『科学班』と夏休み!
「暑い…」
じりじりと蒸し焼きにされた様な暑さの中、手を止める事すら許されないこの生き地獄。私達は何か悪いことでもしただろうか。
今なら疲れより先に暑さで死ねそうだと一番近くにいるリーバー班長に話しかけると、当然といえば当然だが死ぬなと虚しく返される。これ以上人手が消えたら仕事が追いつかなくなるなんて事は、その場にいる誰もが知っている事だった。
「水分はちゃんと採っとけよ、熱中症にならんように」
「……はぁい」
現在科学班には私達以外に数人しか姿がない。普段から万年睡眠不足の科学班一同なのだが、加えてこの炎天下の蒸し風呂状態。全てはコムイ室長が懲りずに作ったコムリン3……いや、4?ともかくそいつが掃除しようと勢い余って冷房を木端微塵に破壊したのが原因なのだから。言うまでもなくその元凶を作った男は部下の手により血祭りに上げられた。
あ、思い出したら目眩が……これはマズイ。非常にマズイ。
「すみませんリーバー班長。私が倒れても恨みっこ無しで……」
「みんなぁあ!」
「…………え」
死んだように静かだった室内に突然大きな声と足音が届く。仮にも上司相手に失礼だけどそれを聞いた途端、私の背筋は凍り嫌な予感が一気にやってきてしまった。だってだって、この声は……
「見てみて。クーラーのお詫びに素晴らしい発明品を作ってきたよ!」
今回の集団熱中症の原因を作った男なのだから。その名もコムイ・リー。これでも一応この場においてのトップであったりする。
実験室は確か立入禁止にした筈なのに、どうしてこうも反省の色が見えないのか。
やはり皆普段の恨み辛みが募っているのか、残り少ない生者達が不満と怒りを口にする。それに混じって働け!とかシスコン!とか日頃の不満が飛んでたのは気付かぬフリだ。汚名返上すべきは室長本人だけれど、コムリンの為!とその人は自慢気に手中のビンを掲げた。
「聞いて驚け、じゃーんコムビタンD!」
「じゃーん」の辺りにウザさと嫌な予感を覚えたのは私だけじゃないと思う。どうやら中に入っているのは液体らしく、遠巻きながらもまじまじとそれを見つめていれば室長が眼鏡に光を反射させ怪しく笑った。説明の為に開いた口元はそれは楽し気に弧を描いている。
「コムビタンDは投与するとどんな疲れもたちまち吹っ飛ぶ、これで幾らでも仕事できるじゃない?室長素敵!な有難いウイルスなんだよ」
あぁ、私達の上司はこの上ないほど頭の弱い人だったらしい。今更になって再確認した私も私だけど、室長の言葉はある意味どんな凶器よりも怖い。
「っそれじゃ根本的な解決になってないじゃないですか!」
呆れ半分の私の反論で次々に班員が我に返り、集中攻撃を繰り出していく。あちこちから先程と同じく非難の嵐が巻き起こる。皆疲れてるのに更に休み無しで働かせる様な考えも頂けないが、彼の作った“科学班の為”は必ずと言って良いほど何かが起こる。分かりやすい例が先のコムリンあん畜生だ。
ていうかそれって、ようは栄養ドリンクじゃないんですか?
「甘いよキミ達!これは劇薬さ!」
劇薬なんか作るなとか、それなら冷房直せとか、それこそ最大級にまともな意見だと思うんだよ。
それもそうだね。言われて初めて気付いたような室長の阿呆面ったらもう、呆れた溜め息しか出てこない。これが上司で科学班大丈夫かとか、そろそろ本気で心配になってきた。
「んなモン飲むくらいなら自力で頑張りますよ!」
「室長が飲めば良いでしょ!」
「良い加減働け!」
「……僕は……皆の為にっ」
いやいやいや、ちょっと待って。うっすらと眼鏡越しの上司の瞳に涙が見えたのは疲れているせいか。はたまた……
「うわぁあん!」
どうやら現実だったらしい。まるで間抜けな悪役が捨て台詞と共に去っていく場面の背中のよう。
「……はぁ」
逃げた室長を捕獲せんと皆が部屋を飛び出す中、私は一人椅子に座り直した。逃げた室長を、総出と言っても科学班だけで上手く捕まえれた試しがない。今回もどうせ徒労に終わるんだろう。全く逃げ足だけは一人前だ。
私は班長直伝のスポーツドリンクを口にして(こちらは間違いなく安全だ)、紙をひっ掴みペンを握った。
「……よし、仕事しよう」
少しでもこれ以上室長の暴走を止める為にも、さっさと仕事を片付けなければ。
……今まで次々と増える業務を、全部片付け終えた試しなんてないけど。
あぁ悲しきかな、
科学班の困憊の夏よ。
執筆2008.07.22.tue
加筆2009.06.04.thu
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