そんなふうに少しずつ彼女の事を知っていく事ができたのは、それ以外には比較的騒々しさのない日常をおくる事ができたのも理由として大きかっただろう。
 たとえば任務で大きめの怪我をしたりなんかしていれば、彼女とそうそう話す事もままならない共用の病室に放りこまれていたに違いない。

 けれどだれにも秘密のミーアとのささやかな日々はふとしたきっかけで終わってしまう事になる。



「おい聞いたか?さいきん噂の怪談話!」
「怪談みたいな事はここじゃ日常茶飯事だけどな」
「勿体ぶるなよ。どうせまた科学班のやらかしだろ」
「かもな。近ごろ出るらしいぜ……黒の教団の敷地内で」
「エクソシストが前に一掃してくれたコムリンたちの怨念が?」
「いやそうじゃない。それもまあ、ありそうだけどな」
「それもぜったい出る。というか室長の怨念?」
「……で、けっきょくなにが出るって?」
「形なき歌姫!ディーヴァ

 3人の年若い探索部隊が食堂へと向かう道すがら、学友どうしのそれのようにワイワイと楽しげに噂話に花を咲かせている。
 通りすがりにそれを耳にしたのは僕アレン・ウォーカーではなくて、科学班長のリーバーさんだった。
 山積みの仕事と上司の捜索で疲弊する部下たちの苦労も構わず今日も今日とて料理長の元で能天気に話しこんでいたコムイさん。その首根っこをつかんで引きずっていたリーバーさんは、耳に飛びこんできた噂話に足をとめて眉をひそめた。

「僕じゃないよ?」

 リーバーさんが思わずといったふうに視線で訴えかけると、意図を理解したらしいコムイさんが一言そう答えた。長年の経験からその表情と声のトーンに偽りなしと判断したリーバーさんは考える。

 ――科学班内でもそんな噂が立つような事は心当たりがない。いや、科学者ってのはどいつもこいつもコソコソコソコソと秘密裏に事を進めて、それがヤバいものであればあるほど完成させてはじめてドヤ顔で発表するような奴らの集団だ。俺もそうだからよく分かってる。いまあいつらがそれぞれ個人的になにをしているかなんて把握してるわけがない。そうなると噂の出所は……?
 いやそうじゃない。最近……いやごく最近、似たような話を聞いた覚えがある。
 形なき歌姫。
 姿は見えないのに聴こえる女声の歌。
 ……そうだ。ごく最近どころか、今も探索部隊が現地でその謎を探っている只中じゃないか。集まったアクマはエクソシストが破壊したものの、連れて戻るべき声の主は姿を消してしまったと報告があった。報告者は――

「…………まさか」

 思い至ったリーバーさんが自然とふたたび視線を落とすと、おなじような顔をしたコムイさんとばちりと目が合った。


 ◇


「いいえ。僕は心当たりありません」

 ジョニーに呼ばれてつぎの任務かな?と特段心構えもなく向かった室長室。コムイさんとリーバーさんにうっかり白状してしまいそうな剣幕で詰め寄られはしたものの、とうぜん僕は否定の言葉を紡いだ。
 いいぞ。得意のポーカーフェイスが今度こそ役立った。
 素知らぬ口調で言ったはいいものの、そんな噂が広まるほど何度もミーアの歌を人に聴かれていたなんて、あまりにもうかつだった。内心ひどく動揺しているのを、ぜったいに気づかれるわけにはいかない。
 あいかわらず書類に埋もれた室長室でやわらかなソファに腰かけた僕はひっそりと、けれど意志の固さを確認するように固く握り拳をつくる。

 目の前のふたりは立っているのでよけいに圧を感じるが、その片方、リーバーさんの表情が僕の返答を聞くなりあからさまに緩んだ。ほっとしている、というのが適切な言葉だろうか。
 胸がちくりと痛むのは、心配してくれていたのだろう事がありありと伝わってきたからだ。
 なにせイノセンスの可能性を秘めたミーアの事を無事任務から連れ帰っていたにもかかわらず報告もせず匿っていたのなら、それは黒の教団への裏切り行為ととられたとしても、なんらおかしくないのだから。任務のときに連れ帰ったのか、あとからひょっこり姿を現したかなんて、些末な差にちがいない。
 ただでさえ呪いだなんだと奇異の目を向けられやすい対象である僕の事を、リーバーさんが気にかけてくれているのは知っていた。けれど今回ばかりはそんなリーバーさんにも嘘を重ねる心積もりだ。良心が痛まないわけがないだろう。
 それでも良心や信頼を犠牲にミーアを救うことができるなら、なにも迷う必要なんかない。

 だれも声を発しない、遠くのだれかの靴音すらも聞こえてくるような束の間の静寂。
 是も非もないとでもいうように表情の読めなかったコムイさんはその切れる頭でなにかしらの結論をだしたのか、ふいに中指で眼鏡の真ん中をつつくように持ちあげた。いつもは分かりやすすぎるほど感情を表にだすコムイさんの淡々とした素振りのあとのため息はたったそれだけでもやけに応える。

「アレン君、いまの言葉に嘘偽りはないと誓えるね?」

 見透かすようなコムイさんの鋭い視線が刺さった。
 仕事モードだといえばそれまでだけども、ほんとうはなにか知っているんじゃないか、なにもかも見破られているんじゃないかと不安になる。けれどそれをおくびにも出さないようにして、僕は真剣な顔を意図的につくりだす。

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