答え探し1



あれから一日が経ち、夕暮れ時、わかばは職場である桜屋敷の井戸の近くで食器を洗っていた。屋敷の者は食事を終え、夜の会合や見回りなどを始める時間だ。わかばは最後の器を洗って食器の入った籠を持ち上げる。早く今福塾に帰って食事の準備と宿題をしなければ。そんなことを考えていた。

厨房に戻り、わかばは食器を棚に片していく。回りの下女たちは作業を終えたようでこの場にはいない。おのおの自分の時間を過ごしているのだろうと思う。早く自分も帰りたい。早急に作業を終わらせてわかばが一歩歩いた時だった。戸の前に人影を感じてわかばは驚き立ち止まった。

「きゃっ」
「おいおい、私を見て驚くことはないだろう。わかば」

その声にわかばは聞き覚えがあった。桜屋敷の代官の側近である安倍川である。わかばは安倍川が大の苦手であった。どこか狡猾でいつも誰かの悪口を言っている。頭の良さと剣の腕はいいと聞くが、人柄に難がある姿がわかばは嫌だった。だが安倍川が苦手なのはそれだけではない。

「わかば、どうだ、私と散歩でもしないか」
「嫌です。私、これから勉強しなければなりませんので」
「あぁ、塾に通っているのだったな。お前、あんなちんけな塾にいかずとも、私が手取り足取り世を教えてやるといっておるだろう」
「結構です!」

こんな風に、安倍川は度々わかばに言い寄ってくるのであった。安倍川は遊び相手を探しているのだと誰が見てもわかる姿だった。下女の自分が一番捕まりやすいとでも思ったのだろうか。以前からわかばへの声かけは多かった。

「まてまて、うまい飯も食わせてやる。きっと楽しいぞ」
「結構ですっていってるでしょう!」

わかばは一切安倍川の方を見ずそっぽむいてずんずんと下女の部屋へと戻ろうとした。安倍川はぴたりと足を止めてわかばに一言言った。

「ふん、そんなことを言って、いいと思っているのか。私は出世するぞ?そのうちお前の通っている今福塾など、適当な理由をつけて、潰すことだってできるのだから」

その言葉にわかばは足を止めた。聞き捨てならないと思った。頭の奥が熱くなって考えが回らない。つまり、わかばは怒っていたのだ。

「安部川さま、そんなことをなさったら許しません」
「どうするというのだ。下女ごときのお前が、なにができる」
「・・・なんで私に構うのですか?私が阿呆にみえますか?」

その毒づいた言葉に安倍川は一瞬怯んだ。教養のない娘だと思っていただけに、意味の含んだ物言いに戸惑ったのだ。

「安倍川さま、そんなことをしたらは私はここを辞めます。絶対に恨みます」
「冷静になれ。私の側にいれば勉強もできる、うまい飯は食える、服だって送ってやろう。賢い女なら、答えは決まっているであろう」
「私、アホなので。それに、あなたの事大嫌いなの!!」

ついにわかばは安倍川に面と向かって嫌悪を表した。はっきりと嫌いと言われた安倍川は下女に逆らわれたことに自信の誇りが傷ついたようでそっと刀に手をかけた。わかばは安倍川から醸し出す殺気に戸惑った。一歩、厨房へと後ずさる。この先に逃げ場はなかった。

「私を侮辱したな。気に入られたとわかれば図にのりおって」
「・・・殺すなら、殺しなさいよ。あんたの側になんかいかないから」

安倍川はわかばへと距離を縮める。追い詰められたわかばは抵抗するすべもなく、安倍川が強引に手を掴み、刀の柄で頭を強打されたのだった。その鈍い痛みにわかばは気が飛んでいくのを感じ、一言呻いたあと、視界は閉ざされた。

「彦四郎・・・先生」



そんな事が起きた少し前、彦四郎は久々に着込んだ忍び服に、懐かしさを感じていた。全身真闇に包んだようなその姿は、一見して何者なのかは察しがたい。手際よく頭巾を締めて、彦四郎は深呼吸した。

(また忍び服を着るときが来るなんてな)

二年ぶりだろうか。しかしその感覚は忘れることはなく迷う動作もなく彦四郎は道具を用意した。そして腰に獅子竹城の清之助の形見であった刀を差して緒を結んだ。

今晩、彦四郎は桜屋敷へと忍び込む。庵餅と武士に化けた伝七はすでに屋敷のなかにいるはずだ。彦四郎は先日団子屋で話した筋書きを何度も思い出し想像する。それは伝七の考えた策であった。

虎谷城の配下である桜屋敷が今はなき獅子竹城へ情報を漏らした等という証拠は今のところない。しかし、その噂が本当ならば虎谷城は無視はできない。獅子竹の残党がこちらの情報を持っている可能性もあるからだ。漏洩は桜屋敷の代官頭である庵餅がまっさきに疑われることは間違いないだろう。しかし、ここで彦四郎が現れればどうなるだろうか。彦四郎は獅子竹城の、清之助の側近の忍びである。彦四郎の証言があれば、状況も覆されるというわけだ。
しかし、一方で主犯格が未だ不明という点もある。伝七の調査から十中八九安倍川だろうと思うが、証拠もなければ問い詰めても逃げられてしまう。

『その点は任せておけ。僕がきっちり、証拠をおさえてやろう』

と高々に言い放った伝七の顔を思い出す。彼は優秀な忍びだと思うので、細かなことはすべて伝七に任せることにしたのだった。

「よし、安倍川を取っ捕まえて、庵餅さまの無実を証明しなきゃ」

そうせねばわかばの生活が危険なのだ。彦四郎は桜屋敷の塀へとぴたりと張り付き様子をうかがった。今宵は月がない真っ暗闇だ。彦四郎が軽々と塀を登り誰もいない敷地内へと入っていく。彼は影と一体となり、その姿を消した。



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