知らない娘
チエナミ村に来て約二週間が経つ。
三郎次は本日はそのチエナミ村に一人歩いていた。まだ空も青い早朝は村とは思えぬ人の盛況ぶり。漁師の威勢のいい声が響き、海産物を求める人々でごった返していた。なぜ三郎次がこんな時間からチエナミ村にいるのか、それは左近からお使いを頼まれたのだ。銭を渡されて、一言「米と味噌とだし昆布、買いに行ってきて」と言われた。朝は、二人で寝泊まりしているため必然と誰かが飯の支度をするのだが、今日は二人とも飯の支度をしていなかった。
「おい、味噌も米もないんだけど」
三郎次が床の倉庫から殻になった味噌壺をみせる。それを見てあっと左近は思い出す。
「買い忘れた。すまん三郎次。米と味噌と、乾燥昆布買いに行ってくれ」
と、言う流れだ。飯は左近が作るから、調達は三郎次に任されたのだ。あふれる人の中で三郎次はめんどくさそうにあくびした。
「チエナミ村の朝がこんなに賑やかなんて…」
とぼんやり呟いていると一人の華奢な若い小侍のような男が三郎次の前で立ち止まる。小さな身体にしては大きな太刀を持っていた。じっとこちらを見ていたので、三郎次は自分を見ているのかと辺りを見渡した。
「ん、何か用?」
「…私です」
一言小侍にそう言われた。まるで知り合いのような口調である。一瞬朝凪城の同僚かとも思ったのだが…じっとその顔を見つめるとその眼差しに見覚えがあった。まさか、と三郎次は声を出す。
「小萩?」
「はい。小萩です」
三郎次はもう一度その姿を見直す。袴姿で男の格好をしているが、その身体のまるさはどことなく女性らしかった。三郎次はいつもの鎧姿ではない小萩の姿に驚いた。小萩の素顔は意外にも愛嬌のある容姿だったのだ。
「あんたがあの?びっくりだ…その…」
言いかけて自分が変なことを言いそうであるととっさに口をつぐむ。
「そ、そんなことより、なんであんたがここにいるんだよ。左近のとこには行かないのか?」
「もちろん向かうつもりです。本来は左近様の起床前から護衛したいつもりはあるのですが…それはやめてくれと頼まれましたので…朝はこの近くの寺に世話になっているのです」
ということは、小萩はチエナミ村で暮らしているのだ。なのでこうして朝出会うことも、不思議なことではない。
「ふうん…」
「しかし貴方がこうして外に出ているということは…左近様の身に何か?」
「お前すぐに左近のことにつなげるよな…朝飯の調達だよ。左近に頼まれて。うーんと、米と味噌とだし昆布を買いに来たんだが、こう広い市場だといつ目的のものが買えるやら」
小さいとはいえ、港全体が市場になっており、人も沢山だ。昆布なんてこの中じゃどの出店にもありそうだ。適当に買っていくかと思っている三郎次に、小萩は言った。
「わたしは毎朝市で買い物をしております。米と味噌も、海産物も美味いところを知っていますよ」
「本当に?頼む。教えてくれないか?こんだけあるとどこがいいのかもわからない」
両手を合わせてお願いすると、小萩は柔らかい笑みを浮かべた。小萩が微笑んだ顔を見るのは初めてだった。鎧姿ではわからない表情に、三郎次はどきりとした。そのまま三郎次は黙って小萩の隣を歩く。凛とした姿勢、歩き方・・・自然と三郎次は小萩の姿を見ていた。
「顔馴染みの者がいます。そこでいつも私は買い物をしています」
そうしていくつかの出店を回る。小萩の言った通り、その先の店は小萩をみるなり笑顔で迎えていた。いつもひいきにしてくれるお礼にだし昆布を多目にもらったりもした。その度に小萩はみたこともないあどけない笑みを見せていた。荷物を抱えながら三郎次は感心したように小萩に言った。
「小萩、お前って結構人当たりよかったんだな」
「ええ・・・どうも鎧を身に付けると妙に緊張してしまいまして。三郎次殿にもちょっときつく接してしまいます」
そこまで言って小萩は独り言のように呟く。
「でも、左近さまをお守りするためですから」
