彼の小舟
なぜここに左近がいるのだろうか。と三郎次は思ったが、左近も自分と同じなのだろう。小萩を探し、やはりトキにたどり着いたのだ。左近は息をひそめて朽ちたような扉の隙間からその様子を覗いた。
左近は拘束されていた。それに向き合うようにトキは明かりを手にしている。明かりを手にした反対の手に、なにか持っているように見えた。
「まったく。とんだコソ泥だ」
トキは冷ややかな声でそう言った。三郎次が城でも聞いたことのないようなトキの声だった。あの穏やかで人当たりのいいトキとは全く別人のようだ。
「この計画は長い道のりだったんだ。チエナミ領をどれだけ我々が欲しているか…。朝凪にはまったく手を焼かせる。こんなコソ泥まで用意して」
コソ泥、とは左近のことを言っているらしい。傷だらけの左近はその場に座り込みトキを睨んで言った。
「私は朝凪とは無関係だよ」
「なに?」
「探しに来たんだ。彼女を」
「彼女?」
三郎次ははっとした。左近は小萩を助けに行ったのだ。三郎次はずっと小萩を疑っていたために、左近のようには行動できなかった。左近は、小萩を信じていたのだ。そうしてこうやって真実を見つけたのだ。三郎次はこぶしを握った。自分が不甲斐ないと思った。
「あぁ、あの女か…。仲間がいたとはな」
「すべては彼女から聞いている。情報を集めていたらトキ…お前に行きついた。アラナミとの伝達の証拠があれば朝凪から攻撃をうけるのはお前たちだ」
「その伝達が漏れることはないさ。燃やしてしまえばな」
トキは明かりの松明になにかを近づけた。とっさに三郎次は扉を開けて叫んだ。二人は驚き、三郎次の方を見た。
「やめろ!!」
「三郎次!?なぜここに?」
「どけ!」
呆気にとられたトキに左近は体当たりをぶつけた。トキはよろめき、手に持っていたなにかを落とした。それはトキとアラナミ城のやりとりの伝書だった。左近がそれを手にして走り出す。縄抜けをしていたのだ。左近に強く手をひかれて三郎次も走り出した。
「くそっ…おい!曲者だ!!あの二人を逃がすな!」
「ここじゃあんたが曲者さ!」
憎まれ口をいいながら左近は地下道を走っていく。三郎次のしらない道だ。左近は走りながら三郎次に言う。
「この地下は井戸に通じてるんだ!」
左近にひかれるがまま行くと、井戸の底のようなものが見えた。井戸は枯れて長いのか草がぼうぼうに生えていた。月光に照らされほのかに明るい。井戸には竹梯子がかかっていた。
後ろからはアラナミ城の伏兵の足音が聞こえる。追いつかれる前に上り、二人は地上に出た。
「竹はしごとっておくか」
梯子を持ち上げるとやってきた伏兵はあたふたしていた。その間に三郎次は小萩の捕まっている小屋へと急いだ。小萩は顔を上げる。驚いたような表情だった。三郎次は駆け寄りくないを取り出し縄を切る。
「小萩。行くぞ」
「三郎次殿…」
小萩の体力はかなり消費されていた。自力ではうごけないようだ。小萩の腕を三郎次の肩にかけるとようやく起き上がった。その足取りはおぼつかない。小屋へ出ると騒ぎを聞きつけた数人の伏兵が左近の前に立っていた。
「三郎次殿、私のことはいい。左近様を…このことを朝凪の者に伝えて…」
「ばか。僕も左近も、あんたを見捨てていけるか。それに僕は朝凪の人間だぞ」
三郎次は前に立ち伏兵をくないで交わす左近に声をかけた。
「おい!どうするんだよ!」
「どうするもなにもっ、朝凪はみんな外に出てる!」
そう。ここにいるのは皆朝凪に化けたアラナミの伏兵だ。本当の朝凪の連中は捜査や見回り、派遣に出てしまっている。この程度の騒ぎでは彼らが異変に気付くのは後だろう。三郎次はなにか手はないかと考えをめぐらせていると、トキが帰ってきた。
「まったく…本当にこざかしい事をしてくれるね。三郎次」
トキは邪魔な虫をみるような眼差しを三郎次に向ける。そんなトキに三郎次はいたずらをしたこどものように舌を少し出して言い放った。
「それはこっちのセリフだ。チエナミ村や朝凪をひっかきまわしやがって。あんたを捕まえて朝凪にひっぱり出してやるよ」
「この状況では君が朝凪の裏切者として始末されると思うがね…。どうだろう。君もアラナミに来ないか?そうすればそこの友人も、彼女も助けてやろう」
