ツイてない日常



「左近〜、薬草の手入れ、終わったよ・・・ってなんじゃこの煙は!」

晴れたの日の静かなチエナミ村で賑やかな左近の家。三郎次が住み込んでから三日が経った。元々共に暮らした経験のある左近と三郎次はお互いの生活に違和感なく暮らしている。本日も左近が育てている薬草たちの手入れの手伝いを終えた三郎次が家の戸を開けた時、独特な香りとうすい煙がぼんやりと部屋中を覆っていて驚く。

「あぁ、ありがとう。こっちもいまいぶし終わったところっゲホッ」
「おいおいむせてるじゃないか。換気しろよ・・・」

そういって三郎次は部屋の戸をあけたままにして閉まっていた突き上げ窓を開ける。左近はなにかよくわからないいぶした薬草をまぜていた。てぬぐいを顔に巻いていたというのにむせている。

「ごめん・・・ちょっと夢中にっ・・・けほっ、なりすぎた」

作業をやめて左近が立ち上がり外へとでる。夏の強い日差しが降りてくる。ずっと同じ姿勢だったせいか身体の節々が固まっている。左近はゆっくりと伸びをした。

「んー・・・いい天気。三郎次も来いよ」
「僕はさっきまでいやというほど日差しを浴びたぞ」

といいながらも左近の声に誘われ三郎次が戸からひょっこり顔を出す。三郎次の視線は左近からその先にいる小萩の方へと向いた。昼の鍛練だといって外出していたらしい。

「お、来たぞ。左近教信者」
「なにいってんの。人を勝手に宗教にするな」

そんなやりとりをしてると小萩が戻ってくる。手には両手で抱えるくらいの桶その中には太い竹筒が入っていた。ちょうど汁物などが入れられるような長さである。

「ただいま戻りました。左近さま」
「おかえり。小萩さん」

左近が迎えると小萩は手から桶を差し出した。気になった三郎次も外に出て左近の隣へと寄る。左近がひとつ竹筒を手に取り木蓋を開けると透明なつややかな麺のようなものが入っていた。なにかがかかっているのか、汁のようなものに浸されている。

「ところてんだ」
「おっ・・・いいな。夏と言えばところてんだよなあ」
「ここに帰るまでの道中で声をかけられまして。美味しそうだったもので買ってしまいました」

竹筒は三つある。つまり三郎次の分も用意されていた。

「僕も分も考えてくれたのかよ」
「はい。左近さまのご友人ですので。はい」

小萩の手から竹筒をうけとる三郎次。添えられていた割り箸を手に取り屋根の下へと移動する。左近もその隣へ並び、三人がならんで地べたに座った。三郎次は甘いようなすっぱいような味のするところてんを楽しんだ。

「うん。うまい。暑いなかで食べるところてんはおいしいな」

小萩はそっと覆面をはずし、ところてんを口に含める。三郎次はこのときはじめて小萩の素顔をみた。そぼくな顔立ちで少年のような少女のようなあどけなさのある素顔だった。左近はしっているのか、特に気にした様子もないようだった。しかしそれも食事をしている間だけで、竹筒が空っぽになれば再び覆面を装着してるのだった。

「そういえば、三郎次はチエナミ村は歩いたの?」

小萩が片付けをしている間、左近から三郎次に聞く。三郎次はここにきて三日目。行った所と言えば海と左近の家を行き来しているぐらいだ。そう伝えると、左近はそれじゃあ、と声を出した。

「ちょっと歩いていかないか?この辺の事は知っておいた方がいいだろう」
「うーん。そうだな」

チエナミ村は朝凪城と同盟国にある城の国の支配下だ。このあたりの情勢をしっておいて損はないだろう。三郎次が頷くと、片付けを終えた小萩がやってきた。

「でしたら、私は護衛につきましょう」
「いや、君はここで留守番をしていてほしい」

左近がそういうと小萩は黙って三郎次の方を一瞥した。三郎次は腰に手をあてからかうような口調で言った。

「お呼びじゃないみたいだぞ」

一瞬の間を空けて小萩は左近に尋ねる。

「・・・なぜでしょうか」
「三郎次も腕の立つ奴だ。僕だって多少は対処できるし・・・ツイてない時はあるけどさ、君が心配する必要もないだろう。ここ最近は僕に付きっきりだったし。この家にいて留守番しておいてくれないか」

