教え子の夢2
「あの、先生。私、先生のお家にいたいです」
「ブフッ」
わかばの言葉に食後に飲んでいたわかばの淹れたお茶を彦四郎はつまらせる。今、彼女はなんといった?いたい?先生のお家に?先生ってだれだ?自分だ。
思わぬ教え子の言葉に彦四郎はとても狼狽えた。いくら生徒とは言え、わかばは年頃の女性だ。自分の家にいたのでは色々危険だと彦四郎は思い首を振る。
「だめだよ。私の家にそんな二人で住む場所なんてないし、そもそも君のような人をここにいさせるわけには・・・」
「先生っ!お願い!そこをなんとか!」
わかばは目をうるませて彦四郎に懇願する。必死に訴える眼差しに彦四郎は気まずそうに視線を外した。わかばは迷っていたがためらいがちに彦四郎に言った。
「先生、私実は結婚願望があるんです」
「けっこん?」
わかばは少し恥ずかしそうに見をよじった。この目標のことを人に話すのは彦四郎が初めてである。
「はい。誰かの奥さんになって、旦那さんのお世話するのが夢なんです。だから、先生といると修行になると思って」
「な、なんだ。ぼくはてっきり──」
自分に好意があるのだとちらりと考えてしまった事を払い消すように彦四郎は咳をした。
「とにかく、君が住めるような場所はないから」
「昨日見た、本の沢山あるお部屋は空いてるように見えましたけど」
わかばの言おうとしている場所は自室の奥にある書斎部屋のことだろう。しかしそこは壁がどんでん返しになっており、普通に見ただけではわからないはずだった。まさか彼女に見破られてしまうとは。
「わかばさん、君は妙なところに勘がいいね」
「えへへ」
褒めたわけではないが嬉しそうにしているわかばをみて彦四郎はため息をつく。あの書斎部屋を見られては空いてないとは言いにくい。
「まいったよ。君がそこまで言うなら、仕方ない。ここにいてもいいよ。僕は書斎で過ごすからわかばさんはここで過ごして」
わかばの願いに折れた彦四郎がそう言うとわかばは頬を紅潮させて喜んだ。そして正座して深々と頭を下げる。
「ありがとう御座います!彦四郎先生。私、先生の身の回りのこと、お手伝いしますから!」
女性にそんなことを言われて彦四郎はどこか胸が落ち着かなくなった。なんとなく浮かれてしまいそうな、これではいけないと彦四郎は自分に喝を入れる。
「と、とにかく、君はいつもどおり屋敷で働いて、帰りはここに帰ってくる。何かあったらすぐに私のところに来ること。いいですね?」
「はーい」
途端にいつもの生徒らしくなるわかば。そのまま食事を終えて、食器を片付けはじめた。そそくさと彦四郎の食器も持っていき、わかばは洗うために外へといってしまった。一人になった彦四郎は改めて考える。
(生徒と一緒に暮らすなんて、あっていいのかな。やっぱり無理やりでも部屋をかりるべきだったんじゃ)
そう思ってわかばのひたすらにお願いをする顔を思い出す。
(奥さんになるため、か)
もしかして、今福塾に通う理由もそれが絡んでいるのかもしれない。一所懸命に少テストを解くために筆を走らせるわかばの様子を思い出す。そう思うと、先程の考えはすぐに萎縮してしまうのだった。これは生徒の夢のためであるのだ。そう彦四郎は思うことにした。
「彦先生、私、彦先生のこと」
考え込んでいるとわかばが思い出したようにひょっこり顔を出した。
「優しくて大好きです!」
彦四郎はわかばの言葉に思考が停止する。すぐにそのままの意味であるとわかって笑みを向けた。わかばも笑顔のまま水場へと戻っていく。
冷静に考えよう。そう思って彦四郎は気持ちを落ち着かせようと深呼吸するが、先程のわかばの笑顔がちらついて、むしろ鼓動が乱れてしまうように感じた。
(先生が生徒にこんな調子で大丈夫なのかよ)
彦四郎は半端やけになりながら、すでに冷めてしまった残りのお茶をぐいと飲み干すのだった。
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