そんな誘い、毛頭受けるつもりはない。腕に感じる小萩の体温。どうにかして逃げ切れる方法はないかと考えていると左近が下がり、三郎次の隣までやってきた。その顔は妙にしたり顔だった。三郎次は左近がなぜそんな顔をしているのか疑問で黙って見ている。
「いちかばちか…仕掛けたものがある」
「…なんだよ。それ」
「『アケルナ!キケン!』って書いた…火薬」
三郎次は理解できずますます首を傾げた。
「それがなんだよ」
「だからさあ、開けるな!って言いたくなるほど人って開けたくなるだろ?仕掛けたんだよ。からくりを。開けたら着火する火薬をさ…ちょうと地下があった部屋のあたりに。火薬の量は少ないけど…」
それを聞いてざわめきだしたのはアラナミ城の伏兵だ。「お前見た?」「どこにあるんだ?」などと口々に話している。トキはぎこちない笑みを浮かべた。
「そんな、おもちゃみたいな仕掛けぐらい──」
瞬間、爆発音が鳴り響く。吹き荒れる爆風に三郎次は小萩をかばうようにしてかがんだ。国士館の奥の地下があった部屋が爆発したのだ。さらにざわめきだしたのはアラナミ城の者たちだった。
「ほかに爆発するのか!?」
「この爆音で朝凪が戻ってくるかもしれない」
「トキ様…どうしましょう!?」
困惑する兵士たちにトキは焦りの表情を見せたが、三郎次を見ると睨みかけて帯刀していた刀を抜いた。
「三郎次…お前には裏切り者として死んでもらうことにしよう」
「三郎次、逃げろ!」
左近が声をかかけるやいなや、トキは三郎次に襲いかかる。もともとトキは剣士でもなければ兵士でもない。隙だらけであったが、三郎次は小萩を抱えていた。うごけなかったのだ。三郎次は覚悟した。小萩を守るように後ろに回したが、その三郎次の懐を小萩がふと入り込み、胸に隠したあるものを抜き取ったのだ。
「!!」
三郎次は瞼を閉じ身を強張らせた。しかし、刃は降りてこない。三郎次が向き直ると、そこには三郎次の隠し持っていた短刀をトキの肩に刺し、片手にトキの太刀を受けた小萩の姿があった。よろめいたのはトキのほうだった。
「う、うわ…、な、なんてこと、だ」
苦しそうにもがくトキを小萩は見ていた。一方太刀を受けた小萩の左手からは流血していた。トキの腕は相当悪いらしい。その太刀の傷は深くなかったようだが、左近が蒼白するのには十分だった。
「小萩さん!腕は!!」
「これぐらい、大したことはありません…」
「馬鹿!もっと自分の身を…」
三郎次はすぐに小萩の腕の止血をしようとした。左近はトキの方へ向かっている。トキの手当も行うようだった。伏兵たちは戸惑っていた。だれも三郎次や左近を襲おうと思うものはいないようだ。筆頭者が倒れ、困惑しているようだった。
「もうすぐ、朝凪が帰ってくるんじゃないか?」
「そうすれば終わりだ…捕まってしまう!」
「逃げよう」
途端にわっと散り散りに逃げていく伏兵たち。そこに残ったのはケガを追ったトキと、左近、三郎次、小萩だ。三郎次は携帯していた手拭いを力強く小萩の腕に巻いてしばった。小萩はすまない、と一言言ってそのまま三郎次の胸に倒れてしまった。
「お、おい…!しっかりしろ…左近!小萩が…」
その間すみやかにトキの応急処置を終えた左近が小萩の様子をみる。
「大丈夫。疲れたんだとおもう。ずっと捕まってたから」
その言葉を聞いて三郎次は安心した。傷を追ってしまった腕を三郎次は軽く触れた。きっと自分を助けるために小萩は太刀を受けたのだと思った。心の奥がかっとあつくなり、三郎次は自然と小萩を抱きしめていた。
数人の兵士が走ってやってきた。三郎次はアラナミの伏兵かと警戒したが、その顔は見知った顔のものだった。お互い顔を見てあっと声を出した。
「三郎次さん?なぜ国士館に!?この騒ぎは一体…トキさんまで」
「…朝凪がもどってきたんだ」
微かにのこる爆発の煙を見つめて、三郎次は深いため息をついた。ようやく終わったのだと安堵する。夜はすっかり老けてしまっていたが、今夜は明け方まで休めそうにないなと三郎次は今から気が憂鬱だ。顔を落とすと、月明かりにうっすらと照らされ小萩のあどけない素顔が目に入り、美しいなと三郎次は思った。
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