プロローグ

12年前ーー

ユリアとマコトの故郷であるローズ村は、二人が10代半ばの頃に村の存在を疎ましく思っていた政府が裏から手を回した殺戮を好む荒くれ者だらけの海賊団によって、完全に滅ぼされた。
二人は当事、隣街に行っていた為難を逃れたが、帰宅した時には海賊団は既に島を出ていた為いなかったが、そこには血の臭いと死臭の漂う荒廃した大地が広がっていた。
村人は無惨な姿で横たわっており、互いの家族も全員が家の中で変わり果てた姿となっていた。
二人は一瞬呆然としたが、状況をすぐに理解するとその場に跪き、泣き叫んだ。

そこに、たまたまやってきたのが赤髪海賊団だった。
赤髪海賊団がローズ村の近くを通りかかった際、見張り台にいた船員が「あの村の様子がおかしい」と報告した為、急遽寄ったのだった。
停泊場に船を停めて村に上陸したシャンクス達は、村の惨劇に言葉を詰まらせた。
至る所に遺体が横たわり、血の臭いと死臭が鼻をついた。
それでも誰か一人くらいは生存者がいないかと捜し回っていた所、泣き声が聞こえてきたので声のする方に行ってみたら二人が跪いて泣いていたとの事だ。

二人と村人達をこのままにしておくわけにもいかず、シャンクスは船員達に簡易ではあるが墓を作り弔ってあげようと提案し、手分けして墓を作った。
墓を作り終わり、暫くしてから徐々に落ち着きを取り戻し始めていた二人に、シャンクス達は話を聞いた。
家族を失い、頼れる親戚もいないと言う二人をこのまま置いていくわけにもいかず、取り敢えず船に乗せて医務室で休ませた。

シャンクスは一目見てユリアを気に入ったのでマコトと共に仲間にしたかったが、副船長のベンに「まだ10代半ばくらいの子どもだから」と諭されて強引に仲間にするわけにもいかず、『本人達が仲間になると言った時に仲間にすればいい事で、それまでは生活の面倒を見る』という事で船員も賛成し、船に乗せる事にした。

§


「お、目が覚めたか。気分はどうだ?」

二人が起きた事に気づいたドクターが、二人に声をかける。
医務室で眠っていた二人は目を覚まし、ドクターの方を見る。

「大丈夫です。ありがとうございます」
「空気でも吸ってきたらどうだ?何、外にいる連中は皆、気が優しくて良い奴等ばかりだ。五月蝿いくらい賑やかだがな。海も綺麗だぞ」

ドクターの優しい笑顔と穏やかな話し方に少し安心した二人は、医務室を出て甲板に向かう。
甲板からは賑やかな声が聞こえる。

「よう!目が覚めたのか!」

二人に気づいた船員がユリアとマコトに声をかける。

振り返ったシャンクスはおもむろに立ち上がり、二人に近づく。

「お前ら、もう起きても大丈夫なのか?」
「はい、もう大丈夫です。あの・・・・・・」
「ん?どうした?」

穏やかに話すシャンクスだが、二人は初対面の相手に少し怯えながらも言葉を続ける。

「あの、村の皆をありがとうございました。俺達の事も助けてくれてありがとうございました」
「いいんだ、お前達が気にする事はない」

そう言って二人の頭を無造作に撫でる。

「俺はシャンクス。お前らは?」
「あたしはユリアで、こっちはマコトです」
「ユリアとマコトか、良い名前だな」

シャンクスはニカッと笑う。

「あ、あの助けてもらって何ですが・・・次の町で降ろしてください」
「そしたら、あとは二人で何とか生きていきますから・・・・・・」
「・・・・・・ッ!!」

シャンクスも船員も思わず絶句する。


まだ子どもだと言うのに、一体どうやって・・・・・・

「お前ら今何歳だ?」
「二人とも15歳です」
「15か・・・・・・」

まぁ、働けなくはない年齢だが・・・・・・今後この先、悪い奴らにいいように利用されてもおかしくない。

「・・・・・・やめときな」
「どうしてですか?」

マコトは不思議そうにシャンクスを見る。


もう15歳とはいえ、まだ子どもだ。そこにつけこんで、悪い奴らにいいように利用される事があるかもしれない。
最初こそ優しくしてくれるかもしれないが、その後はどうなるか分からない。
だけど、誤解するなよ。
本当に善い人達もいるんだ。手を差し伸べてくれて良くしてくれる人達もいる。
世の中、善い人も悪い奴らもいるって事だ。
やっていい事・悪い事の判断は流石につくだろうが、暫くの間はこの船にいたらどうだ?
何も心配しなくていい、皆もお前らを歓迎してくれてる。大丈夫、この船にいる奴らは口調は汚いが、根は優しくて善い奴らばかりだ。
それでも船を降りるなら次の町で降ろして、お前らがきちんと生きていけるようにしてやる。
次の町まで、まだたっぷり時間はある。考えとけ。


