答え探し2


伝七は武士の姿で桜屋敷の見回りに立っていた。そろそろ彦四郎が潜入している頃だろう。伝七はずっと安倍川の部屋を監視していた。様子を見て忍び込み、柏派と密接なつながりを持った証拠になる書状を手に入れるためだった。安倍川と柏派の粉呂門司との個人的な密書がみつかれば言い逃れは出来ないだろう。

(しかし変だな。会合は終わったので部屋に戻ると思ったが・・・まだ一度も帰ってきていない)

伝七にとってはこれは好機だった。今のうちに忍び込めば容易に中を探れる。罠かとも思いながら、伝七は安倍川の部屋の障子前に立ち声をかけた。

「安倍川どの」

誰かが出てくれば適当に曲者が入ったと騒ぎ立てればいいだろうと思い声をかけてみるがやはり誰もいない。そっと障子を開けてももぬけの殻であった。

(しめた、今のうちに証拠を回収しよう)

伝七は中に入り棚を開けるとそこには沢山の娘呂門司からの返信の手紙が見つかった。かねてから庵餅の内政には反対であること、桜派と柏派で有志を集め庵餅を斬る作戦などもあるようだ。伝七は十分すぎる証拠を手にしてほくそ笑んだ。

(まさかこちらに忍びがいるとは考えもしなかっただろうな)

全ての書状を束ね、伝七は適当な偽の文を入れる。そのまま何事もなかったかのように伝七はそっと辺りを伺いながら表へでた。難無くうまくいったものの、妙に落ち着かない。なぜ安倍川は部屋に戻っていないのだろう。

(彦四郎が見つかったわけでもなし。気になる。探してみよう)

伝七は見回りに戻り、安倍川を探した。屋敷の部屋にはいないようだった。後は倉庫しかないが、こんな時間に倉庫の確認などするのだろうか?疑問に思いながら伝七は屋敷の裏手にある倉庫にゆっくりと近づいくのだった。


わかばは頭部の鈍い痛みで意識が戻る。冷たい地面の感触がする。身体がうまく動かずに身じろぎして、はたと目が覚めた。顔だけを上げる。目の前には自分を見下す安倍川が見えた。

「これは?」
「気分はどうだ。わかば」

自分を見ると腕と足首を縄で括られてしまっている。安倍川は片手に松明、そして片手に変わらず刀を持ってわかばの前に立っていた。ここは桜屋敷の倉庫のようだ。

「なんのつもり?」
「これでも私に逆らうか?命が惜しければ私のものになれ」

これは安倍川の脅迫だった。わかばは黙って安倍川を睨む。その無言を否定と捉えた安倍川は残念そうに眉を下げた。そして刀の切っ先を向けてわかばめがけて振り下ろされる。斬られる、そう思って瞼を綴るとかきん、と音がした。そして安倍川がどさりと尻餅をつく。

何が起こったのだろう。恐る恐るわかばが目を開けると漆黒の人物が刀を光らせていた。その人物が安倍川の袈裟斬りを力強く払ったのだ。

「お前は誰だ?な、何者だ」

突如現れた謎の人物に安倍川は焦った。黒の人物は静かに太刀を構えて安倍川を見据える。

「彼女に手を出すな」

ただ一言、男の声で低く唸るようにその人物は静かに安倍川に言った。ただならぬ殺気を感じて安倍川は黙ってしまう。

「先生?もしかして先生なの?」

わかばは声を聞いてもしやと話しかける。ふっと一瞬、男の身にまとった殺気が和らいだ。

「安倍川を追ってきてみれば、わかばさん、君がいるなんてな」

彦四郎は安倍川から視線を離さないままそういうとわかばは笑顔になる。

「彦先生」
「まさか、君がこんな所で安倍川に襲われてるとは」
「今福塾の教師?・・・どういうことだ。その姿、忍者か?」

安倍川は目の前の松明に仄かに照らされた漆黒の男をにらんだ。瞳しか見えないその素顔はやはり何者かわからない。彦四郎は刀を構え直した。

「なぜ彼女を狙う。貴方の目的はこの屋敷の代官の座ではないのか」
「なんだ。貴様、私を調べておったのか?」

安倍川がにたりと不適に笑う。そして刀を一振りした。きらりと刀が赤くきらめく。

「そう。全部私のものだ。この屋敷も、柏も、その娘も・・・この町も」

静かに安倍川が言い終えると彼はおもむろに松明を地面に転がした。その火が米藁を伝い、ゆっくりと燃え始めた。彦四郎が刀を安倍川に向けた。火が燃え盛る前に安倍川と決着をつけるつもりだった。なんどか鍔迫り合いを重ねる。安倍川はやはり優秀な剣の使い手でいかなる攻撃も受け流してしまう。あたりに煙が立ち込め視界が悪くなる。その時、運悪く煙を吸ったらしい安倍川の身体が少し傾いた。その瞬間を彦四郎は逃さず男の右脇から左肩にかけて斜めに切り上げると安倍川は悲鳴をあげた。