左近の言葉には気遣いも含まれていた。小萩は左近の側を離れるのが心配だったが、この三郎次という男は見た目のわりに隙のない人物であることは察していた。そこまで考えて、小萩は素直にうなずいた。

「承知しました。三郎次どの。左近さまを命にかけても守るように」
「おーげさな。ただ村を回るだけだろ?大丈夫だって。僕にまかせといてよ」

小萩は少し心配げな視線を送ったが、ふう、と息をついて部屋へと戻っていく。その背中をみて、左近は肩をすくめた。

「ちょっとはぶてたみたいだね」
「そんなに左近の側がいいかね・・・。まあいいや、じゃあ左近久々に二人で遊びにいこう」

三郎次がいっているのは学園時代、仲間と町へ出掛けた時の事をいっているのだろう。それを思い出して左近はくすりと笑った。

「ああ、そうだな」

【2】

左近とチエナミ村へと向かう途中だった。二人で談笑しながらチエナミ村へと繋ぐ下に川の流れる橋を渡ろうと向かっていると、橋の横で地面に布を敷き、正座する老人を見つける。茶釜を前において火を炊いて湯を沸かしていた。

「野点?こんなところで?」

左近が不思議そうに首をかしげている。橋を渡るために通ろうとすると案の定声をかけられた。老人はのんびりとした声で二人に声をかける。

「そこの若いの、茶、のんでいかんかね」
「ご老人、ここで野点を?」

左近が声をかけると老人は嬉しそうに湯の沸いた茶釜を手拭い越しに持つ。

「そうじゃ、・・・飲んでかんかね・・・」

そうして茶碗をとりだし乾燥した赤い実のをすりつぶしたようなものをいれる。そこに熱い湯を注ぐとほんのりとかぐわしい香りがして、三郎次が興味を示した。その香りと実をみた左近がおや、となにかに気づいた。

「おぉ、いい香りだ。飲んでみようかな」

三郎次が手を伸ばそうとしたとき、左近がとっさに三郎次の肩をつかんだ。

「だめだ。三郎次。その茶は毒茶だ」
「え?毒茶?これが?」
「失礼します」

左近は老人の側により実を取り出した袋をあける。そして間違いない、とうなずいた。

「これ、ノイバラの実ですよ。場合によっては腹痛、はげしい下痢を起こすんだ。おじいさん、こんなの飲ませたら大変ですよ」
「ええ?これノイバラの茶なのか?」

左近がそういうと、老人は聞いているのか聞いていないのかわからない。表情がぴくりとも変わらず笑ったままだ。

「ほほほ・・・そこでたくさん実がなっとったからのお・・・すりつぶして茶にしたらうまいかもと思ったんじゃよぉ」
「うまいかも・・・って、あなた茶の湯の亭主ではないのですか?」

左近がそう聞いても老人ははて?と首をかしげた。

「わしが?サドーのテーシュ?なんじゃあそれは・・・うまいんかの」
「だめだこのじーさん・・・茶のことなにも知らないじゃないか!」

三郎次がずっこける。老人はいまだぼんやりした様子だ。どうやら本気でぼけているらしい。みかねた左近が親切心で老人に伝えた。

「あの、ご老人。そこらにある野草をむやみに茶にするのはおやめください。ものによってはひどい作用のものもありますし・・・」
「うーん・・・たのしいとおもったんじゃが、だめかの」
「だめです。おじいさん、村の方ですよね。チエナミ村に帰りましょう」

三郎次と左近が野点を片付け始めるとやはりなにも理解していない様子の老人はぽけっとしたままそれを眺めていた。三郎次が老人を背負うことになり、チエナミ村に向かう。

橋を渡りすこし街道をあるくと徐々に人通りが多くなる。村の入り口にはたくさんの屋台と漁で捕ってきた魚たち、そして海草を加工した食品がならんでいる。民家が立ち並ぶ場所で、三郎次は老人を降ろした。

「じーさん、チエナミ村についたよ」
「ご自宅までお荷物お持ちします」

そういうと老人は首を横に振った。

「ええ。ええ。ここまでくれば、目と鼻の先じゃ。すまんの若いの」

そうして荷物を背負い、歩き出した。その姿をすこし見送って左近と三郎次は町の探索にいこうとする。左近はすこし黙ってやっぱり、と振り返った。

「どうした?左近」
「ちょっと心配で・・・やはり荷物をお持ちした方がいいかなって・・・ってあれ?」

三郎次も振り返ったが、そこには老人の姿はなかった。その風景を二人は不気味だと思った。同じ気持ちになった三郎次と左近はお互いに視線を交わす。

「おい・・・あのよぼよぼそーなじーさんが一瞬で消えるかな?」
「・・・ま、まさかあのご老人は・・・」

二人の頭に「忍者」という言葉が浮かぶ。なぜならノイバラは忍者が使う毒茶の一つとして知られている。あの老人は一見痴呆がはげしいか弱い姿をみせていたが、実は凄腕の忍者なのではないか?

