タランチュラ・パニック 3 / 4
十月に入っても、ユリィとハーマイオニーの仲は険悪だった。
ユリィは彼女からの譲歩がない限りは許さないつもりだったし、ハーマイオニーも同じ意見のようで、お互いによそよそしい態度を取り最低限の会話しかしていない。本当は用がなければ声もかけないつもりだったのだが、悲しいことに二人ともお互い以外に親しい友達がいなかったものだから、授業でペアを組めと言われると、一緒に作業せざるを得ないのだ。
「なぁユリィ、ちょっと助けてくれないか?」
日曜日、ユリィが遅い朝食を摂りに行こうと談話室に降りたところ、困った顔のリーが声をかけてきた。いつもはお気楽な表情の多いリーが眉をハの字にしていて、深刻そうに見える。
そんなリーの背後には、なぜか床に這いつくばってきょろきょろするフレッドとジョージの姿もあった。さらにおかしなことに、日曜の昼前だというのに、談話室には彼らの姿しか見えない。休日の談話室は、この時間はとても賑やかなはずだ。ユリィは眉をひそめた。
「今度は何をやらかしたの?」
何しろ毎日ホグワーツのどこかで何らかのトラブルを起こす悪戯小僧三人組である。ユリィは彼らが何か悪いことの後始末に困っているのだと直感した。
「あー、俺のペットのことは知ってる?」
リーが決まり悪そうに切り出した。
「タランチュラでしょう? 箱に入れているのを何度か見た」
「そうそう、タランチュラだよ。俺、昨日、タランチュラを入れた箱を談話室に置き忘れてさ。もちろん、持ち主以外開封禁止の呪文をかけてたんだけど、今日、朝起きて箱の中身を確認したら……」
「いなくなってたの?」
「いや、何つーか、増えてた。箱いっぱいにタランチュラがいて、俺びっくりして、箱を取り落としたんだ」
這いつくばったままのフレッドとジョージが、堪えきれなくなったようにクスクス笑い出した。
「お前らのせいだぞ!」
双子を振り返ったリーが怒鳴る。二人はピタリと笑うのをやめ神妙な顔をすると、またあたりを見回し始める。リーは溜息をついた。
「あいつらが俺を驚かそうとして、双子の呪文でタランチュラを箱いっぱいになるまで増やしまくったらしいんだ。でも俺があんまり驚きすぎたもんだから……」
「箱から蜘蛛たちが飛び出して、談話室中にタランチュラがばらまかれちまったというわけさ」
そう説明しながら立ち上がったフレッドの肩には、噂をすれば、タランチュラが一匹ひっついている。
「フィニート」
リーがポケットから素早く杖を出して、フレッドの肩にいるタランチュラに呪文をかける。杖から閃光が走り、呪文が命中したタランチュラが空気に溶けるように掻き消えた。フィニートの呪文で、双子の呪文の効果を終わらせたのだ。
「おお、サンキュ」
フレッドは目を丸くして、蜘蛛がいた場所を手で払った。
「こうやって見つけては消してるんだけど、もうそこら中にいるんだよ」
リーは疲れ切ったように脱力して、近くのソファに寄りかかる。と、寄り掛かった拍子に、ソファに置いてあったクッションの下から、別のタランチュラが飛び出した。
「逃げたぞ!」
フレッドとジョージが反応し、カーペットの上を駆け抜けようとするタランチュラに飛びついた。リーは飛び出す気力もないのか、動かずにその様子を見ている。
朝からこんな状態では、談話室に誰もいないのも納得だ。
「屋敷しもべ妖精に駆除させるんじゃダメなの? それか、殺虫剤を撒くとか」
ハウスエルフの手にかかれば、害虫の駆除などお手のものだろう。ユリィが提案すると、リーは「ダメだ」と首を振る。
「本物のタランチュラがまだ見つかってないんだ」
「あー、なるほど。じゃあ、本物の蜘蛛に当たるまで、一匹一匹フィニートしまくるしかなさそうだね」
魔法で増やした複製ならいいが、ペットを殺虫剤で殺すわけにはいかない。
「手伝ってもいいけど、先に朝食だけ食べに行かせて。すぐ戻るから」
ユリィが空っぽのお腹をさすりながら言うと、リーは「ありがとう」とお礼を言った。
大広間でサンドイッチを手早く胃に詰め込んだユリィは、談話室に戻り捜索隊に加わった。先ほどの双子と同じようにカーペットに這いつくばってソファの裏を探したり、動かせそうな家具を押したりと、捜索は結構な重労働だった。
「思ったんだけど」
ユリィは棚の上に並んだ燭台を持ち上げながら、仲間たちに話しかける。
「呼び寄せ呪文で本物のタランチュラだけ呼び寄せるとかはできないの?」
呼び寄せ呪文は四年生で習う魔法で、少し難易度は高いが、指定したものを手元に呼び寄せるシンプルで便利な魔法だ。一年生のユリィにはまだ扱えないが、早いうちに覚えたいと思っていた。個人の持ち物を呼び寄せることもできる呪文なので、その閃きは名案に思えた。
しかし、ジョージが「あー」と言いにくそうに口を開く。
「それは俺たちも思いついて、兄貴に事情を話して、呼び寄せ呪文を使って欲しいって頼んだんだよ。緊急事態だからな」
彼のいう兄貴というのは、五年生のパーシー・ウィーズリーのことだろう。苗字の通り双子とロンの兄で、成績優秀で真面目な性格らしく、グリフィンドールの監督生に選ばれている。ユリィも入学時に学校を案内してもらうなど、何度かお世話になった。
「そうしたらグリフィンドールから三点も減点されちまったうえに、上級生は手伝わないから自分たちで探すようにって言われて、今に至るってわけだ」
ユリィはガックリと肩を落としつつ、燭台を元どおりに戻した。
それからかれこれ小一時間はタランチュラを探したが、一向にオリジナル・タランチュラは見つからないままだった。ユリィは飽きてしまっていた。正直、もう探し回る気にもなれない。談話室の外に逃げてしまったのではないかとも思われた。ユリィが起きる前から探している三人は尚更なのだろう、捜索隊の動きはかなり鈍くなっていた。