そう言って、シャンクスは宴会に戻る。


「焦らなくていい。無理強いもしないから、ゆっくり考えな」

シャンクスの背中を見ながらぼんやりしていると、いつの間にか咥えタバコをした男性がユリアの隣に立っていた。

「あの、あなたは?」
「俺はベン・ベックマン。この船の副船長だ」
「じゃあ、今のシャンクスさんて方が・・・・・・」
「あぁ、お頭だ。それよりもマコト達は何かやってるのか?刀を持っていたが」
「はい。心身共に鍛えなさいって親から言われて、小さい頃から剣術やってます」
「そうか。じゃあ、腕前はいいんだな」
「いえ、まだまだです」
「謙遜を・・・・・・まぁ、ゆっくりしていけ」

ベンは端に座り、お酒を飲み始める。

マコトとユリアは宴会中の船員達の横を歩き、甲板から海を眺める。

シャンクスは二人の様子をそっと伺う。

シャンクスはユリアとマコトが眠ってる間に、二人とローズ村の事をベンに調べてもらった。
調べてもらった時に二人の名前も知ったのだが、二人が寝てる間に調べたなんて事は言えないので、あえて言わずに名前を聞いたのだ。
ローズ村を襲ったのは、レース海賊団。政府の犬とも言われている荒くれ者の集団だ。
・・・・・・まだ二人には伏せとくか。


やがて日がくれて夜になり、海は月明かりに照らされ、漆黒の闇が全体を包みこむ。

シャンクスは船の端で座っている二人に近付き、話しかける。

「ユリア、マコト。まだ何も食べてないだろう」
「あんまり食欲ないです・・・・・・」
「そうか・・・・・・でもスープくらい飲んでみたらどうだ?」
「・・・・・・はい、ありがとうございます」
「ついてこい。うちのコックの料理は最高だぞ」

二人は立ちあがり、シャンクスの後について歩き始める。


広くて、大きい背中ーー

優しくてカッコイイーー

二人は歩きながら、シャンクスに対してそんな風に考えていた。

少し歩くとシャンクスが立ち止まり、おもむろに扉を開ける。
中からはガヤガヤと賑やかな声が聞こえる。
扉を開けると其処は食堂であり、船員達が食事をしている最中だった。

「お前ら、気分はどうだ?」
「大丈夫か?」

皆、食事の手を止めて二人に声をかける。

「はい、大丈夫です」
「昼間は村の為にありがとうございました。お礼が遅くなってすみません」

二人の言葉に、船員達は「いいんだよ、気にするな」と揃って声をかける。

「お前らはこっちだ」

シャンクスに案内された席に着くと、コックがスープを出してくれた。

「今日は色々と疲れただろうから、胃への負担が少ないスープをどうぞ」

コックは穏やかな話し方で二人に話しかける。

「ありがとうございます、いただきます」

スープを一口飲んだ所で、近くに座っているシャンクスが声をかける。

「どうだ、うまいだろ?」
「はい、凄く美味しいです」
「遠慮しないで、おかわりしていいからな」
「はい・・・・・・」

静かにスープを食べている二人を、シャンクスとベンはそっと見つめる。

やがて食事が終わり、食堂から一人また一人と出ていき、食堂にはシャンクス・ベン・マコト・ユリアの四人が残った。
コックは四人に食後の飲み物を出した後、忙しそうに片付けをしている。

「あ、片付け手伝います」
「気にしないで座ってて下さい、お疲れでしょうから」
「すみません・・・・・・」


船員達はコックの片付けを手伝わないのに・・・・・・

シャンクスとベンは手伝おうとする二人に感心していた。

「偉いじゃねぇか、手伝おうとするなんて」
「・・・・・・親に厳しく教えられたんです。何処に出しても恥ずかしくないようにって」
「良い親だったんだな」
「はい・・・・・・」

寂しそうに頷く二人を、真剣な顔で見るシャンクスとベンは同じ事を考えた。


ーー次の町で降ろしても大丈夫だろうかーー


その夜、船長室で二人は話し合った。

「二人とも幼少の頃から剣術をやってたらしい」
「だから刀持ってたのか」
「あぁ。基礎はできてるんだ、マコトはもう少し鍛えれば更に上に行けるし、戦えるだろう」
「ユリアも実力は上がるだろうが、戦いは危険すぎるな」
「ユリアは俺達で守ってやろう」

二人の意見は一致した。

仲間にするか、船を降りるか。

二人の意見や思いは尊重すべきであり、二人の命の安全が最優先だ。
だが、船を降りれば二人の意見は尊重されるが、命の安全は保証されない。
船に残ったとしても必ずしも命は保証されるわけではないが、そこはお頭を始めとする船員達で守るし、子ども達だけで知らない人ばかりの町に降ろすわけにもいかない。

翌日、船員達に話をしてから二人に話すという事でまとまり、話し合いの場を解散させた。