とか何とかやっていたのが、間違いなくいけなかった。
次々と襲い来るアクマに素早く狙いを定めるため、荒々しい運転をするように大きく切り返した照準のために、こちらに武器を向けていたアレンの見通しが狂った。

「依泉!!」

銃弾を放つと同時に声の主に視線を向ければ、その表情が強張ったものに変わっているのが分かった。それと同時に頬骨近くに走るナイフのような刺激。今度は私が頬に手を添える番だった。
先に言っておくと、怪我は本当に大したことのない擦り傷だった。顎を伝い垂れ落ちた血も気にすることではない。ただ、それとともにがらんと音を立てて地面に落ちたもうひとつが問題だった。

「あ、え?……ゴーグルが取れ……て?」

足元に転がるシューティンググラス、もといゴーグルはたった今まで私の視界を覆っていたものだ。ガラス面は高耐久に造ってくれていたが、さすがに対アクマ武器の火力に耐え切るゴムなんてあるわけがない。頬辺りのゴムベルトが綺麗に切断されてしまっていた。
それを見た間抜けな自分の声で我に返る。

…………いや、これはまずいだろう!
綺麗に切断されてしまっていた、じゃない。残念でしたじゃ済まされない事案の発生だ。

断っておくけれど、この見かけにもなんの変哲もないゴーグルに、なにか特別な力があるわけではない。
広角レンズのように視野が広くなるわけでも、肉眼ではかなわないほど遠くまで見通せるわけでもない。ましてや敵を察知してくれたりもしない。
しいて言うなら視界を狭める……いや、切り取るためだ。これは決して、なにかしらの縛りがあったほうがゲームって燃えるじゃん?だとか言って舐めきった結果などではなく、なにを隠そう、私にはあのグロテスクなアクマを直接現実のものとして見る度胸がいまだない。
ゴーグルで狭めた四角によって、ゲーム画面越しの感覚へと錯覚させることでリアリティを減削しているのだ。つまり今、視線を上に向けてしまうと初任務以来初めてアクマと裸眼でご対面なわけで…………。

見てはいけないのを分かっていながら、警鐘のような鼓動をも無視をして、怖いもの見たさか勝手に視線が上っていく。

「っあー……無理むりダメだわこれ」

この世界に喚ばれたその当時と同じ、グロテスクな殺人兵器が写り込む超高精細パノラマビューがそこにあった。
ほんのちょっとだけ期待した。もうどれだけ闘ったか分からないアクマに対して、慣れとかなんとかで実はとっくにゴーグルなしでも大丈夫になってました、みたいな展開を。そんなことは全然ない。一瞬で視線落としましたよね。
倍速で稼働しはじめた心臓の音が遠慮なく主張を始める。それに引っ張られバグでも起こしたかのように銃口が震え出し、じわりと全身冷や汗がにじむ。加えて血の気の引いたような寒気つきだ。
意気地なしと言われようともムリはムリ、怖すぎグロすぎ恐怖心増し増しだわ。伯爵マジ悪趣味。

「マシマシはラーメンのモヤシだけでお腹いっぱいだから遠慮願うわ」
「モヤシがなんですって!?」

あっ神田君からの不名誉らしいあだ名に過剰反応された。思ってたより気にしてるんだね。
いつの間にか心配して駆け寄ってきてくれたらしいアレンがすぐ傍まで来ていた。申し訳なさそうな顔して謝られたけど、さすがにアレンのせいだなんて思ってないよ。今日のこれはどう考えたって、喧嘩両成敗が落とし所だ。喧嘩したわけじゃないけども。

もちろん今はそれどころじゃない状況で、殺気の海がこちらを不躾に見つめている。ほとんど同時に気付いたはずが、立ち上がりつつ拾おうとしたゴーグルは隣から伸びた手に掬われ、それを目で追わないうちにがしりと今度は私がアレンに小脇に抱えられた。
ちょっとちょっと、レディに触れるときは先に一言断りなさいよ。
ミサイルのような弾丸の雨と土煙が眼下に広がる中、アレンの超人的ジャンプ力とすばしっこさでアクマ達の視線から一旦外れた物陰に降ろされた。

あっちこっちした思考とアレンの冴え渡るツッコミに恐怖心が幾分か和らいだところで、いつの間にか両の手の武器も発動が解けていたのに気付く。戦闘体制の崩れたそのさまは怖気付いた今の私そのものに見えた。
なんて不甲斐ないんだ、私は。
不甲斐ないついでに、受け入れがたい事実を突きつけられていることにも耐えられない。悲しいかな、どれだけゲーセンで粋がってようとも、現実にゾンビとかクリーチャーが現れたとしても私にリアルグロ耐性はつかない、つまり役立たず決定らしい。
いやでもゴーグルひとつで頑張ってるよね私?私の知ってる地球じゃなくたって、これも現実だよ。

冗談抜きでの命綱、修復時はオルハリコンでも織り込んでもらおうか。またリーバーさんがイケメン歪ませて唸り始める姿が容易に想像できた。
うん、帰ってからのことを考えてる場合じゃないね。

「まだいけそうですか?」
「…………ごめん」
「ですよね。なら、僕の傍から離れないでくださいよ」

あらやだ格好良い。情けない返答にほんの一瞬困ったように笑ったかと思えば、真面目顔で言われたその言葉に思わずキュンときてしまった。
そんな場違いな私を庇うように物陰から抜け出して、アクマの群れとの間にアレンが立ちはだかる。いつの間にか鉤爪の武器に戻していたらしい左腕を、また銃型に換えて一線を引くようにアクマに近い地面へ威嚇射撃を放った。とはいえ威嚇なんて自我のないレベル1にはなんの意味もないから、どちらかと言えばアレンなりに気合いを入れたのだろう。

次々と弾丸で貫かれていくアクマ達。感心するほど外さないのは、破壊音からもありありと伝わってくる。いや、自慢だけど私だってここ最近は百発百中に限りなく近い精度を誇っていた。
そうじゃなきゃアレンの顔の隣すれすれに発砲なんて普通に考えて危険すぎる真似ができるはずがない。まあ、それがきっかけではじまった悪ふざけが招いたのが、今のこの体たらくってわけだけど。
ああ、ホント馬鹿みたく無駄に調子に乗っちゃったもんだ。慣れたころが一番危険だって、誰かさんからも口酸っぱく言われてたのに。

固定の出来ないゴーグルを手で定位置まで固定しながらじっと眺めていたら、団服の黒い背中が、初任務のときに同じように背後で隠れていたあのときの背中を、そして状況を彷彿とさせた。
リアルアクマのおどろおどろしさに度肝を抜かれて動けなくなって、ラビやブックマンの陰でただ震えているだけだった。
エクソシストとしてしっかり成長したつもりでいたけど、あの頃からいったいなにが変わったと言うのか。この現状だけ見ればなにも変わっちゃいない。
どんなに腕を磨いても、恐怖心を克服しないではいつかの土壇場でまた同じことの繰り返しに決まっている。二度あることは三度ある、偉大な先人達もそう言っている。

今回はほとんどレベル1だけの群れだったから体力さえ持てばアレンひとりでも何とかなるだろう。数を熟すのは得意なほうな2人でかかって未だ終わりが見えないのだから、それも決して安心して良いわけじゃない。
けれど三度目がラスボスを前にしていたらどうする?ノアとの交戦中だったら?未だ見ぬレベルまで到達したアクマを前にしていたら?
誰一人欠けずに挑まなければ勝てない、そんな強敵はきっとまだまだいるのだから。

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