鐘の音響け、あいつの元に1



町は新緑に囲まれ、初夏独特の湿気の含んだ青っぽい香りがしている。この町一番の旅籠屋、椿亭も同じく、そんな空気の中さくらは番台に立ちやって来る客の受け付けをしていた。今日も部屋はほぼ満室、書き起こした部屋の表をみてさくらは今日も忙しくなると思った。その表の中にある朱色で書き起こしたとある部屋。そこは現在は空室になっているが、とある問題からその部屋だけは案内できない状態になっている。

「・・・きょうで一週間よね。心配だわ」

さくらはぽつりと呟く。その呟きを偶然聞いた椿亭の二代目亭主の間宮。彼は悩ましげに語る。

「そうだね。こちらのお客様二名が一週間前から行方不明になるなんて・・・私も椿亭のお客様が安心して過ごせる宿として、この宿の名が廃れないかはらはらしてるよ」
「役人さんにも伝えたけど、まだ見つかってないんですよね」
「うん・・・」

そのまま黙り混んでしまう二人。落ち込んだ空気を取り消すように間宮がそうだ、とさくらに向き直る。間宮はこの椿亭の見取り図をとりだし、それをさくらに渡した。それをみると丸をしている箇所がいくつかある。そしてそこには「壁ハガレあり」「屋根古し」など走り書きでかかれていた。

「これ、椿亭の見取り図なんだがね、そこに丸をして文字が書いてあるだろう?この宿も立って結構たつから老朽してる箇所も少々あってね。町の大工を呼んで修補してもらいたいんだよ」
「はい。わかりました。私もちょっとこの箇所を確認してきます」

ここは私に任せなさい、と間宮が言うのでそのまま番台を離れてさくらは見取り図の通りに印された場所へと向かう。庭がある近くの部屋まで行き、その外壁をみると、一ヶ所漆喰の箇所が崩れており木組がみえていた。

「あら、これははやく直さなきゃ」

さくらが思わず声を出すと、その部屋にいたらしい男の客人の声がした。

「そこに誰かいるのか?」
「あぁ、すみません。この旅籠屋の女中です。この部屋の壁がすこし崩れていたものですから、見に来たのです」
「なんだって?」

客人は一言そういうと、足音をさせた。そのまま部屋を出てさくらのもとへとやって来た男。さくらよりすこし上の男だろうか。まっすぐな瞳が印象的で、すこし少年らしさを感じた。
男はさくらの前にある崩れた漆喰をみて、本当だ、と呟いた。

「すみません、崩れかけの部屋をご案内してしまって。部屋を変えますので・・・」

さくらが頭を下げると、彼はいいんだよ、と言い返して腕をくんだ。

「別に気にちゃいねぇよ。・・・この部屋直すのかい?」
「はい。すぐに大工を呼びます」
「・・・これぐらいの修補なら俺でもできるよ。けっこう得意なんだよ」

さくらは慌てて首を横に振った。くつろいでもらう場所でお客様に直させるなどしてしまってはいけない。しかし男は引かなかった。

「いーってば。なに、ずっと旅ばっかで飽きてたんだ。ちったぁ人のためになんかしたいんだよ。やらせてくれない?」
「・・・そこまでおっしゃるのでしたら・・・」
「やった。俺は富松作兵衛。ちょっと入り用でこの町まで旅してきたんだ。よろしくな」

笑顔になった富松作兵衛という青年は手をさしのべた。さくらがそれをみてぎこちなく手をだすとがっちりと握手される。その笑顔と接し方に人当たりのいい人だとさくらは察した。

しばらくして彼は小袖と袴を捲し上げて作業モードになっていた。急いで椿亭の用意した修補道具を持って作兵衛は木のこてを手にもち、手際よく漆喰を練り朽ちた箇所へと丁寧に塗り始めた。その慣れた手際のよさにさくらは感心する。

「富松さん、とってもお上手ですね。もしかして大工さんだったんですか?」
「そうだな・・・大工というか・・・仕事で出張修理屋をしてたからかな。まあ他にもあるけど」

あっという間に壁を塗り直してしまった作兵衛。肩を軽く回して伸びをした。満足した表情の作兵衛。腰に手を当ててさくらへと振り返る。

「んで、他にはねぇのかい?」
「あとは・・・こことここと・・・ここなんですが。って富松さん全部直すつもりですか?」
「おう、任せとけって!」

胸を叩いて笑顔で答える作兵衛。その修理場所のかかれた紙をみて、彼はうなずいた。

「これぐらいなら俺にも直せるから。案内してよ。さくらさん」
「えへへ。すみません。でも助かります」

こうしていろんな箇所の壁や屋根、道具や小屋を丸々修理してしまう作兵衛。頼んだのは朝のうちだったが昼過ぎにはすべて直してしまった。普通の大工よりもよっぽど腕のいい作兵衛の器用さにさくらは改めて彼が何者なのだろうと思った。

