それからいつの間にか自室に戻っていた私は、雨音だけが耳に届く室内に鼻を啜る音を加えてただただ泣いていた。
家族を取られた気がしてリナリーを一方的に逆恨みして罵倒してそれでまた傷つくなんて、私はどこまで幼稚なんだろう。ほんと、子どもみたい。冷静になると自分がどれだけ馬鹿な事をしたか分かる。子どもだけど、精神的にここまでだなんて思いもしなかった。
リナリー、私の事嫌いになっちゃったかな?皆も。仕方ないよね、自業自得だもんね。でも、あんな事を言ってしまったのだからどうにかして謝らなきゃいけない。自分が嫌われようと、例えば万が一教団を出ていく事になったとしても。
そんな考えが過ぎってまた気持ちがずんと沈む。私の居場所が本当になくなっちゃったんだ。リナリーと違ってエクソシストでも無くて、お手伝いだってろくに出来ない私なんて、要らないよね。
コツンとノックの音が小さく届いた。聞き間違いかと思って、次にどちらにしてもこの顔じゃ出ていけないと思って。聞こえた声に私は耳を疑った。
「依泉ちゃん……いないの?」
反射的にドアに駆け寄り、勢いのまま扉を開けた。その先にいたのは現在思考回路の中心にある人物のリナリーだった。頭の中では嫌な想像しかできていない。混乱気味の頭でも、今さっき考えていた事を思い出す。少し眉の下がったような表情をしている彼女の顔を見るや否や、私は口を開いていた。
「あの、ごめんなさ」
「ごめんなさい!」
言いかけた言葉が遮られて、頭を下げた彼女の大きな声が廊下に響いた。私は事態が全く読み取れないでぼんやりとそれを見つめる。あ、つむじが綺麗。なんてやっぱり混乱中らしい。一体どうしてリナリーが謝るの?
ひとまず顔を上げてもらうと、私が安堵する暇もなくリナリーが口を開く。
「ここの皆は貴方の大切な家族なのに」
「私無神経だった」
「兄さんが来てくれて舞い上がっていたとはいえ、貴女の気持ちに気付かなくて」
聞いている内に随分脳内の整理がついてきていて、涙ももうぴったりと止まっている。あぁ、この人は本当に優しい人なんだ。謝るべきは私なのに。一瞬でも恨んで妬んで嫌悪して挙句罵倒してしまったリナリーの声に今は不思議な位落ち着いている。
「だから本当にごめんなさい!こんな私だけど許してほしくて……駄目かなぁ」
今度は今にリナリーの方が泣き出してしまいそうな顔をしてる。違うんだよ、リナリーは何も悪い事なんかしてない。私が勝手に腹立てただけなんだから。
「だから私の方が……ごめんなさいっ!」
さっきのリナリーよりも深く頭を下げただろう私は、多分これから始まるだろう沈黙の間顔を上げる事なんてできない。それは勿論謝罪の気持ちを表している事でもあって、けれど何より今のリナリーの反応が怖いから。
「あのね、依泉ちゃん。私って適合者だって分かってここにほとんど無理矢理連れてこられたようなもんなんだよ」
やんわりとしたリナリーの口調は正に思い出話をするような感じで、私は頭を下げている方がおかしな気がして恐る恐る体を起こす。すると口調に等しく彼女の顔も優しい微笑を浮かべていて、けれど私と目を合わせた途端それは少し慌てた。
「あ、でも今は無理矢理とかそんな風に考えてないんだよ?皆良くしてくれるし、兄さんだっている」
でもね、と付け足したリナリーに、私は少しだけ身構えた。その続きを聞くのが少し怖いと思ってしまった。けれど、例え私への当て付けだとしても、今の私はそれを聞かなければならない。罪滅ぼしになるだとか思っているわけじゃないけど。
「ここには友達がね、特に同年代の女の子が、いないの」
「…………え?」
同年代の子って言ったら神田くらいでしょ?あとは大人の人ばっかり。そう言ったリナリーに私は唖然としてしまう。開いた口が塞がらなかった。
「だから、私初めて会った時から貴女と仲良くしたいなって思ってたの」
「……でも、私酷い事したのに」
なんとか出した言葉は探るようなもので。だって私こそまだ、ちゃんと許されてない。
「じゃあこうする。私の友達になってくれるなら、今日あった事私全部忘れる。それともやっぱり、嫌かな?」
そうだよね、あんなに怒ってたのに私と友達になりたい訳ないよね……と言いながらどんどん消極的になっていくリナリーに気付けば私は口を開いていた。
「そんな事ない!私も同じ年の子いなくて……だからリナリーが良いなら私も、友達になりたい!」
叫ぶように気持ちを伝えた私は確かにキャラじゃない。驚いたのかぽかんとしたリナリーは、次の瞬間可笑しそうに笑い出した。
「じゃあたった今、私今日の事全部忘れたから。もう友達だからね!約束よ」
リナリーのコロコロ変わる表情や態度に圧倒されながら、差し出された小指に小指を絡める。指切りなんて何年振りだったろう。今は亡き両親として以来かな、なんて。黒の教団の仲間は大切だから、人が聞けば私の過去は重い話になるとしても、今となっては私の中ではもう整理がついていたりする。だから、懐かしいなぁと思い出感覚で思い出せて笑うことだってできる。
「あ、でも……もう皆に嫌われたかな」
室長にも睨まれたし。というか室長はあんな事を言った私を許さないんじゃないか、私がリナリーと友達になるどころか関わる事も嫌がったっておかしくない。
そう考えていたら、リナリーも同じ考えに至ったのか「兄さんの事だけど……私からも言っておいたから大丈夫」と一言。私が許すのに、もしまだ何か言ってくるようなら私兄さんとしばらく口利かない!と冗談交じりに言ったリナリーに「それはダメ」と言いかけたものの、リナリーが可笑しそうに笑ったので私も控えめながらも心から笑った。
「さ、行こう!」
「え、どこに?」
「医務室。足怪我してるでしょ?」
ガラスで怪我したなんて大変じゃない。駄目だよちゃんと手当しないと!少し怒ったような説教でもするような声色。自分ですらも傷の痛みは忘れていたのに、リナリーはちゃんと気付いてたんだ。そういえば神田も気付いてた。よく考えたらリーバー班長も気付いてたような……?
「そうそう、班長も心配してたんだから」
「リーバー班長が?」
「彼は貴女の怪我に気付いてたから……それに、その後聞いた皆も心配してたわ」
リナリーはエスパーか何かなのかと本気で思ってしまった。私が不安に思ってる事ちょうど考えて和らげてくなんて。「みんな貴女の事が大好きなのね」そう微笑んだリナリーの笑顔が、今までで一番綺麗に見えた。
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