答え探し3




「先生、私を助けてくれてありがとうございました」
「ああ。驚いたよ。まさか安倍川が君に粘着していたなんて」
「うーん、私が物珍しいと思ったんでしょ。でも先生が来てくれてうれしかった」
「僕は、伝七と庵餅さんと協力してたから。元々は、生徒の君を守るために、そうしたんだし」

彦四郎はちらりと隣のわかばをみる。今福塾が近づいて、町家からひょうそくの微かな明かりが目立ってきた。その明かりにわかばの表情もうっすらと見えていた。彼女は少し悲しそうな表情をしていた。

「うん・・・。先生は・・・やっぱり、その、にんじゃ、に本当になりたくないのかなって」
「え?そうだな・・・さっきまではそう思ってた」
「今は違うんですか?」

わかばの問いに彦四郎はぎこちなく答える。まだ自分の気持ちに整理がついていないので、はっきりと答えることができないのだ。

「たぶん。今回の件で過去の自分との折り合いがついたのだと思う。やっぱり僕はあの時、自分に誇りをもっていたんだって気づいたんだ。僕の主のお殿様はどう思っていたのかは、もうわからないけど・・・でも・・・僕はやっぱり、過去を捨てきれないんだろうね」

彦四郎の本心を聞いてわかばは微笑んだ。いつも悲しげに微笑んでいた彦四郎が、今は毅然と自分をみていることがうれしかった。でも、と彦四郎はうつむく。

「教師としての自分も・・・生徒に勉強を教えている自分も、嘘じゃないんだってわかった。君に言われて。忍者としての僕も、教師としての僕も、全部・・・僕なんだって。だから、迷ってる」
「先生。その今後の今福塾についてですが、私、今日の夕方に庵餅様に声をかけられたんです」

急に話を変えたわかばに彦四郎は違和感を感じて顔をあげた。わかばは微笑んだまま、彦四郎に告げた。

「庵餅さまの知り合いで、お武家のお独り身の方がいるらしくて、その、嫁にこないかって」
「・・・え」

彦四郎は一瞬頭が真っ白になった。わかばが家庭を持ちたいといってたことは知っていたというのに、その言葉を聞いて彦四郎の胸はざわついた。

「私みたいな身分、もったいないって言ったの。でも、相手も私を気に入ってくださったみたいで。相手もいいっていってくれるなら、悪くないかなあ・・・って」
「そ、そう」
「その、先生はどう思いますか?」

意見を求められて彦四郎は言葉につまる。教師として彼女の夢を叶えるためにいままで教養を教えてきた。その夢が叶おうとしている。いい話じゃないか、とすぐにそんな言葉が浮かんだがなぜだか言う気になれなかった。胸が苦しくなって、彦四郎の眉が微かに下がった。

「あ・・・、うん・・・えっと、君の気持ち次第じゃないか?僕が・・・いや、私の意見なんて聞いても仕方がないでしょう」

絞るようにそんな事を言う。わかばがそれを聞いて首を横に振った。そして顔を両手で覆って俯いた。

「よくわからないんです。嬉しいのに、嬉しくなくて。この夢のために今福塾に来てたのに。先生だって良くしてくれるのに。嫌だなんて思ってしまうんです。私、私・・・」

わかばは彦四郎に自分の意見を聞いても仕方がないと言われ、深く悲しんでいた。驚くことに、彦四郎に"行くな"と、そんな言葉を期待していたのだ。自分でもなぜそんなことを言ってほしいと思ったのか、理解できないわかばは、独り言のつもりで呟いた。

「先生と一緒にいたい」

わかばの気持ちを聞いた彦四郎は体が熱くなるのを感じた。悲しむわかばの肩を引き寄せられればどれだけ幸せだろうか。行かないでほしいと言ってしまったら、どうなるのだろう。彦四郎は教師として振る舞うべきなのだと必死に言い聞かせていた。しかし、わかばの言葉を聞いた彦四郎は自然と声が出ていた。

「わかばさん、私を困らせないでほしい。君にそんなふうに言われると、君の夢を壊してしまう」
「え?」

言うな、言うな、と強く念じても、流れ出すように彦四郎は吐露する。

「教師なんて仮面、君の前じゃ脆いものなんだ。わかばさん、誰かのお嫁に行くなんて、嫌だ。君が本当に僕と一緒にいたいって思うなら、ずっと共に暮らそう」

言ってしまった、と彦四郎は顔を紅潮させてわかばを真っ直ぐにみつめた。わかばは驚いているのかぽかんと口を半開きのまま彦四郎を見返している。

「先生・・・ほんと?」

一歩一歩、わかばが彦四郎へと近づく。触れられる距離になると彦四郎がわかばの手を取った。

「ごめん、僕は教師失格だ」

そのままわかばは彦四郎に寄り添った。彦四郎は手を引き寄せてすっぽりとわかばを抱きしめた。教師という立場を捨てて本心を見せた彦四郎には後悔よりもわかばへの愛しさの方が勝っていた。

「ううん、私も今わかりました」

ゆっくりとわかばは彦四郎から離れる。わかばは穏やかな笑みを向けて彦四郎の顔を見つめた。

「きっと先生のお嫁さんになりたかったんだって。先生には先生でいてほしいなんて言っておきながらね」
「僕だって、おんなじ。今気づくなんてほんっとーに疎いんだな僕は。でも、いいや。そんなこと」

彦四郎はわかばの手を優しく取った。柔らかく暖かい華奢な手だった。ありったけの本心を彦四郎はわかばに告げた。

「もう、迷ったりしないよ。これからは今福塾の先生として、時には忍者として過ごしていこうと思う。僕一人じゃ、また迷うと思うから、隣に君がいてほしい」

わかばは触れた手をそっと握り返して言う。

「はい。先生のお世話、します。どうせこれから虎谷城はごちゃごちゃすると思いますし」

そのまま二人は寄り添いあって今福塾へと戻る。彦四郎は再び顔を上げると真闇の中にちかちかと危うげに、しかし確かに光る星々を見て、しっかりと足を踏みしめて静かにわかばと歩き始めるのであった。


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