視界が晴れた頃には、四角く切り取られたモニタの少し粗い画質は、360度パノラマビューの超高精細映像へと変貌を遂げていた。
「……えっ男じゃん!?」
黒髪ポニテの綺麗なお姉さんは、お姉さんじゃありませんでした。
真っ先に反応する事がそれかと言われそうだけれど、他でもなく視界の中で真っ先に主張してきたのがそれだったんだから仕方ない。暗がりのモニタ越しでは気付けなかった肩幅や、全身を見てはじめて分かる体格の性差なんかが勘違いを一目で一掃してしまった。道理で口が悪い訳だ。
男なら男で目の覚めるような美形であるには違いないそのご尊顔を思わず凝視していたらしく、今度は至極嫌そうな顔をしての舌打ちまで飛んで来た。
視界中央、隠しボスがいたはずの場所には骨のようなガラクタのようなものが浮かぶ謎の毒々しく真っ黒な水溜まりだけがあり、生き残った人々は逃げたのかどこにも見当たらない。場所も近未来の廃墟となった施設の地下ではなく、近未来というよりは寧ろ技術の衰退を思わせる洋式の建物と幾つもの風車が少し遠くに目に付いた。ここらが水分の足りない乾いた地面である点は同じとも言えなくない。
安易に今の状況を言い表す言葉としては、ゲームの世界に来てしまった、というのが正しいはずだ。突然ゲーセンのゲームがVRに切り替わるなんて事は有り得ないのだから。……いや、ゲームの世界に来たという方が有り得ないのだけど、中途半端な非現実より今は到底有り得ない話の方がしっくり来る。満点クリアしたらゲームの中に取り込まれるとかそれなんて世にも奇妙な物語?
なんにしてもゲームとは少しずつ色々と状況が噛み合っていない。全く変わらないのは画面の中にいたままのお姉さん……ではなくお兄さんただひとり。いや、そもそもボーナスステージからして何か可笑しかったのだ。敵も結局一切微動だにしなかったし。RPGモノの勝ち確定なイベントバトルだとしてもあれはない。
考え込もうとしている思考で無意識に顎に手をやりそうになっていたらしく、そこでようやく自分の手元の物に目が行った。銃だ。暗がりでしか見た事の無かった黒くて安っぽいプラスチックみたいな、けれど手に馴染む銃型コントローラ。
ゲーム機から伸びるコードの存在が跡形も無くなっているけれど、後は何ら変わりない。コードが無い分軽くなったくらいだろうか。……ゲーム機からコントローラだけ消えてたら申し訳ないな。あのゲーセンの店主のおじさん良い人だから余計。おおっと思考が脱線してる。
屋外でそれを持っている自分の姿を俯瞰して、得も言えぬ感情のままに突っ立っていると、隠しボス戦の時のように見計らったタイミングでお兄さんが開口した。
「おいお前。その銃はイノセンスだな」
団服も着ていないお前がどうしてアクマを知ってるんだとか、その武器加工は誰がしたんだとか、なんだかよく分からない質問を繰り返された。
答えに窮していると苛立った様子を表すように組んだ腕の端で人差し指がトントンとリズムを刻み始める。あっ早く答えないとこれまた怒られるやつ。
「えーと?武器は武器でもこれ、おもちゃの銃なんですけど」
とりあえず銃については率直な意見、そして悪魔って何の話ですか?と質問に質問で返すと、一瞬ぽかんとした表情の後にパッツンから覗いていた眉間の皺が一等濃くなった。睨みを効かせる美形は中々迫力がある事を身を以て知った。
「じゃああれはどう説明するつもりだ」
指差されたのは先程の黒い水溜まり。いつの間にやらマグマのようにグツグツ沸騰気味である。
えっあの足突っ込んだらいかにもHP削られそうな水溜まりがなに?と思っていたら口に出していたらしい。
「お前がその銃でアクマを破壊した証拠だろうが!」
結局怒鳴られましたよね。ええ。
先程のタマゴ型の隠しボス……いやボス(笑)と称しておこうか。お兄さんの言うところによるとどうもあれはアクマという呼称の殺戮兵器なのだそうだ。それを唯一破壊出来るのはイノセンスと呼ばれる神の結晶のみで、普通の銃では傷ひとつ付けられないらしい。悪魔の次は神と来たか。そして残念ながら攻撃はしても私自身にアクマを破壊した記憶はない。煙に巻かれ……ではなく煙で文字通り撒かれてしまいそうだったからダメ元で最後に発砲したけど、まさかそれが本当にトドメを刺したんだろうか。えっやだ隠しボス鬼畜設定かと思ったら超雑魚い……。
でも私の銃も途中まで効いてなかったよね?いきなり光り出してからは効くようになったけど、その間特筆するような事なんて……いやちょっと待って。
「ああ。だから“発動”か」
古典的にも頭の中をきらり裸電球が照らす。
私がその名を苛立ちに任せて叫んだ事がイノセンスを呼んだという事になるのなら、きっとそれが発動のキッカケなんだろう。私の声に反応して発動し、私の操作でアクマが破壊出来たなら、それはイノセンスで、私は適合者に違いないらしい。
神の結晶、あんなので発動してくれちゃったんだ。なんだか申し訳ない。
私が納得した一方で、お兄さんはどうもそうはいかなかったらしい。発動がなんだと怪訝そうな顔をして聞き返された。
「お兄さんが発動しろと言ってくれたおかげで破壊出来たんだなと」
「そんな事言ってねえ」
「いやいや、言いましたよ。死にたくなければモタモタするなって」
「言ってねえよ」
「トドメを刺せって……」
「はっ。言ってる暇があったら自分でやる」
ああ、そういうタイプっぽい。馬鹿にしたように笑みを浮かべたお兄さんの言葉に、失礼かもしれないけれど妙に納得してしまった。コミュニケーション取る気毛頭さらさら一欠片も無い系だ。
「俺が抜刀するのと同時にお前が背後から撃って破壊したんだろ」
噛み合わない。噛み合わないぞ。
その瞬間まで気配のひとつもしなかった、なんて再び睨みを効かせられる。
うん?私の記憶では最初から抜刀してたはずだけど。
「……うん、深く考えるのはやめよう」
この混乱をどれだけ探ったところで実を結びはしないと結論付けた。お兄さんの反応的にも、さっきのはあくまでゲーム越しって事なんだろう。煙の蔓延する前と後は少し区別が必要そうだ。かなり曖昧なところではあるけれど。
私ゲームと現実の区別はつく子だよ!
お兄さんも平行線を辿るだけで無駄骨だと察してくれたのか、鼻を鳴らすのみで追究が止んだ。小難しい事は良いんだよ、重要なのはなんだか違う世界に来たらしい事実と、個人的に素晴らしいのはガンコントローラが化け物を滅するべく本物の、それも私専用の銃に成り上がってしまったって事!いやあランキングの覇者守り続けて本当良かった。
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