愛しい人を想うように呟いたその瞳を見て、三郎次は考える。命を救ってくれた相手に恩義を心から感じているのだろうと三郎次は感じた。そして何より小萩自身が、人を思いやれる人物なのだと同時に思う。
「ふうん・・・。ま、左近はちょっとお人好しすぎるからな。小萩みたいなやつがいた方がちょうどいいかもな」
「そういえば、三郎次殿は左近様と親友ですね」
「そ、僕と左近は昔から気が合うんだ。まぁ、そんなことはいい。それより、あんたも買い物の途中だったんじゃないのか?付き合うぞ。ぼくの買い物を手伝ってもらったんだし」
そういうと小萩は三郎次をみた。意外そうな顔をしている。どうやら彼は自分の用事がおわれば帰るだろうと思っていたらしい。きょとんとした眼差しを向けていたが、頷いて三郎次に微かに微笑んだ。
「いいのですか?実は少々数が多くて困っていました。魚と山菜を買い求めているんですが」
「わかった。って荷物持ちぐらいしかできないけどね」
そうして小萩につれられて市を回る。風呂敷に満杯になるほどの魚と山菜を包み三郎次はそれを抱えた。その量は明らかに自分用ではない。どこでこんな量を使うのだと聞いたら、寺の人とそこで暮らす者たちの分だと小萩は言った。
「一度飯をふるまったら、また食べたいとわれてしまったのですよ。料理は好きですが・・・こうやって人のためにつくるのはすこし慣れてなくて」
ちょっと照れくさそうに小萩は微笑む。確かに小萩の作る夕飯は美味しかった。師匠である田府甲斐元気に喜んでもらうために料理を学んだと聞いた。三郎次はその寺まで運ぶと申し出ると小萩は申し訳なさそうにお礼を言った。そのまま二人はチエナミ村の中に佇むお寺を目指す。たどり着いた寺は小さな村の寺にしては囲いや敷地も広い。小萩はいつものように入っていく。本殿から離れた僧の生活している精舎へと向かう。
「おかえりなさい。今日は振る舞いありがとうございます。いやぁ、昨日分けていただいた煮物があんまり美味でしたのでこんなわがままを言ってしまってすみません」
「いえ。お世話になっているお礼がしたかったので嬉しいです」
質素な法衣をまとった住職らしき中年の男が礼をする。小萩をみて隣にいる三郎次に視線が動く。
「この方は?」
「この人は私が護衛している方のご友人です。偶然市で出会ってお手伝いしてもらいました」
「どうも。池田ともうします」
「おお、あの薬師の川西さまのご友人ですか。川西さまには助けていただいております」
どうやらチエナミ村で左近の名前はそれなりに通っているようだ。小さな漁村の医者兼薬師として頼りにされているらしい。左近は気の良い男なのでこの村に馴染んでいる様子はすぐ三郎次には想像ができた。
「さて三郎次殿、ここまで付き合ってくれてありがとうございました。昼にはまた向かうから」
「あー・・・いや、ちょっとぐらい手伝うよ。左近もこの時間は薬草の世話してるし」
「そうですか?・・・助かります」
三郎次は自分の言ったことに自分で意外だと思っていた。確かに左近は今ごろは薬草の手入れをしているには違いないのだが、どうして自然と彼女に関わろうとしたのだろうと疑問だった。しかし、考えてみれば三郎次は小萩の正体を知るためにここにいるのだ。調査の一環だと思えば、納得できた。
「では、手伝いをお願いします」
三郎次は小萩の指示にしたがって飯の支度をする。師匠は剣豪だったが女手がない生活だったこともあり、料理家事洗濯は小萩が行っていたらしい。そのうち師匠も手伝うようになったとか、ほほえましい話をしながら朝飯の支度をした。三郎次は小萩が剣のことについて語ったり、自分の師匠について話す姿は年相応の女性だと思いながら見ていた。
朝日が差し込む頃に飯が炊き上がる。山菜の汁物と鰯と梅のあえもの、しそ昆布のにぎりめしという品揃えだ。豊かな朝食をちょっと羨ましく見ていると小萩が大きな竹皮につつんだ箱を二つ渡した。
