さて、まずは状況説明だ。
ミーアがバケモノと呼んだものの正体が、悪性兵器AKUMAであるという事を。
それは千年伯爵という人類の敵が生みだしたもので、亡くなった人の魂とその人を愛する生者の呼び声、そして肉体を使って造られるという事を。
殺人衝動から人を殺し、またその悲劇がアクマを生む材料となる事を。
対抗するために存在する神の結晶、イノセンスが適合者を選び、対アクマ武器となる事で唯一アクマを破壊する力となる事を。
その力を持つエクソシストを束ねる組織、黒の教団が存在し、僕らもそこから派遣されたという事を。
今回のアクマはおそらくミーアをさがしてこの辺りをうろついていたであろう事を。
姿なき歌声が、持ち主のないイノセンスによる奇怪現象である可能性を伯爵側も教団側もにらんでいるという事を。
だから今後も狙われるであろう伯爵側からのその身の安全と、人には視えない少女の歌声だけが届く謎を解明するためにも、黒の教団までいっしょに来てほしいという事を。
うーん。ひと通り話し終わってすこししてから、ミーアの唸った声が届く。
「それって強制?」と首を傾げられ口ごもった。教団的にはイノセンスの可能性があるなら無理矢理にでも連れて帰るべきなんだろう。けれどはいそうですとはカンタンに言いがたい。
「べつにね、私はここでもいいの。さっきのアクマ?達さえいなくなればどうせどこもいっしょだし、静かで見晴らしサイコーだし」
「それなんですけど、アクマがこの辺りで村人を襲ったせいで歌声の主は悪霊かなにかで、人を歌で呪い殺しているとか、誘いだして喰い殺すんだとか噂されるようになっていますよ。ここで歌い続けるのはどうかと思いますが」
「ええっ歌で呪い殺すって……私の美声にどうしたらそんな噂がつくのよ」
彼女はどうやら自分の歌声には自信があるらしい。
あ、でもそっか。知らない人からしたら単独犯ってほうが自然だよね。と情報を整理したミーアが納得したように、けれど当然ながらひどく不服そうにつぶやいた。
もうひと押し、ふた押しなにかないかと考えながら会話を繋げていると、遠くからコツリコツリと徐々におおきくなる足音に気がつく。
そちらに目をやると開け放ったままの教会の入口の先、闇のなかに浮かぶような栗色があった。どうやら袖や襟ぐりの長い漆黒のワンピースを着ていたようで、うつむきがちなため表情は読み取れないが、栗色の髪がゆらりと歩くたびに揺れていた。
「村の人みたいですね」
「止まってくださいアニマト」
僕の制止で駆け寄りかけていたアニマトの足がピタリと止まる。まだこれからも現れるかもしれないアクマとの戦闘に巻きこまないために引きかえすよう説得でもするつもりだったのだろう。言わんとしていることを察してすぐに引いた彼と入れ替わりにそちらへ歩を進めた。
教会の入り口から入ってすぐの空間で待っていると、女性のぎこちない足取りも僕を前にして止まる。顔を上げて涙ぐんだ声で神父さま、とおそらく僕を見てそう呼んだ。
村の住民であれば、この教会が長らく使われていないのは周知の事実だというのに。
「こ、ここで主人ガ……」
窓から差しこむ僅かばかりの月明かりに照らされるなか、虚ろな翠の瞳が涙で揺らいだかと思うと、またうつむいてそれを両の手のひらで隠してしまう。
さっき酒屋の婦人が言っていた言葉を思いだした。
“この村では2人といない深い翠のきれいな瞳も泣き腫らして台無しさ。”
「どうかあの人ニ祈りを捧げてくださいませんか」
「ええ、いいですよ」
やさしく笑いかけてそっと目をつむる。
いくらもしないうちに背後からミーアが悲鳴のように僕の名前を呼んだ。
「哀れなアクマに、魂の救済を」
瞼をひらけば目の前には銃口があり、女性の頭部が変形してその形を成しているようだった。
レベル1のアクマが全身を丸ごと兵器に換えるのではなく、頭部だけの転換する事は多くはないがこれまでにも何度か記憶にあった。その銃口からは煙は立たず、僕の左腕を変形させた十字架が女性の背中から腹部へと貫通し、それによってできた穴から毒ガスが漏れだす。
力なく崩れ落ちかけた身体を、僕はそっと地面へと寝かせた。
「……間に合わなくてごめんなさい」
ご主人も、そして貴女も。
夕方話をきいた造り酒屋のご婦人が気にかけていたという、隣家の奥さんに違いないだろう。
この人のご主人が亡くなったのは一昨日と聞いていた。僕がどれだけ急いだところで、この村の事は今朝になってはじめて聞いたんだ。さいしょから間に合うはずがない。それは分かっているけれど。
「アクマだったんスね」
「びっくりしたね。……でもアレン、分かってたみたい」
把握していた数のアクマはすでに倒していたためすっかり油断してしまっていたのか、驚いたようすでそう呟いたアニマト。それよりは落ち着いたようすで言われたミーアの言葉にあいまいな笑みをかえす。
僕の事よりもミーアの話を優先したいところなんだけどな。けれどそれは叶わず、なぜかアニマトが得意げに僕の左眼について解説をはじめた。もうすっかり姿の見えない少女に慣れたらしい。
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