「おい、左近・・・」
「な、なに。僕のせいじゃないだろ?ぐーぜん・・・偶然だろ。僕らの考えすぎさ」
「はあ、保健委員はいつも変人を呼び寄せるよな」
「それは、忍たまのころの話だろ」

そんな軽い言い合いをしながら市場へと足を運ぶ。市場はより活気に溢れていた。穏やかな波の広がる海があり、小さな港ができている。そこから各地の国からの特産品を輸送しているようだ。

「こうしてみると、チエナミ村は小さい村にしては交易もあって豊かだな」

何気なく三郎次が呟く。左近が腕をくんですこし悩ましげに応える。

「故に狙われやすいところなんだよ。みんな拠点としてチエナミ村を占拠したがっているのさ」
「ふうん・・・この平和も誰かのおかげってことね」

ふわりと酒の香りがした。どこかに酒屋でもあるのかと二人はあたりを見渡す。すると怒号の声が響きそのほうへ向けると赤い顔した帯刀した男が二人、睨みとっくみあっている。辺りは見物の通行人が増えていき、その喧嘩の行く末を眺めていた。

「わっ・・・三郎次喧嘩だよ。あのふたり、太刀を持ってる!」
「まったく、酒に酔って喧嘩なんて大人げないな」

あわあわと左近は喧嘩から目が離せない。三郎次は嫌な予感がした。

「おい、この場から離れようよ。なんか僕嫌な予感が・・・」

と三郎次が言いかけて再び怒号が響く。

「そこの兄ちゃん!!俺たちのことぉ・・・みてただろお!」

突然声をかけられた二人はびくりとした反応をする。兄ちゃん、というのは自分達のことを指してたらしい。男は無精髭を生やしたいかにも荒くれ者、という雰囲気だ。もう一方は背の高いひょろりとした狐目の男。色白の肌が酒のせいで真っ赤になっている。

「このトーヘンボクがおれのイカの塩辛を食っちまってよお・・・あんたも悪いと思うよな?金はらえってんだっヒック」
「なにいってんだよぉ〜!このアホンダレが。そういうあんたこそ私の刺身全部食っただろお〜!!」
「塩辛返せ!」「刺身返せ!」

喧嘩の内容を聞いているとどっちもどっちな喧嘩の内容だ。三郎次も左近も呆れてなにも言えずにいるととうとう男二人は太刀を抜いて対峙した。それをみて三郎次も左近もさすがに慌てた。まわりの見物人も声をあげている。

「わっ、わっ・・・どうしよう三郎次」
「迷うな!止めるぞ!」

男二人の刃が近づこうとした瞬間、左近と三郎次は互いの男の側により横から男の腕をつかんだ。突然間合いに入られた二人は驚いた。

「どけ!斬るぞ!」

無精髭の男はそう叫び止めに入った三郎次をにらむ。三郎次は男の力を逃がすように身体を払い除けた。突然押さえる力がなくなった男はそのまま体制を崩す。その瞬間三郎次は強く身体をぶつけた。男は地面に倒れ、刀を手から離した。そしてすかさず刀を奪い取る。

「冷静になれよ。あんたも人のもん食っただろ?」

後ろでは左近も同じく刀を回収したらしい。尻餅をついた狐目の男が驚いたようにこちらをみている。

「ささいな喧嘩にこんな沙汰は間違っています!あなたも反省するべきです」

三郎次と左近の諭しに二人は段々と酔いがさめてきたようだ。気まずそうにあたりを見渡し、腰を低くしてお互いを見つめた。

「あ・・・す、すまなかった。その、あんたのイカの塩辛がうまそうでつい食っちまったんだ。その・・・金は払うよ。悪かったな」
「い、いえ。私もイカの塩辛ごときでむきになってしまった。あの、私もお返しします」
「う、うん。よし、どうせならふたりで飲み直そうではないか」
「そうですね!」