「ほら、これは左近さまと三郎次殿の分です」
「えっ、僕らのも作ってくれたの?」
「はい。手伝ってくれた礼です。ついでで申し訳ないのですが」
三郎次はその弁当をぎこちなくうけとる。ふわりと潮のような香りがした。その時台所から住職がやってくる。
「よい匂いに誘われてしまいました」
「うふふ、ちょうど出来たところですから。いま運びます」
「では僧のものを数人お呼びしましょう」
そうして三郎次は入ってきた僧達と入れ違いで精舎を出る。小萩はあとは僧が手伝ってくれるからと気を遣って帰らせてくれるようだ。共に小萩も出てくる。そして腕を組んで三郎次にいつもの口調で言った。
「左近様の元にはやく戻ってくれ。お一人でもし何か危険なことがあると思うと心配だ」
「へいへい。・・・あー、でもありがとな。朝飯までもらって」
「それはこちらもです。構いません。では、道中気をつけるように」
そういって踵を返して寺へと戻っていく小萩。そんな背中を不思議な気持ちで眺め、三郎次は石階段を下りていく。左近の家を目指しながら考える小萩は鎧を外すと普通の女の子だ。左近を一番に考える所などは相変わらずだが。そういえば支度中に剣術の話もした。
「剣・・・そうか、小萩は剣術家だったよな」
以前占い師で忠告された言葉が頭の中で響き反芻する。小萩は左近を襲うような人物には見えない。ちらりと持たされた朝食をみて、今日の姿を見ればますますわからなくなっていく。あの姿はすべて自分を騙すためなのだろうか。疑えと訴えてくる自分と、そうではないと宥めるような自分・・・迷うばかりだ。
そんなことを考えているといつのまにか左近の家に戻ってきた。いつもの光景が映ると思っていたが、戸を引くと三郎次の目には荒れ尽くされた左近の自室があった。急いで中に上がると左近の姿が見えない。ぞっとしてその場に膝をついた。
「さ、左近・・・」
三郎次は思考が真っ白になる。嫌な想像が一気に三郎次の頭の中に流れ込んできた。自分がいない間に何が起こったのだろう。しばらく茫然としていると、後ろから声が聞こえた。とっさに三郎次は背後を振り向く。くせ者が自分を襲ってくるかと身構えた・・・が現れたのはいなくなったと思っていた左近の姿だった。
「左近・・・!よかった」
「うん・・・なんだこの荒れようは。三郎次、無事か?」
「それはこっちの台詞だ!いまさっき村から帰ってきたんだよ!お前の姿が見えないから連れていかれたのかと・・・心配した!」
心の底から伝えると左近も事情をきいてなぜかほっとしたようだった。
「そうか。心配させてごめん。ぼくもさっきそこの野山で薬草詰みから帰ってきたばかりだから。お前なかなか帰ってこないし。でも、じゃあ、だれがこんなことをしたのか・・・」
「泥棒じゃないか?」
左近は自室に上がり、開けられたままの整理棚をみてみると金目のものが出てきた。貴重な薬草もとりだしし、ちらばった床に並べる。そのなかの全てが揃っていることを確認する。隠しておいた忍具も盗まれていないところから金目のもの目当てではないようだった。
「泥棒でもないみたいだ」
「じゃあ、ここにはいったやつは何しにぼくの家に入ったんだろ・・・」
そこまで言って黙り込む。二人は同じことを考えていた。考えたくはないが、と互いが顔を向け合う。
「命を取りに・・・じゃないか?」
「だ、だれの・・・」
「そりゃ、ここは左近の家だから」
と言って左近が頭を抱える。どうやらなにか悪いことを思い出してしまったようだ。
「うぅ、死相がでてるって言われたばっかりだもんな。でも、ぼくは正直狙われてもおかしくはないんだよな。その・・・一応忍びな訳だし。ぼくの存在を疎む奴がいたって」
「そんなこというとぼくも同じだ
。とにかく片付けよう。片付けてると手がかりがつかめるかもしれない」
