年生に聞いてみるが彼らも頭にはてなを浮かべている。一人孫次郎がうっすら笑いを浮かべ呟いた。
「生物委員、嫌われちゃいましたねえ」
「なんだって?そりゃいけないな!生き物のすごさを小梅に教えなきゃ・・・。生物委員長代理として!」
「これはますます嫌われちゃうかも・・・」
孫次郎がいった通り、竹谷は一所懸命小梅のために、虫のすごさを伝えようとする所を見ることが多くなったが、実際にかごをもって寄ってくるので小梅も見るたびに悲鳴をあげて逃げ去ってしまう。気持ちの熱い竹谷の想いとは裏腹に、小梅は生物委員から遠退き彼の恋慕もなかなか伝えることができなくなってしまった。その様子を度々見ていた久々知は友である竹谷八左ヱ門の不器用さをみて人知れずため息をつくのであった。
とらきち騒動 ―完―
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