「っ・・・くそ・・・ここで、死ぬわけにはいかない」
「まて安倍川!」

追いかけようとして彦四郎は足を止めた。わかばを助けなければならない。辺りは燃え盛り始めており、彦四郎は迅速にわかばの側により手足を拘束する縄を切った。わかばは煙を吸って意識が朦朧としているのか力なくうなだれていた。彼女を抱えて彦四郎は勢いよく倉庫を出た。
熱い空気から、一変に初冬の冷たい風が肺に入ってくる。辺りは火事の様子に人が驚き右往左往していた。
そこでふらつくように歩くのは安倍川の姿。

「くせ者だ!忍者を、殺せ!!」

彦四郎は切り込みを浅くしていたのだろう。安倍川は出血していたものの、深手ではなかった。すぐに二人の男がかけより、刀を彦四郎とわかばに向けた。

「所詮ただの教師。忍びかぶれよ。私にとどめをさせないとはな」

応援がやってきて勝機を感じた安倍川が息を荒くして叫ぶ。彦四郎は身構えたがわかばを抱えるために刀を鞘に納めたままだ。近寄ってくる男たちになすすべもない彦四郎は後ずさる。

(わかばさんをおいていくわけにはいかないし、このままだと安倍川に逃げられてしまう)

笠を深く被った大柄の男はふっと彦四郎の隣へいき手をさしのべた。

「その娘を預かろう」
「・・・なんだって?」

彦四郎はその声に聞き覚えがあった。先日伝七と団子屋で話した、桜屋敷代官の庵餅代官だったのだ。彦四郎はそっとわかばの身を庵餅に預ける。どうも様子がおかしいと思った安倍川は笠の男をみた。庵餅はその笠を外すと安倍川の顔色が変わる。

「庵餅殿!なぜ・・・あなたが奴と・・・いや」

安倍川は地面に突っ伏し庵餅を見上げた。情を誘うような悲痛な声を出している。

「庵餅殿、くせ者が私にあらぬ疑いをかけ、このように闇討ちに・・・この者をとらえて事情を聞くべきです。きっと、柏のものでしょう」
「ほう、私が獅子竹に密告し虎谷城を裏切ったという噂もこの男が?」
「おそらくは・・・」
「そうか」

庵餅は懐から数枚の手紙を取り出す。その書に見覚えのある安倍川は真っ青になった。それは伝七が安倍川の部屋から盗み出した密書の数々であった。

「お主の部屋にあったこれも、このものの仕業かな?」
「・・・な、なにを。私はなにも・・・そうだ、これは罠です!!」
「罠?」

安倍川は胸を押さえて苦しそうに答える。

「この柏の者が、私を陥れて桜屋敷を混乱させようとしているのです。倉庫に火を放ったのも・・・」
「私はそんなことはしない」

ぴしゃりと彦四郎は言い放った。そして地面に座ったままの安倍川の前で清之助の刀を抜き、安倍川の目の前にざくりと差し込んだ。その刀には文字が刻まれており、「獅子谷」と書かれてあった。それをみた安倍川は目の前にいる忍者の本当の正体が何者なのか、徐々に浮かんできたようだった。

「貴様・・・獅子谷城の者か?」
「ああ。私は獅子谷城城主、清之助様の側近の忍だった。我が城主は恐ろしく用心深いお方であったゆえに、他国と同盟を結ぶことも一切行わないお方だ。私の証言とお前の密書の数々、これを虎谷城の家臣たち、ないしは城主にしれるとすれば・・・どうなるかな」

庵餅が獅子竹に情報をもらして失墜させる目的が崩れ、自分の企てが庵餅にも知られてしまった。庵餅によってこの事件が知られ、内部を混乱させようなどという人物が代官屋敷にいるとなるとすぐさま自分が処罰されることは目に見えていた。安倍川もそれを察して自分の行うことはただひとつであると再び刀を抜いた。安倍川の衣服は赤色に滲み、髷は乱れていた。

