さながら薬師如来のごとく



海水の感触が心地よい。暖かな海に包まれた三郎次は水中で水を蹴る。風が靡くように水は三郎次の身体をそよいで行った。ざぱりと音をたてて三郎次は海面から顔を出す。雲一つない青空と山々が一面に見えた。

「はぁ、きっもちいーな」

しばらくたゆたうように海の流れに身をまかしていたが満足した三郎次はゆっくりと沖へと上がっていく。適当に置いていた荷物と手ぬぐいを取り出し頭をぬぐった。

夏の日差しが日焼けとともに徐々に体に伝う海水を乾かしていく。乾かしながら砂浜に座って三郎次はこの先にある小さな村、チエナミ村に住む昔からの級友、川西左近のことを思い出す。

川西左近は同じ忍術学園を卒業した仲間であり友人だ。卒業してからは表向きは薬草売りとして過ごし、忍びの仕事をしている。チエナミ村で暮らしている左近はそこで薬草園を作り、自ら薬草を加工しているのだ。

「元気にしてるかなぁ」

ぼんやりとつぶやいていると遠くから声が聞こえた。その声が左近によく似ている。振り返ると先程まで思いを馳せていた左近がこちらに向かってくるではないか。三郎次は立ち上がり左近の元へと駆けた。

「左近!左近じゃないかー!」
「よう、久しぶり──」

久しぶりの再会の喜びを分かち合おうと近づいた時だった。鈍く光る長い太刀の鞘が勢い良く三郎次と左近の間に振り下ろされた。

「おわっ!!危ない!」

咄嗟に降りてきた鞘に互いが避ける。いきなり物騒なものを落としてくるのは誰だとその太刀の持ち主をにらむ。それは三郎次や左近よりも小柄で、頭から足の先まで全身を鎖帷子で身を包んだ者だった。異様な雰囲気をまとうその人物に三郎次は息をつまらせる。左近は困ったような顔をしていた。

「小萩さん!この人は大丈夫ですから。僕の親友なんです」
「小萩さん?」

知らない人物だと三郎次はもう一度小萩と呼ばれた人物をみる。鎖帷子の兜を被り、口元を布でおおっている。つまり瞳しかみえないのだ。すらりと流れるようで大きな瞳が、美しいと三郎次は思った。

「なんと。この者が左近様の?」

左近から言われた小萩はそっと刀を降ろした。降りた刀にホッとして改めて左近を見る。

「なんでここに来たんだ?この人は?」
「お前が今日来るってことは手紙で知ってたし、三郎次のことだから海で遊んでから来るだろうなって思ったの。んで、この方は・・・」

小萩は左近の隣に立ち、軽く会釈した。

「私は小萩。剣術家だ」

剣術家、確かに小萩の腰元には二本の鞘がある。そして右手にも刀、なによりこの真夏でも全身鎖帷子を纏う姿は剣士他ならないだろう。しかし、なぜ剣士と左近が共にいるのだろう。その疑問に答えるように左近が言った。

「彼女は介者剣法の使い手なんだ。一週間前に出会ってね、今は僕の、えーっと護衛?してくれてるんだ」
「介者剣法?ふーん」

介者剣法とは攻撃一辺倒で身を守ることは二の次の攻めの剣法である。ならばこの全身鎖帷子も頷ける。しかし三郎次は一つ気になる言葉を聞いた。

「彼女?」

まじまじと改めて小萩を見る。素顔はわからないが男とも女ともとれる中性的な顔立ちにさらに介者剣法と聞いて男だと決めつけていた三郎次は再度確認した。小萩はじろじろと見られて少し不快だ。

「女剣士が珍しいか?」
「女の介者剣法なんてみたことないからさぁ。左近も物好きだな」
「貴様、左近様を馬鹿にしてるのか!?」

小萩は抜刀しそうな勢いで三郎次をにらんだ。護衛というのはわかるがなぜこうも左近のことになると攻撃的な態度になるのだろうか。三郎次は出会ったばかりの剣術家をみた。左近が手を前にだしてなだめるように言った。

