タランチュラ・パニック 4 / 4

 それからかれこれ小一時間はタランチュラを探したが、一向にオリジナル・タランチュラは見つからないままだった。ユリィは飽きてしまっていた。正直、もう探し回る気にもなれない。談話室の外に逃げてしまったのではないかとも思われた。ユリィが起きる前から探している三人は尚更なのだろう、捜索隊の動きはかなり鈍くなっていた。
「――ねえ」
 耐え兼ねたユリィは、ノロノロとした動きでソファを持ち上げている男の子たちに呼びかける。
「このままタランチュラを地道に探すのと、私たちが今から呼び寄せ呪文を練習してタランチュラを呼び寄せることに成功するのと、どっちが早いと思う?」
 ユリィの提案に、三人はぴくりと反応した。
 目でお互いの意思を確認し合うと、全員、打ち合わせたように談話室の真ん中のテーブルを囲んでソファに腰掛けた。お誂えむきに、誰かが置いていった四年生用呪文学の教科書がテーブルに転がっている。
「あら、ちょうどいいじゃない」
 ユリィはそう言って、教科書を手にとった。
 それからしばらく、四人は昼食も忘れて呼び寄せ呪文を特訓した。
 教科書によると、初心者はコントロールを失いやすいので安全なもので試すようにとのことだったので、談話室に備え付きのクッションで練習することになった。
 上級生が習う呪文なのでそう簡単にはいかないだろうとユリィは予想していたが、予想に反して、フレッドとジョージはセンス抜群で、一時間が経つ頃にはお互いにクッションをぶつけ合っていた。リーも双子ほどではないが魔法が得意らしく、クッションがその場で跳ね上がるように動いている。
 そんな三人に比べれば、ユリィは全く手応えがなかった。ユリィの呼び寄せたいクッションは微動だにしない。一度だけ跳ねたような気もしたが、まぐれ当たりだったのだろう。同じ反応は二度と見られなかった。そもそも、一年生であるユリィはどの教科でもまだ板書ばかりで、杖を振る実技は数えるほどしか経験していない。一足飛びに四年生で習う呪文を練習していること自体が無謀とも言えた。
「いいかユリィ、この呪文は思うほど難しくない。多分、四年生の呪文学で習う呪文の中では簡単な方だと思う。シンプルに、欲しいものが手に届くって想像するんだ」
 双子の呪文が形になると、彼らはそれぞれユリィとリーについてコツを伝授してくれた。ユリィにはジョージがついてくれて、丁寧な説明をしながらお手本を見せてくれる。
「見てろよ――アクシオ!」
「イテッ」
 ジョージが杖を振ると、遠くのソファにあったクッションが飛び上がり、道中フレッドの頭にぶつかってから、ジョージの胸に着地した。すかさず杖を持っていない方の手でクッションをキャッチしたジョージは、振り返ったフレッドにウィンクをする余裕まであった。
「ジョージ、あなた、意外と凄かったんだね」
「それ褒めてる?」
 ジョージはからからと笑って、ユリィに杖を構えるよう促した。
「シンプルに集中するだけさ。ユリィ、やってみろよ」
「うーん、わかった」
 普段はおおらかに振舞うジョージの指導は、ユリィが思っていたより丁寧で細かかった。
 ユリィの杖の振り方をミリ単位で直したり、呪文の発音が不明瞭だと指摘したりした。どれも的確なアドバイスで、それからさらに一時間が経つ頃には、何とユリィは呼び寄せ呪文を習得してしまった。
 狙った通りにクッションが胸元に飛んできたとき、ユリィは何が起こったのか信じられずに思わずポカンと口を開けた。
「やったな!」
 ジョージが大きな声で言って、ユリィをハグした。様子に気づいたフレッドとリーもやってきて、ユリィの髪を交互にぐしゃぐしゃにした。いつもだったら毒づくところだが、ユリィも有頂天で、そんなことは気にもならなかった。
「――すごい! ジョージ、ありがとう! 本当に!」
 ユリィはジョージにハグを仕返して、何度もお礼を言った。授業で習った魔法でさえ、今までこんなにうまくできたことなんてない。ユリィは歓喜と誇らしさで胸がいっぱいになった。
 それから十分後、全員が忘れかけていた当初の目的を思い出し、タランチュラの飼い主であるリーが、覚えたての呼び寄せ呪文を使ってやっとオリジナル・タランチュラを見つけることに成功した。予想通りというべきか、呪文に引っ張られたタランチュラは窓の外から談話室に飛び込んできた。やはりもう談話室にはいなかったのだ。
 念のためフィニートでそのタランチュラが消えないことを確認して、「よし!」とフレッドは万歳した。
「これで解決! あとは屋敷しもべに呪文で増やしたやつを駆除してもらえば終わりだな」
「おう。じゃ、やつらに駆除を言いつけに行かねえとな」
 男の子たちが連れ立って談話室を出て行こうとしたので、ユリィは首を傾げた。
「どこに行くの?」
 彼らはユリィの質問に、ユリィと同じくらい不思議そうな顔をした。
「どこって、屋敷しもべに頼むんだろ?」
「もちろん厨房さ。やつらはそこにたくさんいるんだ」
 ジョージとフレッドがそう答えたので、ユリィは呆れた顔をした。
「あなたたち、使用人の呼びつけ方も知らないの?」
 ユリィがその場で数度手を叩くと、パチンと音がして、屋敷しもべ妖精が一匹現れた。
「お嬢さま、何か御用でございますか?」
 見知らぬ屋敷しもべ妖精ではあったが、ホグワーツの校章が入ったキッチンタオルを衣服として身につけていることから、彼がホグワーツに使える身であることが見て取れる。彼はユリィに呼び出されたことがとても嬉しいようで、今にも踊り出しそうにウキウキしていた。
「呪文で増やしたタランチュラがたくさん逃げちゃったから、見つけて消しておいて」
「よろこんで!」
 屋敷しもべ妖精はうやうやしくお辞儀をすると、パチンと指を鳴らした。それが合図だったらしく、似たような身なりの屋敷しもべ妖精がさらに追加で三匹現れたかと思うと、彼らはすぐにタランチュラを駆除するための魔法薬の準備に取り掛かりはじめた。
 ユリィはそれを見届けると、「お願いね」と言って、男の子たちに向き直る。
「わかった?」
 ユリィが得意げに言うと、ぽかんとした表情のリーが「ワーオ」と声を挙げる。
「君って、マジでお嬢さまだったんだね……」
 そう呟いたジョージは、尊敬と呆れのないまぜになった顔をしていた。