「なら、貴様らを裏切り者として始末するだけだ!おい、お前!!」

もう一人の武士に声をかける安倍川。その武士は黙って顔をあげた。

「私の元に来れば出世させてやろう、私に加勢しろ!!こいつらを切れ!」
「なにをいっているんだ。僕は元々エリートさ。お前と違ってな」

言うやいなやその武士は肩をすくめる。彦四郎はその人物が誰なのかがすぐにわかった。

「伝七、うまくやったな」
「ああ。これぐらいの仕事、忍たまでも余裕だ」

安倍川は顔を蒼白させてうつむいた。そして全ては彼らの策であったことが次第にわかっていった。自分が完全に敗北したのだと理解し脱力する。抵抗する気力を失った安倍川の側に庵餅は立ち、彦四郎にわかばを渡した。

「ふむ。これ以上、騒ぎになる前にあなた方はここから立ち去りなさい。あとは私と安倍川の問題だ」
「わかりました。では我々はここで」

彦四郎は刀を戻し、わかばを背中に背負う。倉庫は他の武士達によって消し止められつつあり、庵餅と安倍川の様子のおかしさに人が集まっていく。そしてその晩、倉庫は鎮火され、同時に安倍川の庵餅代官失脚の計画は屋敷中に知れわたるのであった。


──彦四郎達は纏った衣服を変えて町民に紛れて屋敷を出た。わかばは彦四郎の背中ですやすやと眠っている。辺りは桜屋敷の家事で賑やかだというのに不思議と起きない。桜屋敷から離れて通りを出て川をかける橋を渡る。その間伝七と他愛もない会話をした。

「彦四郎、お前は腕が落ちたのではないか?」
「なんだよいきなり」

隣で伝七がからかうように言う。彦四郎は腕が落ちたと言われてもさほど気にもしない風に返した。

「あんな男なぞ、昔のお前なら一太刀だ」
「僕はもう昔の僕じゃないし」

彦四郎はぽつりと呟いた。確かに伝七の言う通り、過去の自分なら任務のためならすぐに仕留めただろう。しかし彦四郎は過去の自分に戻りたくないと思ったのだ。それにわかばがいる手前、彼女の前で人を斬り殺すなどという行為は避けたかった。自分はずっと教師である自分を頑なに守ろうとしていた。

彦四郎の言葉に伝七は立ち止まった。歩みをやめた伝七に、彦四郎も数歩歩いて伝七の方へと振り返る。伝七の表情は暗闇で見えないが、その顔は浮かないのだろう。声音を落として彦四郎に言った。

「彦四郎、帰ってこい」

彦四郎はその言葉を今まで何度か言われたことがある。それは伝七だけではない。獅子竹の者にもいくつかそんなことを言われた。彦四郎は伝七から視線をはずして空をみた。ちいさな星が、ちらちらとろうそくの灯火のように光っている。

「あの事でお前は引け目を感じる必要なんてない。お前は悪くない。僕はそうおもう」

伝七はおもむろに彦四郎の正面に立った。そして彦四郎を見据えた。その眼差しは暗がりのなかでも彦四郎にははっきりわかった。

「もう、前に進むんだ。僕はずっと、お前を待っている」
「伝七・・・」

今日起きたこの事件は、もとはわかばを守るためであったが、今は無き獅子竹城の誇りのためでもあった。清之助の通した信念を貫くため、彦四郎は再び忍びとして桜屋敷に来た。それは今振り返れば”けじめ”だったのかもしれない。背中に感じるぬくもりをふと感じた彦四郎。一方でわかばに接してきた教師と言う仮面が、はたして本当に仮の自分だったのかと考える。生徒やわかばと接した時間には、確かに自分がいたように思える。どちらを選ぶべきなのか、彦四郎は迷っていた。

「伝七の気持ちは、ちゃんと理解してる。でも、ぼくはこの生活も、大切にしたいんだ」
「じゃあ、ちゃんと話をつけないとな。その、背中で狸寝入りしている娘に」
「え?狸寝入り?」

彦四郎は背中で静かに寝ていると思っていたわかばをちらりとみた。するとわかばの頭が微かに動く。そして見返りをしている彦四郎をみて恥ずかしそうに笑った。

「えへ。ばれてましたか」
「ええ?起きてたのかい?」
「彦四郎、気づかなかったのか?」

気づかなかった・・・と彦四郎は呟いた。わかばは彦四郎の方に手をかけて「降ろしても大丈夫です」と声をかけた。彦四郎は腰をさげてわかばと離れる。向かい合って二人は言葉を選んで黙りあっているようだった。

「じゃあ、ぼくは旅籠がこの近くだから。彦四郎、返事、待ってるからな」
「あっ、伝七・・・!」

逃げるように去ってしまった伝七を追いかけようとしたが、先生、と自分を呼ぶわかばに立ち止まる。わかばはゆっくりと今福塾のある方へと歩み始める。彦四郎も合わせて足を動かす。ぽつりぽつりとわかばは話し始めた。


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