「依泉ちゃん!」
病院内が気味悪い程に並中生でごった返すのを見てしまい、どうしたものかと自動ドアの前で突っ立っていると、待っていてくれたのかツナが直ぐに駆け寄ってきてくれた。
「ツナ!先輩は?」
「あぁ、うん。思いの外ピンピンしてる……ってどうしたんだよ、それ!」
「……へ?」
ツナの言葉に安心しきっていたのか、私の頭は先程までの出来事を都合良く消し去ってしまっていたらしい。真っ青になって訴えるツナの視線やらにようやくその意味が理解できた。
「腕、怪我してる!」
私が思うより傷は深かったのか、腕から手、地面へと滴る赤はゆっくりと、しかし確実に止まる事なく今も流れていた。ブラウスの袖はもう血塗れになってしまっている。
これじゃあツナが驚くのも無理はない。破傷風とかなったりしないよね?
「まさか依泉ちゃんまで襲われて……!?」
宥めるようにそうじゃなくて、と言ってみたがどちらかと言うとツナの想像は正しいかもしれない。
どうでも良いが患部近くを掴む手に力が籠り過ぎているのに気付いてはくれないだろうか。彼はただ心配してくれてるんだろうけど。痛いと言えば謝罪と共に急いで解放された腕は2つの要因でじんじんと痛む。
怪我の経緯を話せばツナは青い顔を更に青くさせた。私よりその青さの方が危険ではなかろうか。
「不審者だよ、それ!」
「あー……だよね」
汚れていない方の手で軽く頭を掻く仕草をすると、ツナは呆れたように脱力した。それから平然とする私に「痛くないの?」と怪我の心配をしてくれる。
「ん、大丈夫。それより大きいバンソーコーとか持ってない?」
「何言ってんの!ここ病院なんだから手当てしてもらおうよ」
本人が忘れるくらいの怪我の手当てを病院でなんて大袈裟な!真剣な顔をして言うツナに愛想笑いを返す。毒でも塗られてない限り大丈夫!とジョークを飛ばせばそれが逆効果だったのか、ツナは思いっきり顔をひきつらせた。
さてどうしたものかと首を傾げると同時に、下から可愛らしい声が聞こえて毒の説を否定した。その声の主は自称ツナの家庭教師を名乗る口が達者な赤ん坊で、私の挨拶に彼独特の発音を返してくれた。
「まぁ絆創膏でも貼っとけ」
「ありがと」
赤ん坊とは思えぬ用意周到さに思わず感心してしまう。適当に血を拭い渡されたバンソーコーを貼れば、それは傷口のサイズにぴったりだった。
「それはさておき。そいつ、どんな奴だった?」
彼とは気が合いそうだ、等と急に顔を引き締めたリボーン君に視線を落とすと、闇色したぱっちりおめめと目があった。
割と和やかだった空気が張り詰めたのは、何もリボーン君が真剣な顔をしていたせいじゃない。
『アルコバレーノ……』
声が聴こえた。また頭に響いた背筋が凍り付くようなそれは、気のせいではないと思う。
「ある……こ?」
何と言ったのかいまいち聞き取れず、ゆっくりと声に出せば不振がるリボーン君が様子を伺ってくるものだから、咄嗟に何でもないと言葉を返した。
「……そうか。それで、その黒曜生について何か覚えてねぇのか?」
あぁ……うん。と曖昧な返事をして頭を捻る。覚えてる事といえば……特徴的な外見くらいだけど、まぁ良いか。
「確かその人、瞳がオッドア……フフ」
(あれ、今……?)
何か言ったか?と少しだけ眉を持ち上げたリボーン君の視線に射抜かれそうだ。混乱する私を急激な眠気が襲う。
もう一度、今度はハッキリと、私の意思と無関係に私の口元が弧を描いた。それも今日までそんな笑い方など聞いた事もなかったというに、「クフフ」と確かに笑っていた。ツナが心配そうに私を見つめる。
「……まさかたまたま出逢った並中生を見張っていれば、こんな大物が現れるとは」
何だこれ、どうしたの私。
一瞬目眩がしたと思ったら次の瞬間から身体が言う事をきかない。勝手に動き、喋っている。
海老で鯛を釣るとはよく言ったものです。なんて不気味にも笑い出す私の身体。海老っていうのは私の事か。よくよく考えればその笑い方は先程出くわした黒曜生のそれと同じ。それがまた気持ち悪い。
「な……何言ってんだよ依泉ちゃん!」
当然といえば当然だが、私より格段困惑した様子のツナは非難にも似た声色で叫ぶ。
待ってツナ、これ私じゃないんだよ。なんて喉の自由すら奪われたらしい今の私は伝える術すら持たない。
「お前、依泉じゃねぇな」
リボーン君がやけに格好良く思えてほんの少し向上した気持ちは、己の唇から発された言葉に急降下した。
「半分外れと言っておきましょうか。僕はこの娘の身体を少し借りているだけだ」
「か、身体を借りた……!?」
身体を乗っ取られたという有り得ない事実にショックが拭いきれない。冗談じゃない。せめて今からでも気絶とかしてしまいたい。そんな馬鹿らしい考えを真剣にしていると、リボーン君が本題を切り出していた。勿論、一連の事件についてだ。
「お前が主犯か?」
「さぁ?どうでしょう」
本当リボーン君ってば何者だろうかと驚くものの、深く考える事をやめた。
しかし台詞が一々格好良い彼と対照に、横でオロオロするツナはどうしても情けなく見えてしまう。
「答えねぇとどうなるかわかんねぇぞ」
言ってリボーン君は銃を構えた。……って待ってリボーン君!それ本物?何で銃持ってんの!?
焦る私を無視して憎らしくも他人の侵入を許した身体はまたあの耳障りな笑い方をする。飄々と言ってのけた態度は余裕たっぷりだ。
「良いんですか?お友達の身体でしょう」
「ッリボーン……!」
殺気の入り交じった目を向けるリボーン君を止めたのは再び顔を真っ青にさせたツナだった。クスリと笑った私に、銃を少し下ろしたリボーン君からはチッと大きな舌打ちが届く。
「彼女もきっと安堵しているでしょうね」
ニィッと口を左右に引っ張り発された言葉は実のところ、的を得ていた。少なからずオカルト人間(言わずもがな黒曜生を指している)に気持ちを汲み取られている事に気分的には吐きそうだが、生憎今の状況ではそれすら叶わない。
代わりに言葉の裏まで理解した様子のリボーン君の表情がさっきまでと違い幾分か和らいだ。
「依泉、意識あんのか?」
一瞬にしてテンションがハイとなった私はリボーン君の後ろに神々しい光を見た。
嗚呼!神が降臨なされた!……なんて事は非常に残念ながら有り得ず、言わずもがな私のテンションはがた落ちたのだが。
「だったら自力でなんとかしてみろ。一か八かで動けるかも知れねェぞ」
寧ろ魔王の如く突き放す御言葉!なんとかってどうすれば良いんだなんて声にならない言葉を念じる。伝わる訳はないのだけど。
「無駄ですよ」
何をしようと僕の憑依は解けない。自信満々な言葉に対抗してかやけに自信あり気なリボーン君も、やってみなきゃ分からんねぇだろと口の端を上げた。
「アルコバレーノ……君も意外と頭が悪い」
「……やっぱりお前、裏社会の人間だな」
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