「富松さん、旅にこられたっていってましたけど。なにか見にこられたのですか?」

すべての修理を終えて、廊下でさくらのいれたお茶を飲み、一息いれているなかさくらの何気ない質問に富松はすこし考えた。

「あー・・・見に来たって言うか。実は人を探してるんだ」

すこし悩ましげに富松は答えて空をみた。雲ひとつない淡い青空だった。

「人探しで旅に出ているのですね。もしかして・・・忍者だったりして!」

さくらの冗談で放った言葉に作兵衛は戸惑ったようにさくらをみた。そんな作兵衛にも気づかずさくらは続ける。

「人探しもお城で狙われてるお尋ね者だったり!なーんて、本の読みすぎですよね」
「なななな、なんで知ってるんだ!?」

お茶を置いて作兵衛はさくらに詰め寄る。その眼差しはさくらの言葉を冗談に受け取っていない様子なのはさくらにもわかった。もしかして、と彼女は思う。

「本当に、忍者なんですか?」
「あ、ああ」
「探している人もお尋ね者なんですか?」
「まあ・・・あ、いやこれはちょっと訳ありで・・・君に話すわけには」

他人であり一般人であるさくらに事情を話すのはためらわれた作兵衛。しかし彼はひとつの情報を手にいれていたこともあり、椿亭に泊まっている。詳しい情報もほしいところである作兵衛には事情を話せる者がほしいという気持ちもあった。

「あの、わたし椿亭忍者相談員もやってるんです」
「忍者相談員?なんだよそれ」
「相談は無料、秘密厳守の忍者のための相談員なんです」

作兵衛はこの椿亭が忍者宿と呼ばれていることは知っていたがまさか相談員までいるとは知らなかった。自分の思った以上に椿亭は忍者に順応しているのだと思った。

「うーん、じゃあ話しちゃおうかな。俺がここに来たのは仲間を探すためなんだ」
「あら、狙われてたお尋ね者じゃないんですね」
「いや、そうなんだ。その仲間はある任務を境にいなくなったんだ。というのも忍者組織は秘密漏洩を防ぐために脱退ができない。連絡がつかなくなった忍者は忍者組織に狙われることになるんだ」

その忍者組織の上司に作兵衛は「行方不明の忍者を処分しろ」という任務を受けた。恐らくその仲間は任務を捨ててどこかに逃げ込んでいる、というのが作兵衛の忍者組織の見解だが、作兵衛はそうは思わなかった。

「俺、たぶんあいつらは忍者組織を抜け出していないと思うんだ」
「でも帰ってこないんですよね?」
「そう・・・帰ってこないんだ。なぜならあいつらは、あいつらは極度の方向音痴だから!!」

方向音痴、というと作兵衛はがっくりうなだれる。

「あいつらには学園にいたころから何度も何度もいなくなって!俺が責任もってみなくちゃって思っているうちに同じ城に就職しちゃってて!!いつのまにかこんなことになっちまった!」
「学園・・・っていうと忍術学園でしょうか?」

さくらの言葉にはたと作兵衛は顔をあげた。椿亭の女中から忍術学園という言葉がきけるとは思っていなかったのだろうか。

「しってるのか?」
「はい。ちょっと色々あって、一度行ったこともあります」
「そうか。俺その学園の卒業生なんだ。あいつらも・・・。この椿亭に来たのはあいつらが任務から帰る道中泊まっていったと聞いたからんだ」

さくらはその話を聞いてすこし思い当たる節、というよりも妙に話が繋がるような気がした。それは椿亭で起こった宿泊者が行方不明になったこと、そして作兵衛の仲間が行方不明になったこと。
さくらは椿亭から消えてしまった宿泊者の名前を思い出す。

「もしかして、その肩は神崎様と次屋様・・・ですか?」

その二人の名前をあげると作兵衛はうなずいた。

「それ!そいつらだ!やっぱりここに来てたんだな!で、今はどこにいるんだ!?俺、あいつらを見つけて城で誤解を解かなきゃいけねえんだ!」
「実は、そのお二人は一週間前からいなくなって行方不明なんです」
「一週間前?ってぇと、あいつらまたどっかにいっちゃったんだ」

大きくため息をつく作兵衛をみてさくらは慌てて彼を励まそうとした。

「きっと無事ですよ!お役人様にも捜索をお願いしてるんです。見つかると思いますから・・・」

さくらが自分を励まそうとしている気遣いを感じて作兵衛は落ち込む自分の気持ちを振りきる。ぎこちない笑みを浮かべてさくらをみた。

「ありがとな。さくらさん、優しいんだな」



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