「小萩さん。いいんだよ。こいつはこういう態度だけど、いい奴だから」
「・・・左近様がそこまでおっしゃるのであれば、我慢いたしますが・・・」

再び鞘を下ろした小萩に三郎次はほっと息をつく。どうやら小萩は左近によほど忠誠しているようにみえる。

「とりあえず、久々に会えたんだ。僕の自宅で話そう」
「わかった」

三郎次は前に垂れた濡れた髪を邪魔そうに後ろへやり無造作に小袖を羽織った。


左近の自宅は海から五町ほど離れた村からすこし外れた場所にある。左近が撒いたのか、はたまた自然に育ったのか、妙に自宅の前には薬草が群生していた。潮風がふわりと漂って、三郎次の気持ちは心地よかった。左近の自宅に入るとたくさんの香草を蒸したような、なんとも言えない香りが広がる。棚には小壺が並び─これも恐らく軟膏であろう。光が漏れる戸には上から薬草が干されていた。薬草を売って生業としている左近らしい部屋だと三郎次は思う。三郎次は手に持っていた土産を左近に渡してその場にあぐらをかいた。

「冬ぶりだな。あの時は真っ白だったけど。緑が繁ると賑やかだな」
「あはは、チエナミ村は環境もいいし、食べ物もたくさんあって・・・いいところだよ。ところで三郎次は城勤めだったよね」
「そうそう・・・ええっと」

三郎次は黙って左近の隣に座っている小萩をみやった。

「あぁ、小萩さんは僕の本職については知っているから」
「そうなのか?じゃあ言うけど。僕の勤め先の城・・・朝凪城から長期休暇をもらってさ、休暇期間は一ヶ月なんだけど」

それを聞いて左近の視線はじとっとする。

「それ、遠回しに戦力外通知なんじゃないの?暇をだされたんじゃない?」
「ちがうって!ちゃんと戻れるから!僕もすこし心配したけど・・・」

左近はすこし考えるような様子で腕を組む。

「うん、たしかに三郎治のいる朝凪城はこないだの籠城戦を乗りきって一気に立ち位置が好転したみたいだしな」
「さすが左近。情報はちゃんとつかんでるんだな」
「まあ、一応それが本職だからね。なにはともあれ、お前に会えて嬉しいよ」

にこりと笑顔を向ける左近。三郎次は先程から黙って左近のみをじっと見つめすこしも動かない鎧姿の剣術家をみた。家のなかにいるのにまったくくつろぐ気配がない。むしろ、ぴんと緊張の糸を張り詰めている。

「なあ、こいつ、ずっとこんな感じなの?」
「あはは、小萩さんは僕が看病してからはずっとこんなだよ。僕が寝るまでずっと側で護衛してる」
「なああんた。なんで左近を護衛してんの」

その言葉を聞いて、小萩は視線のみを三郎次に向けた。そして固い口調で語る。

「わたしは一ヶ月前、チエナミ村の近くで深手を負っていた。本来ならば敵に殺られ、亡き存在となっていたのですが、そこで左近さまと出会い、治療していただいた。この命は左近さまに生かされたも同然。残りの命は一生左近さまに尽くす所存だ」
「おいおい、本気か?あんた、僕たちとそう年はかわんないだろ。剣士ならもっと名声とかさ・・・名を上げるために戦にでたり、そういうことはしないの?」

剣士、と三郎次が言うとふと小萩は視線をはずした。だが口調は固いままだった。

「先程も申し上げた通りだ。・・・それに、左近様は妙に頻繁に危機に陥るお方だ」
「それって・・・ついてないって意味?」

三郎次がそう聞くと左近ががっくりと肩を降ろす。出会った頃から左近という男は根は優しい人物だが、外に出るときは不思議と雷雨、跳び跳ねた小石は自分にあたる、理不尽な揉め事の飛び火を被る等、不運としかいえないことが多かった。物腰がやおく人が良いがゆえに怒ることもやっきになることもせず今の今まで過ごしているのだ。

