「うーん……ぜんぜん変化ないねえ」
「そうですねえ」

 さすがに見積もりが甘すぎたらしい。
 しばらく考えつくことをあれこれ試してみたけれど、小一時間が経とうというころになってもとくに変化は見られず、発動した直後から変わらず頭上を揺らめく歌劇場があるだけだった。それを見上げながら、ふたりで頭をひねる。
 かけ声や号令をだしたり、武器を持っているイメージで振ったり突いたり、飛んだり跳ねたりいろいろ試した。歌劇場の場所まで行こうともしたが、ミーアを起点に広がっているそれはミーアが近づこうとするほど同じだけ高度を上げるので、たどり着くのは不可能だった。
 やっぱり魂だけの状態で発動ができただけでも奇跡的で、今のままエクソシストになるだなんて端から無理があったんだろうか。

 そうそう簡単にはいかないさとコムイさんから中断の言葉がかけられて、つづきはまた後日ということになった。どうやら僕は明朝から任務に発たなければいけないらしく、早めに休めということらしい。
 そうはいってもまだまだ鍛練をして早めの就寝をするにしたって早すぎる時間だ。そう訴えればコムイさんは、これはアレンくんだけの問題じゃないんだよ。と顔のちかくで右手の人差し指を振った。

「ミーアちゃんにとっても戦場に立つほうが近道って可能性もあるからね。明日の任務は、ミーアちゃんもぜひ同行してほしい」
「私も?まだなにもできないけど」
「いきなり実地訓練させるつもりなんですか?それに僕がはやく休んだところで明日もミーアが現れるかは分かりませんよ」

 それはそう、とミーアが首を縦にふる。本人ですらも分からないんじゃどうしようもない。

「まあ明日の任務にミーアちゃんが行けなかった場合は、つぎの機会を待つしかないね。けれど同行した結果イノセンスになにも変化がなかったとしても、それが分かっただけ成果になる。幸いアクマからも視えないなら、ミーアちゃんが任務に同行するリスクは限りなく低いから、少なくともハイリスクローリターンにはならないと思うよ」

 それってなんというか、理由付けには消極的すぎやしないだろうか。
 並べたてられた言葉に疑問を持ってしまうけれど、なるべく早めに武器としての真価を見せてもらわないことには、方々動きにくいんだろうか。

「ま、眉間にシワを寄せて考えるのはまたにしよう。あと君たちが今日中にすべきなのはひとつだけだよ。非番のエクソシストたちに、あたらしい仲間を紹介してあげないとね」

 現金なことに、その言葉を聞くなりあっという間に疑問は脇へと追いやられた。
 そうだ、やっとできるんだ。もうコソコソ隠れなくてもいい、はやくみんなにミーアのことを紹介してやりたい。今日非番のエクソシストというと、とさっそく考えはじめたのが分かりやすく表情に現れていたのか、返事をするかのようにコムイさんがつづける。

「リナリーなら、いまの時間科学室に顔を出してくれてるころかもね」
「じゃあ科学室に行って、まずはリナリーと、科学班の人たちからですね。リーバーさんにも早く伝えないと」
「リナリー?って、女の人?」
「そうだよ。おなじエクソシストでね。君と年頃も近いだろうから、きっと仲良くなれるさ」

 ミーアのほんの束の間綻ばせた口元から、すぐにぽかんと力が抜ける。そう、この直後いつものコムイさんのはげしい妹語りがはじまってしまったからだった。



 どうにかコムイさんのおしゃべりを制止して、ヘブラスカの間をあとにする。
 昇降機がすこしずつ上がっていく間も、ミーアはヘブラスカを見つめながら、またねと声をかけていた。僕もいっしょになって手を振っていると、背後からかるく手を叩くような音がした。

「ああ、ミーアちゃんにはもうひとつしてもらいたいことがあったんだった。報告書に載せるためにも早めにこの対アクマ武器の名称が必要なんだけど、自分でつけるかい?」
「武器の名前?」

 ついさっき挨拶まわり以外に今日することはないと言っていたのに、どうやらもうひと仕事残っていたらしい。
 首をかしげたミーアが、例えばどんな?と僕たちを交互に見る。例えといっても、千差万別あってどれを取り上げるのがいいのか分からない。口ごもった僕も助け舟を求めるつもりでコムイさんに視線を投げると、ちょうど視線同士がぶつかった。同意でもするように頷かれたけど、たぶん僕の考えとコムイさんの考えはかみ合ってない。ついでにやっぱり、向き直ったコムイさんの視線とミーアの位置もかみ合っていなかった。

「人それぞれだけど、アレン君の左腕は十字架クロスと呼んでいるよね」
「はい。手の甲に十字架が埋めこまれているので」

 でもそれって便宜上そう呼んでいるというか、名称っていうほどのものでもない気もする。別に否定までしようとは思わないけれど。

「見た目からとったものだとさっき言ったリナリーの対アクマ武器は靴に加工していて、発動すると黒いロングブーツのようになる事から黒い靴ダークブーツ。槌に加工した対アクマ武器を鉄槌とか」
「ほんとにそのままだね、分かりやすいけど。というか対アクマ武器ってぜったい武器に加工するワケじゃないのね」
「そうだね。発動したときに形状は変わることもあるから、その特性を邪魔しないのなら、必ずしもそうしなければいけないということもないかな」

 たしかに、不思議なことに加工してそのままの姿で武器として使えるかというと、そういうわけでもない。もちろんそのままの状態で武器として使える姿のものもあるけれど。
 僕みたいな寄生型のエクソシストは身体の一部としてイノセンスを扱えるけど、装備型はあくまで道具として触れなくちゃならないから、扱いが難しいんだったかな。だから、制御しやすいその人になじむものにするのは、武器として以前にシンクロ率を上げるためにも理にかなっているってことだ。

「ほかに片刃の剣は斬撃が幻影のように形取って敵へ向かう技なんかから六幻と名づけられたり。彫刻刀の見た目に技もアート作品のような形をとる対アクマ武器だと、楽園ノ彫刻メーカー・オブ・エデンと呼ぶね」

 発動前後の対アクマ武器とともに適合者の姿も浮かべていたのが仇となって、ふいに誰かさんを思い出して眉間がきゅっとシワを寄せた気がした。
 そんなことはつゆ知らず、ミーアがとなりで感心したように息をもらした。

「イノセンスにもいろいろあるんだね」
「本人の趣向や適性、それから大事にしているものがイノセンスにも分かるのか、反映されてると思うこともあるよ。楽園ノ彫刻とかは顕著だね。適合者はもともと芸術家だったんだよ」
「アーティスト!どんな武器なんだろう?いつか見られるかな」
「いずれはね。そのエクソシストは元帥という役職つきで多忙な方だから、すぐはどうかな」
「偉いエクソシストってことね」
「まあ、平たくいえばそういうこと。それで?なにか思いつきそうかい?」

 楽しそうに質問をしていたミーアが、急に質問を返されてうーん、と腕を組んで分かりやすく考えるポーズをとる。

「そうだね。今のとこは発動したとき浮かびあがるオペラハウスみたいなのしか分かんないんだし、無難にそのままでいくかな」

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