そうして二人は部屋を片付け始める。不思議なことに部屋は荒らされているだけで暴れた形跡はないようだ。物も取らずなにかを確認した後、そのまま帰っていったと察することができた。しかし、侵入した相手のてがかりを見つけることはできないかった。片付いた部屋のなか、二人はすこし遅い朝食を始める。
朝食をもってきた三郎次に話のあらましをきいて意外そうに左近は言った。
「へぇ、小萩さんがお寺のみなさんに朝食を・・・。いつもは厳しくて固い印象だけど、護衛をしていない間はそんな感じなんだ?」
「ぼくも意外でびっくりしたっていうか・・・。でもお前と剣術が一筋って感じだぜ」
左近は小萩の作った朝食を食べながらその箸が止まる。左近の考えていることが三郎次にもわかった。さきほどの三郎次のように占い師の言葉を思い返しているのだ。もしかしたら命を狙われたかもしれない左近は真剣な顔で考えている。
「剣・・・か。ううん・・・小萩さんがこんなこと、するわけないよね」
「でもさ、左近が妙に危険な目にあうようになったのもあいつが来てからなんだろう?ぼくにはまったく関係のないことのようにも見えない」
「もしかして・・・なんだけど、最近チエナミ村の攻略をたくらんでいる国のアラナミ城の動きが怪しいんだ。ぼくは実はそのアラナミ城の調査もしているんだけど・・・どうやらなにかを必死で探しているみたいで」
「アラナミ城は金はあるからな。各国へ兵器や火薬を積極的に売りさばいてる国柄からして、南蛮兵器の取り寄せのためにチエナミ城を攻略したい気持ちは・・・まあ、あるだろう」
「だろ?ちょっかいをなんどかかけてるけど最近妙に静かだから気になってて。荒らされたのはその関係もあるかもな。ぼくが忍者だってバレているってことになるけど」
二人はうんうんと考えていると戸の前に人の気配がした。ふっと左近と三郎次は緊張する。くないを取りだし恐る恐る戸をあける。くせものなら容赦なく撃退するつもりだ。素早く戸を開けて構えると鎧姿に太刀を携えた小萩が現れた。
「・・・どうした。そんなに怖い顔をして」
「っ・・・はあ、小萩か・・・」
二人は緊張の糸をゆるめて息をつく。二人の間にただよう変な空気を感じた小萩は険しい眼差しになり三郎次に聞いた。
「何かあったのか?左近さまは無事か!?」
「元気にしてるよ・・・」
焦った表情で小萩は部屋を覗くと左近と目が合う。いつもどおりの左近の姿をみて安心した小萩。しかし・・・と小萩は不思議そうに首をかしげた。三郎次のもっているくないに視線をむける。
「なぜ、そんなに緊張していたんだ?武器なぞもって」
「いや、さっき左近の家が荒らされてたからさ・・・そいつが来たのかと思って」
「なんだって?左近さまの家が荒らされた?」
聞き捨てならない言葉を聞いた小萩は部屋に上がり左近の近くに寄る。そして部屋のまわりに変化はないかと見渡していた。
「大丈夫だよ。ぼくも三郎次も不在で部屋を荒らされただけで済んだみたい。でもどうして荒らされたのか、金品目的でもないようなんだけど」
「・・・・・・」
小萩はとたんに黙って座る。なにかを考えているその様子を怪しんで三郎次は腕を組んで正座して佇んでいる小萩の鎖帷子の背中を睨んだ。
「なあ、小萩。本当にお前は左近を守るために護衛をしているのか?今回荒らされた原因をお前はなにもしらないのか?左近はお前と出会ってから危険な目にあっているのも、あんたが左近の護衛をするのもなにか企みがあるんだろう」
三郎次の問いただしに小萩はしばらく黙っていた。左近はいつもと雰囲気が違う小萩を見つめながら小萩が答えるのを待っている。小萩はうつむいたまま瞳を閉じて、膝においた手をゆっくりと握った。
「私は・・・本来はここにいる者では、ありません」
ぽつり、とかききえそうな、苦しそうに呟いた言葉はだれに受け止められるでもなく静かに左近の部屋のなかに響く。三人のながい二日間がこれから始まろうとしていた。
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