「うう・・・最近は変に不運が著しくてさ、正直小萩さんに助けられてることも多いよ」

三郎次はあらためて小萩を眺める。介者剣法の使い手といわれる女剣術家。敵に狙われて瀕死のところを左近に助けられた。そこまで考えて首をかしげる。・・・彼女はなぜ敵に狙われていたのだろうか?
そう考えると途端に小萩という人物に謎の靄がかかっているようにみえた。

「・・・左近のために聞いておくけど、お前・・・なにかたくらんでいないか?」

三郎次はひとつ、彼女を試してみようと思った。三郎次の言葉に小萩は微かに首を動かす。そして三郎次の方へ頭を向けた。

「敵に殺られたのも計算にいれて、忍びの左近に近づいたんじゃないか?護衛をするなんて・・・本当はこいつを狙っているんじゃないだろうな?」
「ば、バカいうな三郎次。彼女はそんなことするなんて」
「いえ。私をそのように見られても、仕方のないことでしょう。先程言ったように私はただの剣術家です」
「じゃあ、なぜ敵に狙われていたのか・・・いってみろ」
「・・・・・・」

三郎次の尋問に口を閉ざす小萩。しかし海であったように今にも切りかかってくるかと思えば、小萩は落ち着いていた。そして一瞬の沈黙のあと、鋭い視線をまっすぐに三郎次に向ける。

「左近さまが心配ならば、貴方が私を見張ってみるのはいかがだろうか」
「へ?なにいって・・・僕を守っている小萩さんを三郎次が見張る?・・・」
「いいよ。やってやる」
「ええ?ほんとうか三郎次」

めんどうごとは避けることの多かった三郎次。断ると思っていた左近だが、三郎次は腕をくんで小萩をにらんだ。三郎次は本来明日チエナミ村を出る予定だ。

「僕は左近の友人だ。その友人が殺られるかもしれない不安のまま去りたくないからな。・・・よし。この一ヶ月間はこのチエナミ村に滞在する。そして、あんたが何者なのか、見極めてやる」
「承知しました。左近さま、よろしいでしょうか?」

事態が飲み込めない左近。もう一度整理しようと二人に認識の確認を始める。

「ええっと、小萩さんは僕を護衛してくれるけど、君が何者なのかはわからない所が三郎次は不安だ。三郎次は僕を心配して、小萩さんの正体を知るためにしばらくチエナミ村に滞在するってこと?」
「そゆこと」
「なんで僕の心配そんなにしてくれるんだよ。いつもの三郎次なら・・・こういうのは・・・」
「なんだよ」

言いかけてその言葉を濁して左近は呟く。

「なんでもない・・・。小萩さんも僕を狙うなんてないと思うけどな。それに君がどんな事情だろうが、僕はいいんだけど。目の前に怪我した人がいたら、助けるのが普通なんだから」

その言葉を聞いて小萩は少し目を伏せた。そして背筋を伸ばし頭を下げる。

「ありがとうございます。左近さま・・・やはり貴方は如来様に等しいお方です」
「左近が?如来?」

吹き出しそうになる三郎次。とっさに小萩は膝元においた刀の鞘をつかむ。

「左近さまを笑うな」
「わー!いいんだよ!三郎次はこんなんだからさ!!」

その刀を左近が押さえる。三郎次が先程の左近の発言が引っ掛かる。

「僕がこんなんってどーいう意味だよ左近」
「ああ、もう二人ともめんどくさいよ〜」

そんなやりとりをして、結局三郎次はしばらく左近の自宅で寝泊まりをすることになった。小萩は左近が寝るまでは彼の側を離れるつもりはないらしい。本日から小萩が左近を護衛し、三郎次が小萩を監視するという奇妙な共同生活が始まるのだった。
実のところ、三郎次は小萩が本心で左近を護衛しているのはすでに察していたのだが、忍者としての勘のようなものが働いたのだ。彼女はただものではないだろう。そして護衛などといってはいるが、左近は持ち前の不運に片足をつっこんでしまっているのではないかと予感したのだ。

(僕の勘違いなら、いいんだけどね)

三郎次はそう思いながら小萩をみた。瞳以外の表情はわからなかったが、きっとなにかを掴んでやろうと、三郎次は密かに決心するのだった。




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