「そうだね、私怒ってる。だって輝くんのほうから私を遠ざけようとしてるんだから。気づいてほしかったんでしょ?じゃあいいじゃない。だからこれからはお望みどおり輝くんとは距離を置いてあげるの!……あ、でも、光やてぃあらには会いに行くけど!」
「ふうん?」
短く発した輝くんは、まるで面白いものでも見るような顔でせせら笑った。いたたまれない。わがままなのは私じゃないのに。
意地悪なことをしても、不機嫌や上機嫌は分かっても、いつだって口調や物腰は穏やかな輝くんは昔から理性的でめったに怒りを表にだすことはない。それは分かっているけど、私の言動なにひとつ輝くんには響いていないんじゃないかと悲しくなる。
売り言葉に買い言葉のような心境で私は声を荒げずにはいられなかった。どうにでもなれ!
「私が夜まで部活しようと、友達のとこに泊まろうと、彼氏とデートしようと、もう輝くんには関係ないっ!」
そうだ、部活をしよう。明日からあちこち体験入部でもして、新しい放課後のスケジュールを埋めるんだ。まずは手始めに友だちのいる部活をリストアップして――なんて目の前の輝くんから逃避をはじめた思考回路はあっさり途切れた。無視できないほど急に空気が冷えたのを感じて。
自分の握り拳を見つめるのをやめて、今の今までことの成り行きを平然と見届けてでもいるようだった輝くんを覗き見ると、そこにはいつもの笑顔はなかった。
「どうもなにか勘違いしてるようだけど」
次いで発された言葉もいつもより幾分低い。
はじめて理解した。目が笑ってないって、こういうことだ。
「依泉」
低い声のまま発された自分の名前が聞いたこともない音に聞こえて、思わず作りなおした握り拳に視線が逆戻りした。いや、なんならぎゅっと瞑目した。名前を呼ばれたところで、それは到底目を合わせられる雰囲気なんかじゃなかった。
ドゴッだとかなんとか、次の瞬間には、私の背後すぐそこでずいぶんおおきく暴力的な音がした。
跳ねあがった肩のあと、ゼンマイ仕掛けの錆びたおもちゃのようにゆっくりと振り向いた先では、手を伸ばせば届くくらいのところの床がまるで両手に抱えるほどの砲丸でも落ちてきたのかと思うほどにひしゃげていた。その脇には、今の今まで目の前にいたはずの輝くんがいつも持ち歩いている日本刀をキャリングバッグに収めるところだった。
心臓がばくばくと音を立てる。たとえ剣で切ったって、こんなことにはならない。いつも持ち歩いているのを見ているだけだったから、ほんの一瞬とは言え抜き身を見たのは初めてだったし、輝くんの横顔も、いつもの笑顔とはかけ離れた刺々しくて冷たい雰囲気をしている。
「……え?あ、いっ今、なにかいた……の?」
「ううん。なんでもないよ」
100%嘘でしょ!
いつもの優しい雰囲気と声に一瞬で戻ったかと思うと、振り向いた輝くんは何事もなかったように笑っていた。知らない人のように感じられたそれが元に戻ってほっとするかと思いきや、私の胸にはもやもやと嫌ななにかが溜まっていく。よぎったことを口に出さずにはいられなかった。
「どうして?隠すことないでしょ。輝くんちの仕事のこと、私知ってるのに。私にはどうせ視えないから、無駄だから言わないの?それとも……ほんとうの兄弟じゃないから?」
自分の口から出てきた言葉に、自分でダメージを食らう。鼻の奥がつんとして熱い。話しているうちにどんどん言葉がつっかえてうまく話せなくなる。
「わた、私は輝くんのこと、家族だと思ってる、し!これからもずっと、ほ、ほんとの兄弟みたいにっ仲良く、してたいのに」
「それは…………困るなあ」
輝くんが苦笑を浮かべる。
困るんだ。その言葉は追い討ちには十分すぎた。私の知らない間に、輝くんにとってはもう修復不可能なところまで来てしまっていたのかもしれない。
もうこの頃にはとっくに鼻だけじゃなくて顔全体がほかほか熱くなってきて、とくに頬に流れる天の川が開通してしまってはもうダメだった。もう止められない。
「泣かないで依泉。泣くような話じゃないんだよ」
泣くような話ですけど?
私いま、親愛を真っ向から否定されてる最中なんですけど。ねえ分かってる?あなたのそういう言葉に傷ついてるんですけど!
「まあ、言ってしまったほうが僕にとって都合はいいんだけど」
知りたい?と続けた輝くんが、私の頬の川を左手の指でせき止める。
どうしてそうやって、遠ざけたい相手の涙まで優しく拭おうとできるのか分からない。
そんなだから女の子たちみんな勘違いしちゃうんだ。家族だと勘違いした私とおんなじように。
これだけたくさんの女の子からモテるのなら、残念ながら恋心が報われなくて涙を流す子もそりゃいるだろう。けれど私の場合に関してはそれとはまったく別問題で、お互いの気持ちのすれ違いはどうあっても惨めでしかない。なのに。なのになんなのこれ。いっそバカにしてるんじゃないかとすら思えてくる。
私は輝くんの手をはたくように遠ざけた。
怒りが勝りかけているためか、幸い涙は落ち着いてきていた。
「聞いてあげる。どんな言い訳か楽しみだわ……ぐす」
強がりの言葉遣いは鼻をすする音で台無しになってしまった。輝くんも同じことを思ったのか、いっそう眉を下げたように見える。
そうしてとうとう語られてしまうんだ。私が輝くんに嫌われているその理由を、張本人の口から。ああいやだな、聞きたくないな。早くも空威張りしたことに後悔しながらも、もはや私はその口を塞ぐ勇気すら持ちあわせていなかった。
けれど一拍おいて話しだしたその内容は、私には完全に予想外だった。
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