2匹のラクダの足並み揃えど揃わない足音が、小さな荷車の静寂をより一層感じさせる。
のんびりとした歩みのそれには、3組の乗客がおり、その内の1人である瑠璃紺の長い髪を編んだ少年、アラジンはふと眺めていた砂一面の景色に何かを見つけて、声を上げた。
「ねえ、おにいさん。あそこで倒れてるの、人じゃないかい?」
「えぇ?あー……気にすんな」
まだ幼さを感じられる彼が話しかけた相手はこの馬車の運転手で、職に就いているとはいえまだ少年と呼ぶべき年頃のアリババであった。
「助けようよ!あんなところにいたら暑さで死んでしまうよ」
そちらを見向きもせず掌を振って否定をしたアリババに、見つけた張本人は食い下がる。
「良いから見んな。倒れてるならもうダメだろ。そうでなくとも、下手に助けて正体が盗賊だったりしたら最悪だ」
「ねえでも、女の人みたいだよ」
「女だろうが盗賊には関係ねーよ!大体俺だって人助けるような余裕ないって……え?」
尚も食い下がったアラジンが、アリババの服の裾をぐいぐいと引っ張り助けに行こうと急かすようにする。
しつこい!と叱るつもりで振り向いたアリババの視線は、わざと見ないようにしていたというのに、そのままアラジンを通り越して「行き倒れ」であるそれを見てしまった。
「なんだ……あのカッコ」
アリババが思わず呆然としてその人物から目が離せなくなっている内に、アラジンは馬車から飛び降りた。
「あっおい!?」
迷いなく一目散に駆け寄るものだから、アリババは馬車を停止させて追いかけない訳にはいかなかった。
理由としてはもう1つ。倒れているその人物の身なりが、アリババにはおよそ信じられなかった。
布というにはあまりに薄っぺらい白の衣と、腰から下には膝にも達しない短いスカート状の衣服。けれど濃色のそれは規則的な折り目がたくさんついた変わった形状をしている。膝まである長靴のような布地の上に、更にかっちりとした履き物を履いている。手にはこれまた厚手の布を持っているが、やはり変わった形をしている。
どう見ても、それは今まで見たことも聞いたこともないような異質な格好だった。
それが余計近寄りがたく、けれども逆にインパクトが強すぎて興味をそそられたのだった。
「おい……生きてんのか?」
「起きてよ、おねいさん」
意を決して覗いた顔は意外に若く、アリババは息を呑んだ。その容姿は自分より少し年下に思える、まだあどけなさすら残る顔立ちをしていたからだ。
痩せ細ってもおらず薄汚れてもいない姿からは全く貧困など想像させず、本当に行き倒れかと疑う程だった。
「あっ動いたよおにいさん!ホラ、ちゃんと生きてるよ」
アラジンが手を取ると、その人物はそれを握り返した。それもはっきりと力強く、どうやら完全に意識を取り戻したようだ。
「の、飲み物を……」
「へえ、おねいさんは瑠々ってお名前なんだね」
うん、と少し行儀が悪いとは思いつつ、コップに口をつけたまま返事をする。馬車の小陰まで移動して、なみなみと注がれた水を一気飲みした瑠々は思い切り息を吐き出した。
「……っあー生き返ったぁ」
「おっさんか」
水がこれほど美味しく感じた事など今まであっただろうか。
ぺたっとした喉の渇きを潤して瑠々が一息吐くと、横からすぐに飛んできたツッコミは彼女にとって少し意外なものだった。場所は到底日本と思えないが、ノリはどうやら日本とそう変わらないらしい。そして何より、幸いな事に言葉が通じている。とは言えこんな広大な砂漠の景色が自国のものとは到底思えなかった。公用語が当然のように日本語だというのは、幸いと言えどどう考えても可笑しい。
それこそ夢の恩恵というものだろうかと結論付けて、瑠々は一先ず思考するのを止めた。
「どうもありがとう。助かったよ。すぐ覚める悪夢かと思って油断したなあ」
「夢って……それでそのまま永遠に覚めなかったら元も子もねーよ。アンタ酔っ払いか」
「返す言葉もございません。どうもちょっとやそっとで覚めない厄介な夢だったみたいだし」
「は?」
こっちの話だと適当に流した瑠々に対して、それ以上聞くつもりがないのか興味がないのか、アリババがその場を離れ馬車に向かう。
一方アラジンはというと、特に何を気にした様子もなく、瑠々に話しかけた。
「それにしても元気になって良かったねぇ。本当に死んじゃったんじゃないかってびっくりしたよ」
青くて長い髪のキャラが立ってる男の子だなあ。だとか余裕が出てきた瑠々は思っていたが、そんな事露知らずのアラジンは嬉しさが零れ出たような笑顔を見せた。
「でもね、倒れてたからなのかなって思っていたんだけど、まだおねいさんの周りは……」
「おい、そろそろ出るぞ。あんまり待たせらんねえ客もいるしよ。瑠々だっけ。助けたついでだし、アンタも近くの町まで乗せてってやるからさ」
「良いの?私多分お金持ってないけど」
「多分ってなんだよ」
変わってるなとでも言わんばかりに今度はアリババが愉快そうに笑う。
「せっかく助けたのに、また倒れられても嫌だしな」と微妙な理由をつけられてしまったが、苦笑の仕方が年相応っぽく余所余所しい雰囲気を感じさせず少しホッとする。
「あ、さっきしてた話、なんだっけ?」
アリババに遮られアラジンの話が途中で止まってしまっていた事を思い出し、瑠々から聞き返したもののなんでもないんだ、と笑顔を返されてしまった。不思議に思いながらも特に問いただす理由もないのでそのまま馬車へ向かう事にする。
やっと砂の地面ともおさらばだ。なにより、砂漠の舟ことラクダとの初対面である。
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