二人は喧嘩をしていたというのになぜか仲良くなってしまっていた。三郎次と左近の没収した刀のことなど忘れてしまったようで、そのまま肩を組んで茶屋の中に戻っていった。見物客もごちゃごちゃと言いながら散らばっていき、その場には左近と三郎次が残るという嵐が去った後のような感覚で仁王立ちして見つめあっている。

「なあ、この刀、どうする?」
「あの茶屋の店主に預けてくるよ・・・」

左近が刀を返しに戻ってきて二人は微妙な空気のまま市場を歩いていた。三郎次はこのなんとも言えない空気の正体がわかっていた。おそらくきっと紛れもなく・・・左近の体質が関わっているだろうと。一方左近も歩きながら三郎次がいまだに口数が少ない原因を理解していた。

「ねぇ・・・左近・・・」
「なに?」
「おまえの不運・・・なんか威力増してないか」

その一言に左近は立ち止まり、うなだれた。昔から左近はなぜだか人より不遇やめんどうな目に遭うことが多いのだ。

「ううっ・・・実は最近のぼく、変なぐらいツイていないんだ」

昼過ぎに傾く太陽、船の着く港を眺めながら、左近は語り始めた。

「例えば?」
「街道で馬に追いかけられたり、町中でさっきみたいに喧嘩をふっかけられたり・・・横から壁みたいな米俵がいきなり倒れてきたり、包丁が民家から飛んできたり・・・」
「お前よく生きてられたな」
「うん。実は全部小萩さんが助けてくれたんだ。・・・そういえば小萩さんが来る前はこんなに大きな不運はなかったような・・・」

左近はそういいかけて考えようとしたとき、旅笠を深く被った、臼桃色の小袖をしなやかに着込んだ品の良さそうな女がふっと左近の側によった。左近と三郎次はなにかとめをぱちくりして見ていると、女はふわりと笑う。

「私、占い師、しておりますの」
「へ?う、占い?」

また変な人が来た・・・と二人は内心ぐったりしていた。女は左近を見直して、そして再びふわりと笑う。

「刀と、女にご用心なさい。あなた・・・死相が見えてますわよ」

その言葉は左近に向けられたものだった。自分を占い師と言った女は一礼し、再び笠を深くかぶり、そのまま二人の横を通って言った。二人は先程女が言った言葉を振り返った。

「刀と、女?」
「そ、それより死相が出てるっていってたよね?う、うわぁ・・・ぼく・・・ぼく死んじゃうの!?」

わあっとその場に屈み泣き出しそうな勢いで落ち込む左近。慌てて三郎次は左近の肩に触れた。

「おい、真に受けるな!あくまで占いだ。それに忠告があっただろう?占いなんて非科学的なものは信じたくはないけど」
「うぅ・・・聞きたくないこと聞いたなあ・・・死相、死相」

左近は自分の不運を日頃呪っているせいもあるのか、根拠などない占い師の言葉を本気で受け取ろうとしている。三郎次は深くため息をついた。

「ばか。忍びが言葉に惑わされてどうする」
「うん・・・わ、わかった。今はぼくは生きている訳だし。う、うん」

なんとか我を保とうとしている左近を他所に三郎次は別のことを考えていた。占い師の言葉を信じるという訳ではないが、忠告のような言葉が頭から抜けない。
”刀と女にご用心なさい”
あてずっぽうにといえばそうなのかもしれない。しかし刀と女という言葉が今の左近にまったく無関係といえばそうではないのだ。

(やはり、小萩はなにか大事なことをを隠しているかもしれない)

三郎次はひっそりとうなずき隣で顔色の悪い左近をみる。友人はなにかに巻き込まれていることは間違いないだろう。さきほどの老人も怪しい。もしかしたらあの男二人も・・・三郎次はこのチエナミ村でなにをすべきなのかが徐々に見えてきていた。

「よし・・・左近、チエナミ村のことも大体わかったし適当に魚買ってかえろう」

気づけば夕方も近くなっている。左近の自宅に着く頃には夕飯時だ。今日の夕飯係りは小萩だった。なにげに料理が好きな小萩に魚でも持って帰れば喜ぶかもしれない。まあ、小萩の喜んだ顔など、みたことはないのだが。いまだ落ち込み気味の左近の背中を軽く叩きながら、二人は家路に帰るのだった。





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